すのはらの「春原主義」

「春原」の名の由来

1998.3.25

どう読むの?

「春原」は、「スノハラ」「ハルハラ」「スハラ」「スンノハラ」などと読む姓です。信濃の国(長野県)や武蔵の国入間(埼玉県)に多いようです。

「春」をなぜ「スノ」と読む?

「春」を「ス」と読む例が、万葉集にあります。

    万葉集巻四
    569 辛人之衣染云紫之情爾染而所念鴨
    570 山跡邊君之立日之近者野立鹿毛動而曽鳴
    右二首大典麻田連陽

      (唐人の衣染むといふ紫のこころに染みておもほゆるかも
       やまと辺に君が立つ日の近づけば野に立つ鹿も動みてぞ鳴く
       右二首、大典(太宰府の第六等官)麻田連陽春(あさだむらじや
「スハラ」と読む姓に、「井上(いのうえ)」、「木下(きのした)」などと同じように格助詞(?)の「の」がついて、「スノハラ」となりました。

由緒

「春原」姓には、天智天皇の子孫の王族が「春原」(ハルハラ)という姓を賜ったという系と、信濃の国に「スムノハラ」という姓があってそれに「春原」の字をあてたという系とがあるそうです。

天智天皇の子孫

天智天皇の子孫の王族の中に、「春原」姓を賜り、春原眞人、春原朝臣と呼ばれた系があります。当時、氏号には、1.職掌に基づくもの(大伴、物部など)、2.地名に基づくもの(葛城、坂上など)、3.皇族の親族のために新しくつくられたものがありました。「春原」姓はこの3に相当します。この系では、「ハルハラ」と読みます。

武蔵國入間郡の地名

武蔵の国の入間郡(今の埼玉県)に須牟乃波良(すむのはら)という地名があり、鎌倉時代、あるいはそれ以前からこの地に荘園をもっていたのが「春原(すのはら)」姓です。この春原氏は、戦国時代には、信濃を拠点とする海野氏の一族となり、やがて、真田十勇士で有名な真田氏に仕えるようになりました。

春原さんてどのくらいいるの?

電子ブック版『30万人よみ方書き方辞典』 (日外アソシエーツ〔編集・発行〕/紀伊國屋書店〔発売〕,1993)によると、「春原(すのはら)」という姓は日本で4081番目に多い姓とのことです(1位「鈴木」、2位「佐藤」、3位「田中」・・・)。

雑感

仕事で名刺交換の際には必ず、「珍しいお名前ですね。」「ご出身はどちらですか」などと聞かれます。特に若い営業マンはいまこそマニュアルどおり!って感じでうれしそうに名前の話題から入るのは、応対していて何ともいえない感じですね(笑)。

名字関連リンク

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