箱舟さくら丸
安部 公房
KOBO ABE
新潮社 ¥1600(当時) *現在は文庫本で読めます。
<物語>
天才作家・安部公房氏が1984年に発表した小説です。最近、この作家が再評価
されつつあり、僕自信も読み返してるんですが、信じられないくらい現実の深層を
透視した作家です。現在、アメリカ*イラク戦争の後の混乱、イスラエル*パレスチナ
問題、そして北朝鮮の核開発と世界はますます”きな臭く”なってきていて、安部氏の
メッセージを改めて検証すべき時期になって来ていると思う。
「箱舟さくら丸」は、現代の”ノアの箱舟=核シェルター”をモチーフにした作品です。
主人公の<モグラ>(元カメラマン)は巨大な採石場跡の迷路のような地下壕を
”核シェルター”にしようと準備していた。そこへデパートの縁日で出会った昆虫屋
(元自衛隊員)、サクラ(元サラ金の取立屋)と連れの女(元結婚詐欺師)が
乗り込んでくる。小説の前半は”核シェルター”の内部の説明がほとんど。後半では
さらに女子中学生を追っかけ回している老人の集団”ほうき隊”と不良少年グループ
”ルート猪鍋”が加わり、血なまぐさいサバイバル・ゲームが開始される・・・・。
この小説は”純文学”というより一種のコミック=コメディとして、大笑いしながら読む
べき作品のような気がする。例によって笹蒲鉾を誰が何個食べたとか、実際に吸い付く
乳飲み人形とか、女のオシッコの音がどうだとか(笑)、直接”核問題”と関係ないゴミの
山で目くらましになりそうだ。でも注意して読んでみると、作者の言いたい事はちゃんと
登場人物に言わせているのです。
<インタビュー>
僕のイメージでは”核シェルター”なんか欲しがるのは、政府の要人とか大金持ち
とかのVIP連中なのでは?と思っていた。 しかしこの小説では、ごく平凡な一般人
(ややアウトサイダーの傾向あり)しか登場しない。”普通の人”の世界の破滅願望と
”核シェルター”の関係は、どのように考えたらいいんだろう?
この小説の執筆の前後の安部氏のインタビューが収められた「死に急ぐ鯨たち」
という対談本が凄く面白くて、この小説を読み解くのに役に立つと思う。安部氏の発言を
拾っていきます。
●世界の破滅願望について
安部 「破滅願望には、べつに思想も世界観もいらないからね。誰の心の隅にも
ひそんでいる芯食い虫の卵だよ。宿命論や終末観は老朽化した社会構造からの脱走
本能だとも考えられるのだ。」
●核シェルターの防衛について
小説の主人公の<モグラ>は棒ガン、改造銃などの武器に加え、色々な罠をしかけて
シェルターを防衛している。
安部 「シェルターで自分を守るということは、要するに他人を排除することなんだから」
●生き延びるに価する人間の選別について
小説の主人公<モグラ>は乗船する資格?のある人間を探して、都市を物色する。
安部 「シェルターの収容能力がある程度以上あれば、どうしても収容するに足る人間
を選別、審査しなければならなくなる。未来のための遺伝子バンクだからね。その場合
いったい何を選別の基準にすればいいかの問題。(中略) ファシズムが始まる。
ファシズムとはすなわち選別の思想なんだ。(中略) シェルターへの入場券さえ手に
入れば、君でも、ぼくでも、あなたでも、その瞬間から立派なファシストさ。」
●核シェルター内部で発生するゴミの廃棄について
小説の”核シェルター”には巨大な水洗トイレがあって、なんでも(死体でも?)流せるように
描かれている。長期にわたり内部で生活するとなれば、やはりゴミの廃棄の問題は
避けて通れない。
安部 「ぼくはなぜかゴミが好きなんだよ。写真を撮っていても、ゴミに出くわすと興奮して
気持ちがはずんでくる。」
●食糧について
小説の主人公<モグラ>もある程度の食糧の備蓄は考えていた。でも滞在期間が数年〜
数十年となれば、膨大な量の備蓄が必要だろう。小説「砂の女」でもそうだが、食糧の問題
は触れられていない。安部氏は”食べ物”にあまり興味がなかったんだろうか?
●核と国家の未来について
安部 「”箱舟さくら丸”の<さくら>には、説明するまでもなく、国家主権のシンボルである
桜と露天の客寄せのサクラの二重の意味をもたせてある。サクラは嘘を承知でその嘘を
生きなければならない。そしてその嘘というのは日本の国の花なんだ。国家の外に立つことが
誰にとっても不可能なら、抑止力としての核という論理を生きるしかないことになる。
だから現代の破滅願望は、反体制として機能するよりも、はるかに国家主義、もしくは
民族主義的方向に組織されやすい性格を持ってるんだ。けっきょく真の核廃絶は国家の
廃絶以外ありえないような気がする。 あまり希望はもてないね。」
安部 「なぜ核戦争が起きるのか? 国家が意思決定をする可能性があるからでしょう。
考えてみると国家自身が一つのシェルターなんだよね、国家そのものが。」
by TETSUYA TSUKADA

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