スウ 〜『マル』の正体 〜

(ちらし2000.4 より)

 どこまで行っても果てが無い平面の上に立ったとしましょう。

 下を見ると地面があり,上を見上げると空がある。よって,空と地面の両方を見るなら,それらの境界線も見えるはず。これが,地平線ですね。

 さて,真夜中にある人が,この平面を懐中電灯で照らしました。明るい部分が丸く見えるはずですね。

 他には,どんなマル (だ円) が見えるでしょうか?

 

 地面だけを照らしたときのマルは,周がつながっている「マル」に見え,だんだん遠くを照らしてゆくと「マル」は細長くなっていき,空も地面も照らしたときは,上の部分がちょん切れた「マルの一部」に見えるはず。

 

 ところで,「マルに見える」ことと「マルである」ことは別のことです。

 

問1:地面だけを照らした限界のこの下のときも,当然『マル』に見えます。

しかし!

 実はこれは『マル』ではない!

 

本当は,どんな曲線になっているか?

 

 数覚という言葉があります。数学の(天才が持つ)才能というよりは,学感という意味合いの方が強いように思われます。数学者 小平邦彦(こだいら くにひこ) 氏 が称(とな)えた言葉です。

 完全な円を実際に描いた人は世界中捜しても1人もいません。しかし,完全な円を心の中でイメージすることは,ほとんどの人が出来るのではないでしょうか。これこそが,数覚なのです。

 才能とは,ごく一部の人が持っているもの。感覚とは,ほとんどの人が持っているものです。人間の持つ感覚というものは,意識して研ぎすませる努力をすれば,レベルが上がっていくものなのです。

 

 地平線で接する『マル』には,『放物線』という名前がついています。逆に,1つの放物線を,ずうっと遠くまで眺めると地平線で接するマルに見えるのです。「スケッチ」すると,上のようなマルになります。

 

問1では外側から見ました。

 では,大きなマルがここにあるとしましょう。(上の問1のマルでもよい。)

 

問2:マルの周上からマルを見て,そのマルをスケッチせよ。

問3:マルの内側からマルを見て,そのマルをスケッチせよ。

 

さて,どんな『マル』? ?

数覚を頼りに,スケッチしてみよう。

★ 数学舎へもどる