担当教室:環状通東教室
こんにちは。環状通東教室で英語を担当している本多です。趣味はカラオケと旅行,そして野球です。野球は本当に大好きで,小・中学校とずっと野球漬けの毎日を送っていました。今でもよく休みの日にはバッティングセンターに行って,たくさん打っています。
さて,私は中学校までは道央のとても小さな町に住んでいましたが,札幌の高校に進学しました。札幌では下宿に住み,そこから高校に自転車で通っていました。もちろん,毎朝自分で起きなければならず,親のありがたみを実感しました*1。高校では,野球とは違う新たなことに挑戦してみることにしました。そこで選んだのは,なぜか「放送局」でした。高校の放送局は昼休みに番組を放送するだけではなく,学校祭や行事のお手伝いや大会に向けての活動など毎日が大忙しの部活動です。ちなみに放送の大会は,番組やアナウンスの技術を発表して競う,とても大きなものです*2。
特に学校祭や大会の前などは,夜遅くまで学校で準備をしていました。私は,そのようなときは張り切りすぎてしまい,次の日には体中がボロボロになったまま高校に行って,授業中耐え切れずに睡眠学習をしたこともあります。それでも放課後には完全復活!
最終的に,引退するまでずっと放送にどっぷり漬かり,勉強って何?
というような生活を送っていました。よい子のみんなは絶対にマネしないようにね!(笑)
放送局にのめり込みすぎたせいか,高校2年になったとたん,なぜか局長になりました。なんとなく局長になった私ですが,そんなに甘いものではありませんでした。最初は上級生がいる中で局長をやるというプレッシャーもかなりありましたし,局内の人間関係が良くない時期があったりなど,毎日が嫌になってしまって,それこそ,放送局を辞めてしまおうと考えたこともありました。そんなときに,放送局の同級生たちが私を励ましてくれました。それから心の中を切り替えて,最高の状態の中で活動をすることができました。最後の大会で,プレッシャーに打ち勝って全道大会に出場できたときは本当に感動しました。最終的に私の高校生活は充実しすぎていたらしく,なんと3年間の皆勤賞*3をゲットしました。
放送をやっていた3年間は,確かに放送の技術(番組を企画したり,機械を使ったりすること)もいろいろ学びましたが,それ以上にチームワーク,そしてまわりの人の気持ちを考えることができるようになったと思います。もうかなり年月がたちましたが,メチャクチャだけど楽しかったあの3年間は,大学や子どものときのことよりずっと,自分の心に深く残っています。現在も放送局時代の友人とはときどき顔を合わせて遊ぶこともあります。
みなさんは,何もかも忘れて打ち込めることはありますか?
「特にない」という人は,いろいろなことにチャレンジしてみてください。いずれ見つかることでしょう。あ,もちろん勉強にも打ち込んでくださいね♪♪
*1 一人暮らしは掃除洗濯も大変ですが,一番困るのは病気のときですね。本多先生は健康そうなのであまり苦労しなかったかもしれません。
*2 全国高等学校放送コンテスト(NHK杯)という大会だそうです。
*3 3年間1度も遅刻・欠席しない生徒に与えられる賞です。なかなかもらえないですよ。