僕がみなさんぐらいのときを振り返ってみると,色々なことをしていました。3歳のときからずっとエレクトーンを習ったり,小学校のときは児童会長,またクラブ活動においてはバドミントンなどをやったりしていました。学校外の活動としては,小学校のときにサッカーをならったり,小・中学校通して合唱団に入ったりもしていました。中学・高校では,放送局に入り,しまいには中・高通して放送局長をやっていました。このように数多くの経験をしてきた中で自分が選んだのが「放送局」でした *1。
入ったときの動機はとっても単純で,昔から機械を触ったり操作したりすることにとても興味があったからです。放送局といえば「アナウンサー」を思い浮かべる人が多いかと思いますが,別に「アナウンスをやりたい」といったわけではないのです。あくまで裏方の技術職として放送局で仕事をしたかったからです。そのわりには目立ちたがり屋なのですが…。
主にどのようなことをしていたかというと,中学校のときは,学校祭などの学校行事でマイクなどの音響設備のセッティングをしたり,学校行事を記録保存のためにビデオで撮影したりしていました。また,普段はお昼の校内放送の企画を立て,音楽番組などを流していました。
高校へ入学後も放送局に入りましたが,中学と比べ,一気に活動がハードになりました。中学生のときの内容のほかに,放送の大会への参加があったからです。例えばNHKコンクールなどさまざまな大会やコンテストが放送関係の部活にもあるのです*2。
大会の内容はどのようなものかというと,主にアナウンス部門と番組製作部門に分かれています。まず,アナウンス部門について説明すると,大会前にある文章が与えられ,それを時間内でいかに上手に朗読できるかというものです。僕はやったことがないのですが,ステージの上に一人で立たされてかなり緊張するそうです。小心者の僕にはちょっと向かないでしょう。また番組製作部門においては,ある課題が与えられ,その課題に関することを調査・研究したものを発表したり,自分たちでドラマを作ったりするものです。
これはラジオによるものと,テレビによるものがあります。僕は,番組制作のほうに携わったのですが,色々なところに取材に行ったり,内容を考えたりするので大会前になると大忙しでした。一番忙しいときには帰るのが次の日になっていることも…*3 。しかし,苦労して何か一つの作品を完成させたときの喜びは,言い表すことが出来ないくらい感動的なものでした。今では仲間と苦労した日々のことも忘れられない大切な思い出です。
みなさんも色々な体験をしてみてはどうでしょう。初めから何か一つを選ぶのではなく,多くのことに取り組み,その中から自分の納得のいく一つを選ぶというのも効果的な手段です。確かに時間はかかってしまうかもしれません。しかし,後々後悔はしなくてすむのではないでしょうか。だから,色々なことにチャレンジしてみてくださいね。