「苫小牧東港へと向かう船の中で『本当にこの班のサブリーダーになって良かった。』と最終日に私にそう言わせた,あの忘れられない出来事が起ころうとしていた…。」
高橋先生の旅行記はいよいよクライマックスへ!
今月は前号から引き続き,高橋先生の『少年の船』旅行記です。
今回はその辺を詳しく説明したいと思います。もちろん私は団員でなく,サブリーダーとして乗船したので,「子どもたちはこう思った!」と言い切ることはできません。しかし,きっとこんな気持ちだったのではないかというのは何となくわかるので,フィクションぽくなりそうでこわいのですが,これから書いてみたいと思います。
12月下旬,船の中で受付をしていた私の前に肩が抜けそうなくらいの大きな荷物を持って登場した子どもたちは,みんなこれからの旅への期待の笑顔を浮かべていました。しかし,きっと心の中では,両親と離れて生活すること,新しい友達ができるかどうかといった不安も,子どもたちの持っていたバッグのようにいっぱいだったのかもしれません。
受付を終えた子どもたちは,それぞれ自分の部屋へと向かいます。部屋は3人1部屋で,部屋に入った子どもたちは同じ部屋の子と名刺交換をしています(名刺は乗船する前に団員それぞれに用紙が配られ,自分で好きなように作ったものです)。部屋のみならず,船内のいたるところでなされている名刺交換の光景は,まるでビジネスマンのようでした。
グアムへと向かう船内では,班以外の子と仲良くなろうという「ふれあいのつどい」という時間があり,ジャンケンワンキャンゲーム,ブルブルジャンケン(知ってます?),そんなゲームをしたり,サイパンの小学生に披露するよさこいソーランの練習を,運動音痴で有名な私が子どもたちに指導したりもしたんですよ。そして,赤・青・緑・黄の組の団結を深める「スポーツ大会」では,知ってますかねぇー,さかさメガホンリレーなどという競技を船のスポーツデッキという青空の臨める場所で行いました。
このように,船内では様々な行事が行われていきました。そんな私の船内生活は,ほとんど自分の部屋にいませんでした。ひまさえあれば,子どもたちの部屋に行って,トランプをしたり,UNOをして,子どもたちの日頃の学校生活についてのいろいろなことを聞いたりしていました。サブリーダーの私にとってはそんなひとときが何よりも楽しい時間でもありました。
しかしそんな裏では,夜になってみんな寝ているかを確認するために担当の子どもたちの部屋に近づいていくと,暗い中をすすり泣く声が聞こえるのです。気になって近づいてみると,家族のことが恋しくなって泣いているのです。その子たちの話を聞いている私が,もらい泣きしそうなときもありました。
グアムでは,先月号に書いた海水浴の他にも,マイクロネシアンモールというとても大きなショッピングモールで買い物をしたのですが,帰るときは子どもたちみんな家族へのおみやげなどで買い物袋をいっぱいにしていました。そのほかにもグアムの人たちの憩いの場となっているイパオビーチや太平洋戦争で日本軍の砲台が置かれたアフガン砦といったものを見学したりもしました。
サイパンでのメインイベントは,現地のガラパン小学校の子どもたちとの交歓会です。私達は船内で練習したよさこいソーランを披露したのですが,アンコールがかかり,現地の子どもたちも巻き込み,たいへん盛り上がった踊りとなりました。そんなガラパン小学校を出る子どもたちのTシャツは,現地の子どもたちのサインでいっぱいになり,真っ黒でした。そのほかにも熱帯植物園やバンザイクリフといって太平洋戦争で米軍に追いつめられた日本軍兵士が「万歳」と叫びながら身を投じた断崖絶壁などを見てきました。
グアム・サイパンでの楽しかった思い出を胸に,遠ざかっていくサイパンの景色…。夜になっサイパンから船で向かったマニャガハ島の全景た船の中では『少年の船』にとって,これまた欠かせないイベント「家族からの手紙」です。家族からの手紙をもらった子どもの中には感情をあらわにして大声で泣く子もいました。また,ある男の子が手紙を読み終わった後,目を真っ赤にしながら私の方を見てニコッと笑った時に,冷静に見守る私も思わず心にジーンときて,もらい泣きしそうになりました。そんな私達の前に刻一刻と別れの時が近づいてきました。
ついに『少年の船』最後のイベント,少年の船フェスティバルへの準備が始まりました。私が担当した班は,10年後の『少年の船』を予想した『白い船で』の替え歌と,簡単な劇をすることになりました。他の班が着々と準備を進める中,私が担当した班はというと…。劇の結末を決めようと活動場所に全員が集まっているものの,何分経っても準備を始めようとする気配すらない子どもたちを見て,思わず「これは何のためにやるんだ?自分たちでよく考えてみろ。」と言ってその場を離れた私がいました。あとは本番まで何があっても,すべて子どもたちに任せるつもりで飛び出した手前,戻ることもできません。子どもたちに見つからないように遠くから活動の様子をのぞいてみたり,気をまぎらわせようと自分の部屋で違うことをしていても,子どもたちの様子が気になって気になって仕方ありませんでした。
少年の船フェスティバル当日,他の班は…というと,『学校へ行こう!』の中の「未成年の主張」のように13日間の船内生活で思ったことを発表したりするものや,班全員で藤井隆の『ナンダカンダ』にあわせて踊る班があったりと様々でしたが,内容的には13日間の「少年の船」生活を劇などでふりかえるものが多かったような気がします。
ついに私が担当した班の出し物が,結末を知らされぬままに始まりました。子どもたちが考えた結末とは…。
10年後大学生になり,少年の船(船は宇宙船になっているという設定)のサブリーダーになった主人公は10年前にお世話になった講師・サブリーダーにお礼を言っていなかったことを思い出した。主人公は担当の子どもたちから,10年前のお礼を一緒に言おうということになり…。「高橋先生,13日間お世話してくれて本当にありがとうございました。」という班全員の言葉とともに,子どもたちは隠し持っていた私と講師の似顔絵を出した。
この時,私は,目からあふれ出るものを止められませんでした。また,それと同時に私の胸は充実感で満たされていました。「少年の船」での活動を通して,仲間とともに一つのことを成し遂げたときに得られる喜びや,支えになってくれるのが仲間だというメッセージを,子どもたちは受けとめてくれたのではないかと思います。
本当にこの班のサブリーダーになって良かった!