第一巻 「聖書講解 上」、1977年 |
共観福音書講解 (1952) |
使徒時代(使徒行伝研究) (1928) |
ヘブル人への手紙 (1956) |
ヤコブ書研究 (1926) |
ヨハネ書簡翰の研究 (1936) |
聖句研究 (1941) |
第二巻 「聖書講解 下」、1978年 |
ガラテヤ書研究 (1927) |
エペソ書講解 (1937-1939) |
コロサイ書研究 (1926) |
テモテ前書註解 (1937) |
テモテ後書註解 (1937) |
テトス書注解 (1937) |
ピレモンへの書翰 (1924) |
ローマ書選釈 (1951) |
第三巻 「聖書神学」、1979年 |
新約聖書神学の諸問題 (1943) |
使徒パウロの「信仰」 (1939) |
聖書と歴史 |
後期ユダヤ教の特質 (1949) |
聖書論 (1965) |
聖書の信仰 |
復活史実の検討 (1932) |
聖書神学の研究 (1956) |
聖書と解釈学 |
ブルトマンの非神話化論について (1955) |
聖書の解釈――われわれの神学 (1958) |
解釈学の一問題――いわゆる非神話化の問題について (1954) |
聖書物語 (1951) |
第四巻 「神学概論」、1982年 |
キリスト教要義 (1935,1956) |
キリスト教通論 (1935-1937) |
神学諸科解題 (1952) |
キリスト教概説 (1962) |
福音主義神学論 |
神学の認識論的問題――一つの覚書 (1931) |
神学の学問性は如何 (1937) |
神学 (1941) |
福音主義の立場 (1938) |
プロテスタント的人間 (1936) |
近代贖罪論問題 (1950) |
現代における贖罪論の論点 (1939) |
キリスト教と諸宗教の問題 |
キリスト教と諸宗教 (1963) |
キリスト教と諸宗教の関係 (1949) |
「原始福音会」について (1962) |
第五巻 「終末論・キリスト論・教会論」、1979年 |
終末論と歴史哲学 (1933) |
キリスト論の根本問題 (1934) |
「終末論と歴史哲学」「キリスト論の根本問題」は、今回この全集に収められるにあたって、著者自身により、前者については大体において表現上の点、後者については表現の問題にとどまらず内容的にも、かなりの訂正・加筆がなされた。」(大木英夫の「解説」、p.603) |
キリスト論草案 (1937-38) |
世界の希望なるキリスト (1953) |
「父と子より――qui ex Patre Filioque procedit」 (1968) 初出:『キリスト論の研究――小田切信夫博士への献呈論文集』、創文社、1968。 |
教会と信条 (1942) |
教会と信条 |
使徒信条緒論 |
<付録>前文 |
教会論 |
教会と現実 (1939) 『信仰と現実』、新生堂、1939に収録。 |
伝統 (1948) 初出:山本和、福田正俊編、『教会――その形成への課題』、新教出版社、1948。 |
教会について (1973) 初出:『教会とサクラメント』、聖文舎、1973。 |
教会合同問題 |
教会合同について (1937) 『信仰と現実』、新生堂、1939に収録。 |
教会合同と信条 (1937) 『信仰と現実』、新生堂、1939に収録。 |
再び教会合同と信条について (1938) 『信仰と現実』、新生堂、1939に収録。 |
教会合同と教会連盟 |
信仰と思想の交換 (1938) 『信仰と現実』、新生堂、1939に収録。 |
第六巻 「キリスト教本質論」、1978年 |
キリスト教概論 (1947) |
キリスト教の本質 (1949) |
第七巻 「教義学 上」、1980年 |
教義学 第一巻 (1954) |
教義学 第二巻 (1959) |
第八巻 「教義学 下」、1982年 |
教義学 第三巻 (1965) |
第九巻 「教会と文化」、1981年 |
T キリスト教倫理入門 (1960) |
U 倫 理 |
信仰と倫理 (1919-1920) |
キリスト教倫理学成立の基礎条件 (1934) |
愛と赦罪 (1935) |
文化倫理の定位 (1937) |
「悪」の限界 (1939) |
恩恵と道徳 (1939) |
V 文 化 |
キリスト教の特異性 (1937) |
キリスト教的世界観 (1937) |
教会と社会 (1937) |
教会と文化 (1937) |
教会の物質的基底(試論) (1937) |
信仰と教養 (1937) |
報償と恩恵 (1941) |
文化共同体の質料 (1946) |
ヒューマニズムの展望 (1947) |
近代文化とキリスト教 (1947) |
プロテスタンティズムと現代 (1947) |
W 宗教の諸問題 |
宗教と若き世代 (1941) |
キリスト教の方向 (1941) |
日本思想とキリスト教 (1941) |
キリスト教の多様性 (1941) |
ローマへ往かず (1941) |
『信仰の遺産』 (1942) |
哲学よりも歴史を――関根氏の批評に関連して (1949) |
キリストの平和、キリスト者の平和 (1950) |
偶然性の問題 (1966) |
第十巻 「歴史と現代 上」、1981年 |
マルティン・ルター――その生涯と信仰 (1947) |
『キリスト者の自由』について (1949) |
トレルチ (1944、1973) |
キリスト教の歴史観 (1956) |
教理の発展 (1963) |
カルヴィンの倫理思想における神学的基礎づけ (1959) |
日本のキリスト教思想におけるルター受容 (1968) |
フォン・フューゲルの人と思想 (1936) |
キルケゴール (1938) |
敬虔派の変質 (1950) |
第十一巻 「歴史と現代 下」、1979年 |
弁証法的神学概論 (1932、1936第4版増補版) |
現代の神学 (1936) |
二十世紀の神学 |
危機神学 (1933?) |
バルトをめぐる論点 (1937) |
神学界消息 (1937) |
バルトの神学と社会的キリスト教 (1937) |
弁証法的神学と宗教教育 (1937) |
カール・バルト (1938) 初出:『廿世紀思想』、河出書房、第六巻。 |
バルトの教理史的位置 (1956) |
バルトの神学と日本の神学 (1966) |
第十二巻「日本のキリスト教」、1982年 |
日本キリスト教神学思想史 (1968) |
日本キリスト教倫理思想史 (1968-1972) |
別巻一 「神学篇」、1984年 |
T 聖書関係論文 | |
旧約聖書の現代的意義 | (『福音新報』1930) |
新約書における啓示の概念 | (『福音新報』1932) |
「律法」の問題 | (『福音新報』1930) |
パウロにおける「律法」 | (『福音新報』1930) |
使徒パウロの人間観 | (『婦人の友』1968) |
ガラテヤ書研究 | (『プロテスタント研究』1937以降) |
死者の甦えりと教会の形成 | (『神学』1962) |
U 神学論考 | |
教義の概要 | (『現代キリスト教講座』1956) |
歴史主義の問題 | (『福音新報』1929) |
神の言葉と人の言葉 ――説教・神学・信仰告白の聯関について | (『福音新報』1934) |
贖罪論について | (『福音新報』1937) |
時の裁き | (『福音新報』1940) |
秩序の神学的理解 | (『開拓者』1935.3) |
福音の歴史性 | (『信仰と生活』1942) |
恩寵と倫理 | (『信仰と生活』1942) |
創造の恩寵 | (『教団新報』1942) |
教会の預言者的役割 | (『聖書の世界』1961) |
終末の希望 | (『福音と世界』1958) |
恩寵の選び | (『福音と世界』1959) |
救済の問題 | (『現代キリスト教講座』1956) |
永遠と時間 | (『現代キリスト教講座』1956) |
聖霊と神学 | (日本基督教団信仰職制委員会編『聖霊論』日本基督教団出版部、1965) |
信仰論 | (『教義学講座』1970) |
弁証法的神学における神学的諸問題 | (『開拓者』1935.5) |
現代神学の諸問題 | (『開拓者』1935.9,11) |
神学研究者のために | (『プロテスタント研究』1936) |
V 人と神学 | |
ルターの信仰と遺産 | (未発表) |
カルヴィンの神学的方法とその性格 | (未発表) |
カルヴィン思想と文化哲学 | (『基督教文化』1946.11,12) |
カルヴィンの遺産 | (『福音と世界』1959) |
神と世界の限界 ――カール・バルトの神学について | (『福音新報』1926) |
別巻二 「信仰篇」、1984年 |
T 説教 | (『信仰と現実』新生堂、1939の前篇) |
デ・プロフンディス (詩篇130) | |
信仰による知識 (コリント前書2章) | |
神との格闘 (創世記32:24) | |
悲劇の誕生 (ルカ2:35) | |
クリスマスの恵み (コリント後8:9) | |
何故の血であるか (一ヨハ1:7) | |
死者の目覚める時 | |
復活聖日の夕 (ルカ24:17〜) | |
イエス陰府にくだる (一ペテロ3:19) | |
新年の恵み (哀歌3:22-23) | |
キリストだに己を喜ばせ給わざりき (ロマ15:3) | |
この後の者にも (マタイ20:14) | |
U 教会生活と伝道 | |
聖書を読む人のために | (『基督教の特異性』1937) |
キリスト教と、その説教はむずかしいか | (『福音新報』1932.12) |
献金 その使い方について | (『宣教』1958.4) |
牧師招聘の手続き | (『宣教』1962.3) |
教会における牧師の位置 | (『宣教』1963.6) |
長老制度について | (『協力伝道』1949.9) |
教会の「老い」と「若さ」 | (『福音と世界』1972.11) |
合同教団と信条の問題 | (『神学と教会』1942.12) |
信仰告白(試案) | (『協力伝道』1948.10) |
今日における信仰告白の問題 | (『聖書と教会』1972.7) |
神学生の祈りと生活 | (『東京神学大学報』1975.12) |
卒業生諸君に | (『東京神学大学学生新聞』1961.3) |
卒業生諸君のために | (『東京神学大学学生新聞』1968.3) |
手紙 新しい伝道者の友人のために | (『プロテスタント研究』1936.6) |
V 自著、読書について | |
植村正久の命令で書く | (『興文』1964.1) |
『プロテスタント研究』の頃 | (『興文』1968.2) |
『キリスト論の根本問題』 | (『新興基督教』1935.1) |
『トレルチ』執筆のころ | (『興文』1973.11) |
私の本 | (『福音と世界』1954.5) |
読書の思い出 | (『信仰と現実』1939) |
時の推移と変わらぬ本 | (『興文』1961.1) |
植村正久『真理一斑』について | (『興文』1960.1) |
植村全集「教義篇」 | (『福音新報』1932.3) |
ルッターの『卓上語録』 | (『日曜学校の友』1931.11) |
『天路歴程』 | (『日曜学校の友』1931.10) |
『キリスト者の自由』と『タイス』 | (『新興基督教』1935.10) |
『綱要』の読み方 | (『興文』1963.9) |
『キリスト教綱要』新訳完成の意味 | (『興文』1965.12) |
バルト『教義学要綱』雑感 | (『福音と現代』1951.12) |
W『キリストに生きる人々』(1923)より | |
救いの道ゆく人 ジョン・バンヤン | |
霊魂の燃焼 サボナローラ | |
福音の闘者 ムーデー | |
野の人 ジョージ・ホイットフィールド | |
貧しき人々のために ウィリアム・ブース | |
選ばれたる愚者 ジョージ・フォックス | |
みなしごの父 ジョージ・ミュラー | |
潔められたる生活 ジョン・ウェスレー | |
キリストに隠るる生活 マリア・テレサの追想 | |
影より現実なるものへ ジョン・ヘンリ・ニューマンの追想 | |
X 人物 | |
福音新報における先生 | (『福音新報』1925.1) |
神学社における植村先生の晩年 | (『神学と教会』1935.10) |
植村正久 | (『福音と現代』1948.3) |
植村正久 | (『開拓者』1949.11) |
神学を教える人としての植村正久 | (『福音と世界』1965.10、『日本キリスト教神学思想史』の中の「植村正久における戦いの神学」の8〜10節) |
テルトゥリアヌス | (『福音と現代』1947.10) |
アウグスチヌス | (『新興基督教』1934.4) |
トマス・アクィナス | (『福音と現代』1950.1) |
ニューマンの追想 | (『福音新報』1933.8) |
Copyright© Yoshi Sunohara |