神学校に関するFAQ
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どうすれば牧師になれるの?
神学校で勉強します。独学でもいいですけど、ふつうは神学校へ行きます。そして、教団の補教師試験を受けます。合格すると「准允(じゅんいん)」を受けます。すると「伝道師」になります。
その後2年間伝道にたずさわってから、正教師試験を受けます。合格すると「按手礼(あんしゅれい)」を受けます。すると「正教師」になります。これで、ようやく、はれて牧師になれました。ふぅ。

神学校ってなあに?
「進学校」ではありません。神学校は、キリスト教の伝道者を育成し、また、神学という学問をする教育機関の総称です。神学校には、
  • 神学部のみを持つ単科大学(現在、東京神学大学のみ)
  • 総合大学の神学部(同志社大、関西学院大など)
  • 伝道者育成の専門学校、専修学校(何百?とあります)
の3種類があります。神学校の学生を神学生といいます。
卒業後は、ほとんどが牧師になりますが、教会の教育主事とか、ミッションスクールの宗教科の先生、病院などのチャプレンなどになる人もいます。


誰が入学できるの?
だれでもが入れるわけではなく、入学試験の願書を出す時点で、洗礼を受けてから1年以上たっていること、所属教会の推薦書などが条件となります。


入試の科目は?
入学試験の科目は、英語、聖書、小論文の3つでした。そのほかに面接がありました。


何を勉強するの?
たとえばこんな科目があります・・・神学通論、旧約聖書神学、ヘブル語、新約聖書神学、ギリシャ語、組織神学、教会史、宗教史、実践神学概論、牧会心理学


社会人を経験して入学する人は多いの?
はい、多いです。元商社マン、元エンジニア、元プログラマ、元教師、元医師、元フリーター、元プータロー、元私立探偵などなど多彩です。リタイヤしてから入ってくる人もいます。高卒後すぐの人や他の大学を出てすぐ入ってきた人のほうが少ないかもしれません。


修道院とは違うの?
修道院はカトリックや東方正教会にはありますが、プロテスタントにはありません(英国国教会には残っているかも)。修道院は、清貧や貞潔、服従などを誓って共同生活をするもので、俗世間を離れて暮らしたり、あるいは、社会奉仕に励んだりします。
一方、神学校というのは、キリスト教の伝道者になるため、あるいは神学の研究のためにあるので、全然目的が違います。俗世間を離れては決してできません。聖書だけでなく新聞を読めというようなことを言った神学者もいるらしいです。
俗世間を離れて清い生活をすればいいってもんではありませんが、俗世間の誘惑を断ち切って神学や信仰の養いに励むという点では見習うべき面もあるなあと思います。

神学校生活に関するFAQ
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クラブ活動とかあるの?
はい、あります。体育会系では、野球部、サッカー部、テニス部、卓球部、文化系ではコーラス、ハンドベル、英会話の好きな人が集まるやつ(名前忘れた)、その他神学研究系のものなど。
社会人経験のほとんどない人たちは、結構こういうキャンパスライフも楽しんでますね。わたしは、個人的にはクラブ活動にはあまり興味ありません。なんか学生臭くてねえ。。。ハンドベルは一度やってみたかったので興味あるけど。
・・・とか言いながら、入学して1年たってみると、自分で同好会をつくったりいろいろやってます。


女の子はいるの?
はい、います(笑)。ご心配ありがとうございます(^^;
神父(カトリック)には男しかなれませんが、牧師(プロテスタント)には、女性もなれます。現に、私の母親も牧師です。



毎日聖書読むの?
はい、読みます。信仰のために読み、勉強のために読みます。
私の普段の聖書の読み方にはいくつかありますが、
  • 毎日読む分量を決めて読む・・・1年とか半年で聖書全巻を通読するのに効果的です。聖書は全部で約2000ページありますので、半年で読み切るには1週間に約80ページ、毎日11ページのペースです。
  • 少しずつ読み、その部分の意味をじっくり考え味わう・・・祈りつつ黙想しつつ聖書を読みます。頭で意味を理解するのではなく、味わうのが目的です。たとえ意味が分からなくても、それを神さまの言葉として受け取ります。
  • 手引きを元に読む・・・「聖書日課」として毎日読む聖書箇所を記した本や雑誌があります。それには簡単な解説やポイントも載っていますので、それを参考に聖書を読みます。説教集や注解書と呼ばれる本を元に聖書を読み進めることもあります。
実際にはこれらが入り交じっています。


お酒とか飲んじゃいけないの?
神学生である以前にクリスチャンとして、お酒の常習や酒酔いを避けるように心がけるべきだと言えるかもしれません。それは、お酒への欲求や依存によって、神に従う生活が壊されるからです。お酒への欲求や依存は、神を求めずお酒を求めていることになります。

神を賛美し祈ることにあふれた生活をしていれば、自然とお酒を必要とすることがなくなるでしょう。常に神を賛美し祈ることはなかなかできませんが、そのことをも神さまに願い、そうなると信じて、自制していくのがクリスチャンの生活です。神学生には特にそのことが求められていると言えるでしょう。私の通う学校の「学生心得」には、次のような言葉があります。
日々御言葉に親しみ、祈りの生活を充実させ、主の召しを受けた者にふさわしく禁酒禁煙に心がけること。



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