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KinKi Kidsの「シンデレラ・クリスマス」解説

 この曲のテーマはお金では買えない大切なものがあるというメッセージです。 このテーマは松本の中で繰り返し出てくるテーマのひとつです。 まだ若くて貧しいのでマンションを買って一家を構えることなど 出来ないけど二人の愛は何ものにも代え難く永遠のものである、というお話です。 前々作「硝子の少年」の「指に光る指環 そんな小さな宝石で 未来ごと売り渡す君が哀しい」といって 辛い別れを経験した主人公の彼に相応しい彼女が現れ春が訪れたと考えることも出来ます。少なくとも、 社会的には非力な少年という設定はそのまま引きずっていると言っていいでしょう。
さらに単語の上でも前々作「硝子の少年」と「シンデレラ・クリスマス」は対応関係を見てとることが できます。(H氏の指摘による)
「雨が踊るバス・ストップ」「雪の舞う駅」
「指環」「イアリング」
「硝子の少年」「ガラスの靴」
「バスの窓」「汽車のドア」
「くちびるがはれるほど囁きあった」「黙りこくって」
「雲が切れて」「雪がやんで」
「絹のような髪にぼくの知らないコロン」「無数の雪の華が君の髪を飾る」
「よそゆき」「普段着」
この2作は連作です。
  題名は「シンデレラ」と「クリスマス」という二つの言葉を組み合わせて作っていますから、 このキーワードからいくつもの言葉が出てきます。  「シンデレラ」からは「12時まで」「ガラスの靴」。クリスマスからは「雪」「ベル」「ケーキ」 「キャンドル」。

「君は時計を見るたびに 哀しい色濃くして 綺麗になる 不思議さ」
 舞台は駅。「時計を見る」といえば聖子の「赤いスイートピー」です。
 「あなたが時計をチラっと見るたび 泣きそうな気分になるの」
 「シンデレラ・クリスマス」での別れは門限とか終電でデートが終わるという位の別れでしょうが、 この「駅でお別れ」は松本の黄金パターンでしょう。この他に  近藤真彦「ブルージーンズ メモリー」 石川秀美「妖精時代」斉藤由貴「情熱」坂上香織 「レースのカーディガン」清水宏次朗「永遠は1秒のKISS」
駅以外で列車を見送るのも挙げれば  近藤真彦「ミッドナイト・ステーション」原田真二「てぃーんず・ぶるーす」山瀬まみ「セシリア・Bの片想い」
印象に残る曲が多いです。

「バイトして買ったイヤリング」
 これまた聖子の「P・R・E・S・E・N・T」で
  「リボンをほどいたら 金の細いネックレス…バイトしてたこと人づてに聞いたわ」
 貧しいけれど誠意を尽くしている主人公に共感を覚える人が多いことでしょう。

「シンデレラ・クリスマス」
 音のはめ込み方に注目。タンタンタンターンタンで5音です。昔はこのようにうまい音のはめ込み方をする のは他の職業作詞家にはいなかったんですが、今はみんな松本の真似をして上手になりました。

「ガラスの靴さえ ぼくたちにはいらない 普段着のままの君 愛してるよ」
 「ガラスの靴」はシンデレラから出てきた言葉。前々作「硝子の少年」では、ガラスは 壊れやすく傷つき易いものの象徴として使われていますが、ここではきらびやかだけど中身が無いもの、虚飾 の象徴として使われています。さらに童話「シンデレラ」のテクストからも意味を引用して、 虚飾が一つもいらないと強調した表現になっています。
cf 「俺にはわかないよ お前が何故 ガラスの都会へと 旅立つのか」近藤真彦「ブルージーンズ メモリー」

「ベルの鳴り響く街角で マンションの張り紙を見たね 窓にポインセチアの鉢植え
ケーキを切る子供は キャンドルに揺れた幻」

少し言葉を補えばこうです。クリスマスの儀式の始まりを告げる教会のベルが鳴っている街角を二人で歩いているとき、 電柱にマンションの売り広告の張り紙を見た。もしお金があってマンションが買えてめでたく結婚できれば、 数年後のクリスマスには窓にポインセチアを並べて、二人の間の子供がクリスマスケーキを切っていることだろう。 だが、お金がない今はそれは幻でしかない。

「意地悪な時が二人を引き裂いても この愛だけ永遠」
 抽象名詞の「時」になるのは松本ではお馴染み。なぜか詞の後半に多い。
cf 用語辞典・”松本”語「時・時間・瞬間(とき)」

「閉じた汽車のドア 君は息吹きかけて 指文字で無限大 描いて微笑う」
 この曲のなかで一番松本らしいのがこの詞句でしょう。映像的でそのまま映画のワンシーンに使えそうな 情景が、きめの細かい描写によって脳裏に浮かんできます。 非常に似たシチュエーションとしては、やはり「駅でお別れ」シリーズの中から岡田奈々の「地図のない旅」 があります。「閉まったドアの 外のガラスに 好きと逆さに 指文字書いた」
この「指文字」は「指で描いた文字」という意味で使われていますが、これは辞書にない言葉で 松本の造語と思われます。他には渋谷鉄平「ファイヤー」に「さよならと今朝扉に あなたが書いた水文字」 というのがあり、これも「水を使って書いた文字」で造語と思われます。また大瀧詠一「スピーチ・バルーン」 の「長い影は人文字 海の背中に伸びている」というのも辞書にある「人文字」(人を文字の形に並べる) の使い方ではなくて、「海面に人の影が文字のように映っている」という意味でしょう。あのねのね「 さよならは白い雪文字」も「雪で作った文字」ということです。松本の「文字」の 使い方には独特のものがあります。
 「無限大」という記号は数字の「8」を横にした形「∞」をしています。この記号は文部省の指導要領では 理系の人しか履修しないであろう数Cで習います。松本作品を読むときには理系の数学の知識まで 要求されることがあるということです。大橋純子の「メビウスの輪」 なども数学的知識がなければその表現を正確には読み解くことができない例です。 無限大の記号が入った題名は太田裕美「∞(アンリミテッド)」、ひかる一平「やさしさ∞」
cf 「今 ひざに指文字書いて 好きですと打ち明けたいの」香坂みゆき「青い芽」
  「ストローをペンにあなたは 好きだって書いた水文字」小坂明子「トワイライト神戸」

「線路に耳あてて君の鼓動を聴こう」
 レールを伝わってくる列車の響きを”君の鼓動”と例えた所が深いところです。  山瀬まみ「セシリア・Bの片想い」では「冷たい線路に耳をあて 近付く汽車の鼓動を聞いた」でした。

 


山下達郎の「いつか晴れた日に」解説

 歌謡曲という制約上、どうしてもハートブレイクものが松本の詞の中でも中心です。しかし、 ここで詠われるテーマは必ずしも恋愛体験での挫折とは限定せず、傷心者に勇気を与え 未来へ目を向けさせるという、人生への応援歌になっています。現在の日本の閉塞状況を 鑑みてのテーマ選択かとも思われます。松本にしては珍しいテーマです。というのがオモテのテーマ。 ウラのテーマは以下解説へ。
cf西田ひかる「生きているって素晴らしい」

「雨は斜めの点線 ぼくたちの未来を切り取っていた」
 このフレーズを初め聞いてすぐに思い出したのは、裕木奈江のアルバム「水の精」にある 「恋人たちの水平線」という歌です。この歌でも「雨が斜めに降り注いでいる」という語句と 「点線」という語句がバラバラではあっても出てきます。
 荒れ狂う嵐の海が見える喫茶店で恋人達が言葉少なに時を過ごしている。あまり静かだから 何か言おうと思った男の子がふと「蝋人形でも抱くようだね」と言葉を滑らせてしまうわけです。 そうならないように彼女は「はみださないでね 会話の点線」と言っていたのでありました。
 ここでの「点線」は会話がとぎれがちなときの「……」を表していると同時に、越えてはならない表現 の境界線をも表しているわけです。
翻って、今回の「いつか晴れた日」にでの「点線」は切取線です。よく本などに、 「点線に沿って切り取ってください」、というフレーズが載っていることがありますね。あれです。 だから、次の「切り取っていた」につながるわけです。松本らしい細かい比喩表現です。
 裕木奈江のときにも随分と「点線」という語句の使い方に感動しましたが、今回はまた違った角度からこの 「点線」を使ってくれました。
アルバム「水の精」は、はっぴいえんどを好きな人だったら絶対に好きになるアルバムです。 聞いてない人は一度聞く事をお薦めします。
cf比喩辞典・〇〇は〇〇「雨は」

「生きることは悲鳴だね 時代の海を木の葉のように迷うだけ」
 「木の葉」は小さく不安定なものを表すときによく使われている表現です。
cf比喩辞典・直喩「木の葉」

「傷つくことを怖れ黙るより 孤独と戦いたくて」
 いままでの松本の詞で「孤独」という言葉が出てきたときは、おもに友好関係を築く場合が多かったわけです。 松本が自ら監督をした映画「微熱少年」の中でも、自分の青春時代を投影させた主人公に「孤独は友達だからね」 と言わせています。松本にしては珍しい捉え方です。
cf「俺はもう孤独さえ味方にした」  南佳孝「曠野へ」
 「すねてる猫のように  そっぽ向くんだね 孤独だけが友達のように」  南佳孝「ジョンとメリー」
  「孤独を着こなすコツも覚えたよ」  The 東南西北「ワン・マン・アーミー」

「いつか(明日天気になれ)」
 「明日天気になれ」はもちろん、はっぴいえんどの「あしたてんきになれ」です。大瀧詠一が前年度 「Happy Endではじめよう」と「はっぴいえんど」を標記を変えて使ったように松本もそれ倣っています。 そう思ってもう一度はっぴいえんどの歌詞を見てみると、「黒ずんだ水溜りを飛んだ少女は」(”くろ” は黒へんに幼という漢字が当ててあるのですがありませんでした)というフレーズを見つけました。 これで達郎の前作「Dreaming Girl」とは連作であったことが判明しました。前作の 「街の翳(かげ)が雪崩れてゆくよ」なども実にはっぴいえんどを引きずったフレーズな訳です。
cf「きみの眸のなかで雲が急に雪崩れると おもて通りはブランコのように揺れるんです」
        はっぴいえんど「空いろのくれよん」

「あの頃の少年に逢おう」
 ここで言う「あの頃」とは「1969年」で「少年」とは「音楽に懸けていたはっぴえんどのメンバー」 であるわけです。大瀧詠一が「Happy End」をもう一度やろうよ、と呼びかけたのに対して、松本が そうだねもう一度やろう、と応えているわけです。実はこれがこの曲のウラのテーマなのです。 このテーマをもったこの宿命の曲に相応しい最後のフレーズではありませんか。
 このことがわかってくると、孤独の捉え方の変化も合点がいくし、上でもあげた「悲鳴だね」というフレーズの唐突な感じが、 むしろ自然に思えてくるのです。「1969年のドラッグレース」(大瀧詠一)は、はっぴいえんど 結成にまつわる経緯を歌にしたものだということは、大瀧詠一がアルバム「大瀧詠一」の解説の中で 明らかにしています。ここに「カーヴのたびに助手席の君は 悲鳴をあげていたけど」というフレーズが あるからです。





Kinki Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」解説

 テーマは恋愛初期における恋の疾走感と言った所でしょうか。ジェットコースターをキーワードに 持ってくることでそれが実に効果的に表現されています。縁語では、「レール」、「アミューズメント・パーク」 、「火花」、「斜面を滑る」前作同様、今回も綺麗にまとめてくれました。

「素敵な風を集めながら 君をさらいたい」
 「風を集めながら」はもちろん、はっぴいえんどの名曲「風をあつめて」。詞文集「微熱少年」の中で松本自身が 明らかにしているように、この曲は「風街ろまん」の中でもその作詞法を表明している中心的な作品です。

  「メロディーという時間の流れの上には、風景に隠し絵のようにはめこまれた空間的な人間関係を詞にして乗せて いった方が素敵ではないかと僕は考えた次第である。」 
      微熱少年「きわめて独善的なおかつ感傷的な詞論」より

 冒頭に持ってくるということはこの曲に懸ける意気込みが伝わってこようというもの。「君をさらいたい」は松本 の歌謡曲初のヒット曲、チューリップの「夏色のおもいで」で「きみをさらっていく 風になりたいな」 というフレーズを思い起こさせます。大瀧詠一が「Happy Endではじめよう」と昔を回顧したことに、 松本もまた呼応したとも言えます。

「時のレールを走りながら ぼくの手をギュっと抱いてて」
 「時の」という言い方は実によく松本の詞に現れる表現です。これは上の微熱少年からの引用からもわかるように、 物語を風景に定着させるときには時間を捨象しなければいけないわけで、 そのための必然的な表現となっています。
cf 用語辞典・”松本”語「時・時間・瞬間(とき)」

「夏はアミューズメント・パーク 濡れた髪が踊るたび Wow Wow虹が飛び散る」
 「アミューズメント・パーク」は「ジェットコースター」から導き出した語句。実は「虹」もそうではないかと思います。 ほら、ジェットコースターのレールってアーチ状になっているでしょ。それからの連想ではないかと。

「サーフ・ボードに寄りかかりながら見てた Wow Wow 海辺のシルエット」
 この曲が航空会社のキャンペーンソングと言うことで出てきたフレーズでしょう。作詞家30年のキャリアが なせる技?

「ほどけかけた So Sad ビキニの紐 直してって 焦げた背中 指が照れる」
 指が照れるとは面白い表現ではないでしょうか。松本の詞の中で初めて出てきた表現と思われます。 30年経っても新しい表現が出てくるところが流石です。

「夏の斜面を滑りながら 何もかもぼくにまかせて」
 「斜面」は「ジェトコースター」から出ています。この場合特に「夏の」という修飾語句を付けることで 斜面が抽象名詞として使われていることに注意しましょう。
cf「そうね ときには素直になって 夢の斜面を滑り降りたい」  小泉今日子「水のルージュ」
 「夜の斜面滑るひと」 フラッシュ「BABY FALL IN LOVE」
 「ガラス張りの夜の斜面 滑り落ちてゆく二人」 清水宏次朗「今夜だけDaring」





前田愛 前田亜季「Don't Cry」解説

 キーワードは「針」です。ここから「糸」、「羅針盤」、「はりさける」、「縫い止めて」が出てきます。

「鳶色(とび)の髪の娘に 糸と針を渡して」
 鳶色が前に出てきたのは松田聖子の「時間の国のアリス」で「鳶色のほうき星流れて消えて」
鳶色というのは言葉として広辞苑にも載っていますが、松本の〇〇色といった場合、載っていないような語句 も数多く見られます。既成の言葉ではない〇〇色といったとき、それは比喩的表現として使われているようです。 「〇〇のような」とと同じだと思ってもよいでしょう。
また、「糸と針を渡して」が修飾する語句はサビの「首飾りにして」ですが随分と離れています。
cf比喩辞典・〇〇色

「心は羅針盤(らしんばん)愛を指したままさ」
 南佳孝の「羅針盤」では羅針盤が指していたのは未来でした。脱線しますが、「羅針盤」の作詞のクレジットは 江戸門弾鉄。これは「はっぴいえんど」時代から松本が使っていたペンネーム。大瀧詠一のファーストアルバム 「大瀧詠一」では、「恋の汽車ポッポ」「空飛ぶくじら」にそれを見つけることが出来るのですが、 その後全然使われないで、唐突に「羅針盤」の作詞者として現れたのです。これはいったい何故なんでしょうか。 「羅針盤」が化粧品のキャンペーンソングだったための関係かと想像しているのですが、真相はわかりません。 尚、江戸門弾鉄の由来はお便りコーナーで

「Don't Cry no more 負けないで涙をひと粒ずつ  Don't Cry no more 縫い止めて あの娘の首飾りにして」
 「縫い止めて」は”松本”語の一つにして、松本の作詞法を簡潔に言い切っている語句。

「メロディーという時間の流れの上には、風景に隠し絵のようにはめこまれた空間的な人間関係を詞にして乗せて いった方が素敵ではないかと僕は考えた次第である。」
        微熱少年「きわめて独善的なおかつ感傷的な詞論」

 この「風景の隠し絵」をつくるために、時間軸上に散らばっている言葉の破片を松本が”縫い止めて” いるわけです。
cf「涙を糸でつなげば 真珠の首飾りね」  松田聖子「白いパラソル」
 用語辞典・”松本”語・縫い止める

「Don't Cry no more はりさけた」
 「はりさけた」は「針」の音から出てきた言葉。言葉はイメージだけでつながるとは限りません。 この手は結構あります。
cf用語辞典・掛詞





Kinki Kidsの「硝子の少年」解説

 まず全体にいえることですが、キーワードはこの題名にもある「硝子」です。松本の 場合そのキーワードの縁語が詞の随所に出てくるというのが特徴的です。 この作品でもそれがよく表れています。 例えば、「指環」、「宝石」、「ビー玉」、「破片」、「きらり」、「映る」、 「照らし出す」といった具合にです。松本の作品を読む上でこれを探すことは ひとつの愉しみでもあります。
cf用語辞典・隠喩「硝子の」

「雨の踊るバス・ストップ」
 いきなり松本の詞なのです。まず雨が「踊る」といったところが新鮮です。 慣用句的には「雨の煙る」でしょう。それを「踊る」とすることで激しい 雨の躍動感が伝わってきます。
冒頭に風景を語ることで聞き手の頭の中に具体的な情景が浮かぶようにするという のは、松本の歌詞の黄金律です。ここが他の作詞家との大きな違いでしょう。 試しに今流行っている歌にどれだけ風景が描かれているか調べてみると 尚わかると思います。
cf「赤い日除けの港のカフェで」 近藤真彦「ホレたぜ!乾杯」
 「涼しげなデッキチェアー ひとくちの林檎酒 プールに飛び込むあなた」
松田聖子「小麦色のマーメイド」

「君は誰かに抱かれ立ちすくむぼくのこと見ないふりした」
 ここで強調されるのは少年の「まなざし」です。これも松本の他の作品に貫かれている テーマなのです。松本の作品には「見ていた」というのがよく出てきます。 もっと積極的には「望遠鏡を覗く」なんていうのもあるぐらいです。
cf「君が彼の背中に手を回し踊るのを壁で見ていたよ」大瀧詠一「恋するカレン」
 「ジーンズを濡らして泳ぐあなた あきれて見てる」松田聖子「渚のバルコニー」
用語辞典・”松本”語「望遠レンズ」

「指に光る指環 そんな小さな宝石で未来ごと売り渡す君が哀しい」
 相手がうわべのきらびやかさや、一時的な快楽を求めていってしまい、愛が終わると いうテーマもよく出てくるシチュエーションでしょう。名曲「木綿のハンカチーフ」 がそうです。他に中村雅俊「青春試考」、原田真二「てぃーんず・ぶるーす」
「ユビワ」を「指輪」と書かないで「指環」と書いているところにも注意しましょう。 ちなみに「ルビーの指環」も「指環」でした。
歌詞カードを見てみると、この漢字でこう読ませるんだとか、この言葉はこんな漢字を 書くんだといった発見があります。
cf「過ぎ去った過去(とき)しゃくだけど今よりまぶしい」大瀧詠一「君は天然色」
 「蕃紅(さふらん)色のドアを開けたよ」原田真二「タイム・トラベル」

「ぼくの心はひび割れたビー玉さ のぞき込めば君が逆さまに映る」
 私がこの歌詞の中で一番好きなのがこのフレーズです。とくに「逆さまに」といった ところが実にうまいと思います。こんな細かい表現を小室が出来るでしょうか。 松本の比喩表現は丁寧です。「○○は○○」と言ったそのあと必ず、 何故そうなのかとか、だからどうしたといった内容が続くことが多いのです。 ここも松本の歌詞の魅力でしょう。
cf比喩辞典・○○は○○

「硝子の少年時代の 破片が胸へと突き刺さる」
 「破片」が出てきたのは「硝子」からです。縁語でまとめています。 「硝子」というのも崩れやすく壊れやすいが美しいものの象徴として松本がよく 使う比喩です。私の友人は「硝子の少年」というタイトルを見ただけで松本の作品 であることを予感したといいます。

「硝子の少年時代を 想い出たちだけ横切るよ」
 抽象名詞が主語で「横切るよ」といったところが松本らしい詞句です。
cf「夏の影が砂浜を急ぎ足に横切ると」大瀧詠一「カナリア諸島にて」

「蒼い日々がきらり駆け抜ける」
 「青い」ではなくて「蒼い」です。実に松本作品の歌詞カードを見てみると 「青い」より「蒼い」が多いことに驚かされます。「蒼い」は主に過去のことや内容が 暗めのことを表現するとき使われているようです。
「きらり」は「硝子」の縁語と考えてもよいでしょう。
cf「今の青さを失くさないでねでね 蒼いフォトグラフ」松田聖子「蒼いフォトグラフ」
用語辞典・色彩