わたしが耳にしたニューヨークのなまぐさい話をご紹介いたします。といっても、基本的に雑誌記事などの無断引用です(^^;。心臓の悪い人、ニューヨークにあこがれをいだいている方はご遠慮下さい(マジです)。でも、目を背けることはできない事実?です(脚色大)。
★印で五段階評価します。もちろん★★★★★が最高になまぐさいです。
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町外れのモーテルに男女数人のグループが泊まっていった。その翌朝、メイドがベッドメイキングしているとき、マットレスのすきまに勢いよくシーツを押し込む彼女の手に何かが刺さった。「痛い!」
それは、注射針であった。しかも宿泊者たちがドラッグに使用したものだった。それが、ベッドのすきまに入り込んでいたのである。布団に刺さっていることもあるという。
数か月後、そのメイドはエイズにかかっていると診断された。
これは友人から聞いた話です。
ある女性社員を訪ねて、一人の男性が彼女の勤めるオフィスにやってきた。彼らは数週間前に離婚の手続きをしたばかりだった。通常全くの部外者を社内に通すことはしないが、その女性社員の元夫ということで、受け付けは彼を通した。
空室の会議室に入り、ふたりはドアを閉じた。
数十分たったとき、その会議室で2発の銃声が響いた。
その会議室からは誰も出てこない。しかし、あまりにも危険過ぎてドアを開けることはできない。パトカーが到着し、ポリスがドアを開けると、女性は胸を打たれて即死、銃を手にしたままの男性も自分の頭を打って死んでいた。
これは私が勤める会社の子会社で1997年8月に実際にあった事件です。
その若い日本人夫婦は、ようやく希望にかなうコンドミニアムを見つけた。初めての異国での生活には、多くの不安が伴うが、しかし、未知の生活への期待も大きい。車の購入や家具や電気製品、生活用品の購入がひととおり終わり、ようやく、生活のペースが見えはじめてきた。しかし、マンハッタンに近いそこでは、東京と同じように隣近所とのつきあいは全くない。まわりにどのような人が住んでいるのかほとんどわからない。
コンドミニアムは、日本でいうとマンションか団地のような集合住宅みたいなものだろうか。壁の向こうには見知らぬ人が住んでいる。作りがよくないと、隣の音が漏れて聞こえたり、上の階で人がどたばた歩く音が響いてしまう。
事件は、ある静かな夜におこった。ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!という音が隣からその夫婦の部屋に向かって響き、壁が崩れた。ふたりは真っ青になって頭を抱え、床に伏せた・・・いや、恐怖で足がすくみ、腰がくだけて倒れ込んだと言ったほうが正確かもしれない。銃声は鳴り止まない。いくつかの銃弾が壁を突き抜け、部屋にころがった。
どのくらい時間がたっただろうか。いつの間にか銃声は止まっていた。幸い、その夫婦に直接銃弾が当たることはなかった。しかし、ふたりは完全に腰が抜け、起きあがれなかった。
その後の調べで、隣の住人は錯乱状態にあり、興奮して壁に向かって乱射したとわかった。事件にあった日本人夫婦にとって、ニューヨークは最悪の街として記憶に残るのだろう。
これは会社の先輩から聞いた実話です。
アメリカでは銃がらみの事件や交通事故が日本よりも多い。そのため、脳死者も多いが、臓器提供を待つ人の数にはまったく及ばない。そんな現状を悪用し、臓器をヤミで高く売りつけようとする商売も出てきた。
その旅行者はバスタブの中で目を覚ました。最後に憶えているのは、バーで見知らぬ人からおごってもらった酒を飲んでいたことだ。そのバスタブには氷が満たされていて、彼は裸でその氷につかっている。ふと見上げると壁に紙切れがテープでとめてあった。
「動くな、救急車を呼べ」
バスタブの横に小さなテーブルがあり、そこに電話が乗っていた。彼は何が何だか分からぬまま、911に電話をかけた(日本の119番に相当)。応対にでたオペレーターは彼にこう言った。
「背中の腰あたりに何かチューブの様なものが出ていませんか。」
彼は言われたとおり背中に手をあててみた。
「はい、あります。」
その時オペレーターは「ああ、またか」と思った。オペレーターは確信したのだ、彼の腎臓が2つとも盗まれていることを。
これはどこかのWebにあったジョークです。
参考:http://snopes.simplenet.com/spoons/faxlore/kidney.htm
マンハッタンのダウンタウンで、スーツを来て身なりのよい紳士に、A子は尋ねられた。「今これを落としたの、君じゃない?」A子は見知らぬ封筒を見せられた。突然声をかけられたため、旅行中のA子は「知りませんけど・・・」と答えながら動揺していた。そこへ、上品そうなお婆さんが「私も見たわよ」と言って話に加わってきた。紳士が封筒をあけるとなんと札束が出てきた。数えると1万ドルもある。
どうしようと話し込むうち、みんなで山分けということで話が進んでいった。A子がまごついているうちに、だれか銀行の口座かクレジットカードを持っていないかと言い出した。彼らの言うには、拾った金額と同額の補償金を出せば、落とし主が現れなかったとき、拾ったお金は全部自分たちのものになると言うのである。
ところが、紳士は出張中でニューヨークに来ているので口座のある銀行がここにはないと言い、老婦人は黒人だから信用がないんだと訴えるように述べ立てはじめた。
うまくまくしたてられたA子は、クレジットカードを出させられ、1万ドルの現金を引き出させられてしまった。A子がわけの分からぬまま立ちすくんでいるうち、彼らはA子の1万ドルを持ったまま姿をくらましてしまった。
−−−−−
この類の詐欺は、日本人の女の子が狙われる。だましやすく、しかも日本のクレジットカードは1回に引き出せる額が高額だからである。
似たような例で、老婦人と世間話しているうちに生年月日を聞き出されたという話もある。これは暗証番号を聞き出すためである。
クレジットカードなどを持っていない場合、あなたの家に取りに行こうということになり、一緒に家に来たところ強盗に早変わりされ、家財一式を持って行かれた人もいるという。
これはあるメーリングリストの投稿と「えんジョーい1997年3/4月号の記事をもとにしました。
文通マニアのY氏は、世界中の人と手紙を交換している。先日はこんな手紙を受け取ったそうだ。
差出人を見ると、見知らぬ女性からである。封を開く。すると、ほのかに香水のにおいが漂う。便せんの色はパステル調である。
それだけではなく、1枚の写真も入っている。それは全裸の写真なのだ。手紙の文面は自己紹介から始まっているが、いつの間にか宣伝に変わっている。写真1セットで20ドル、2セットなら35ドルだという。ビデオもあるそうだ。
その手紙はこう締めくくられている。「もし返事をくれないなら、写真を返して下さいね。この写真だってただじゃないんだから。」
これはSAND Vol.10の記事をもとにしました。
12月20日、サンノゼ発成田行きAA129便に、Kさん一家は乗る予定だった。年末であるため、空港は旅行者で混み合っていた。Kさん一家は手荷物検査のゲートをくぐろうと、列に並んで待っていた。
Kさん一家の前には5人のグループが並んでいた。かれらは、チェックを受けた荷物を受け取る場所で、仲間が全員ゲートを出てくるのを待っていた。ところがそのグループの最後のメンバーが、キーホルダーやら小銭、ブレスレット、ネックレス、そしてライターなど、金属をたくさん身につけていたため、何度も金属チェックにひっかかりブザーを鳴らしていた。
Kさん一家は係員にせかされるまま、荷物をX線検査のベルトコンベアに乗せた。しかし、前の人がまだもたもたしているのでなかなかゲートをくぐれない。
いささかいらだちながら、Kさん一家がようやくゲートをくぐると、先ほどの5人組はもうあたりに見えなかった。失礼なヤツだと思いながら、ベルトコンベアから出てくる荷物を取ろうとした。
だが、そこには何もなかった。Kさん一家の荷物はひとつも無かった。全てその5人組に盗まれていたのだ。Kさんらはその手荷物の中に入れていた、パスポート、クレジットカード、財布、トラベラーズチェック、免許証、家や車の鍵、緊急の連絡先を書いた手帳など一切をいっぺんに失ったのだった。
−−−−−
あなたは大丈夫ですか
- パスポート、クレジットカードなどは身に付け、カバンには入れない。
- 前の人がゲートを通り抜けるのを確認してから荷物をベルトコンベアに乗せる。
- 家族での旅行の場合は、荷物をすぐに受取れるよう誰かが先にゲートを通り、その後に荷物をベルトコンベアに乗せる。
- とにかく怪しい人やグループの後ろに並ばない。
これは私の職場での通知文書の記事をもとにしました。
日本人の女の子が、あるピアノバーでアルバイトをしていた。このピアノバーというのは、女の子が横につくスタイルの飲み屋である。留学でニューヨークに来たものの、授業についてゆけず、あるいはお金に困り、このようなアルバイトをしている人が少なくないという。
ある深夜、ピアノバーでの仕事を終えた彼女は、店を出、43丁目の2番街と3番街の間を一人で歩いていた。そのとき突然、見知らぬ男たちに囲まれた。その数5人。5対1ではもはやどうすることもできない。
彼女は、持ってたすべての物を奪われ、着てるものも脱がされてしまった。それでもなんとか男たちの隙をつき、彼女は走りだした。しかし彼女の背中に向かって、男たちの誰かが、持っていた銃の引き金を三度引いた。
2発が彼女に命中した。そして彼らはその場を立ち去り、血を流す彼女だけが取り残された。
その後、一命を取り留めた彼女は、迎えに来た両親に連れられて日本へ帰った。二度と立って歩けないからだで。
これは週刊NUTSの記事をもとにしました。
スーパーに行くと実にどぎつい色のお菓子が並んでいます。アメリカの子供たちはこんなお菓子を食べているのかと思うとぞっとします。他国では禁止されている人工着色料も使われているのです。
赤3・・・甲状腺腫瘍、染色体破壊の危険性あり
赤40・・・リンパ腺腫瘍の危険性あり、ヨーロッパ各国で使用禁止
青1・・・染色体破壊の危険性あり、フランス、フィンランドで使用禁止
青2・・・脳腫瘍の危険性あり、ノルウェーで使用禁止
緑3・・・膀胱腫瘍の危険性あり、ヨーロッパ各国で使用禁止
黄5・・・アレルギー、腎臓腫瘍、染色体破壊の危険性あり、ノルウェーで使用禁止
黄6・・・アレルギー、腎臓腫瘍、染色体破壊の危険性あり、ノルウェー、スウェーデンで使用禁止
これはU.S. JAPAN BUSINESS NEWSの記事をもとにしました。
OLをしていたA子は、3ヶ月の予定で語学学校に短期留学してきた。学校の掲示板でルームメイト募集の記事を見てあるアパートに入った。ところが、ルームメイトのB子の様子がどうもおかしい。別に学校にいく様子もなく、夜になるといなくなる。そして深夜に帰宅すると、どうやら男友達と長電話である。そう、B子は留学崩れで夜の仕事を持っていたのだ。
A子がニューヨークに来て2週間ほどすぎた。もちろんまだ不安と緊張の日々である。しかも、アパートと学校との往復以外、行動範囲を広げる時間も勇気もない。思うように友人もできない寂しさもあった。そんなとき、ルームメイトのB子からパーティーの誘いがあった。A子にとっては単調な生活に変化をつけ、また、友人を作る絶好の機会である。しかも、アメリカでのパーティーとなればこれまた興味深い。
「パーティーがあるんだけど、よかったら来ない? 14人くらいのパーティーでね、男性同伴なの。でも大丈夫。わたしが友だちを連れてくから」
A子はB子の誘いに何の疑いも持たずついていった。パーティー会場についた。しかし、ふつうの個人のアパートである。それに、どうも異様な感じがする。パーティーとなればあるはずの食べ物や飲み物がどこにもない。しかも、なにやら異臭がたちこめているのだ。それはたばこの煙が部屋に充満しているのではない。そう、それは覚醒剤の臭いであった。
後にA子はその時のことをこう述懐している。「パーティーの扉をあけるとわたし、金縛りにあったように動けなくなったのです。気がついたときには狭いアパートの中でB子の男友達を紹介されていました。」
覚醒剤、そして男女同数となれば決まっている。それはスワップ・パーティーだった。
・・・
A子は2週間考えたあげく、日本人のための弁護士事務所を訪れた。だが、A子は警察への届けも病院の治療も受けていない。レイプと自分が判断したときには、現場で警察を呼び、また病院でエイズ対策などをすぐにしなければならない。これはアメリカでの常識である。しかもA子は、パーティーの異様な感じに気づいた時点で逃げ帰るべきであったのにそうしなかった。そして、もう2週間もたっている。
結局、婦人警官と相談し、病院で検査をうけるだけで、誰を訴えることもできなかった。病院での医師の言葉は厳しかった。「なぜエイズという死病がかかわっているのに2週間も平気でいたのか。」
これはU.S. JAPAN BUSINESS NEWSの記事をもとにしました。
ニューヨークに限らずアメリカのどこの都市にも、道行く人からお金をいただくことを目的としている2種類の人たちがいる。ひとつはストリート・ミュージシャン、もうひとつはホームレスである。もちろんこの二つは全く異なる。
ストリート・ミュージシャンは、お金を得ることは目的の一つであるかもしれないが、それだけではなく、自ら演奏を楽しみ、また聴く人にも演奏を楽しんでもらおうとしている人たちである。そしてその報酬として道行く人はお金を出す。私もよく、地下鉄Sのタイムズスクエア駅でのジャズや打楽器の演奏を楽しみ、1ドル紙幣を置いてゆく。一方、ホームレスはただただお金を恵んでもらうことが目的である。ある者は立って、ある者は座り込み、またある者は車椅子に座ったまま、ファーストフードの使い捨てカップの中の小銭をちゃらちゃら鳴らしている。
しかし、その中間の人たちもいる。マンハッタンの地下鉄のLexington駅にはいつも、下手なバイオリンを一生懸命弾いている初老の男がいる。駅のホームで弾いているので、地下鉄が来るまではその下手な演奏につき合わなければならない。だが下手ながらも一生懸命弾いている様子があるのでまだ救われる。
ティーンエイジャーと見える女の子は5番街でひとりでタップダンスをしていた。それは、ぎこちなく、内気そうで、明るさのないパフォーマンスであった。立ち止まる人はいなかった。彼女は何故にそうしているのか私には理解できなかった。
ニューオリンズでもタップダンスの子供たちを見た。最も観光客でにぎわっている路上で、にぎやかにタップダンスをしていた。10才くらいのかわいい男の子たちなので、ちょっとそこを通りかかっただけでもクオーター(25セント)くらいすぐにあげようとしてしまう観光客が多い。しかし、その観光客はあわてふためくことになる。タップダンスをやっている数人の内のひとりにお金を上げようとすると、他の子供もすぐにタップダンスをやめてお金をせびりにまとわりつき手を差し出してくるのである。しかも、タップダンスをやっていた子供だけではない。その近くにいた何人もの子供たちがこの時とばかりにその観光客を取り巻き、お金を恵んでもらうまで手を引っ込めないのである。子供たちの笑顔はくったくなく見える。しかし、お金を恵んでもらうことには執拗なその姿に、心を痛めずにはいられなかった。
シカゴでは樽をドラムがわりに叩いている子供たちがいた。樽を叩いてリズムを刻むパフォーマンス自体はよくある。マンハッタンではエンパイアステートビルの近くでよく見かける。ひとりの黒人の青年が大きさの異なるいくつもの樽をエネルギッシュに叩いているまわりには観光客の輪ができることもある。踊っている人もいる。しかし、シカゴの子供たちはそうではなかった。5人だったか6人だったか、横一列に並んで樽を叩いていたが、きわめて単調であり、リズムも滅茶苦茶である。そう、全くやる気がないのだ。彼らの目的は演奏することではなくお金を恵んでもらうことだけである。遠くからしばらく見ていたがコインを投げる人はいなかった。彼らのやる気のなさはショックだった。彼らは一日じゅうそうしているのだろうか。まだ10代になるかならないという年頃から、誰かがお金を恵んでくれるのを待ち続ける日々を過ごしているのだろうか。
これは私の実際の経験です。
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