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] 自動製氷冷蔵庫

 築40年ほどのマンションに引っ越した。都心に近くて安いのが条件であるなら、古いのは我慢せざるを得ない。幸い内装はある程度リフォームされていて、壁の塗りと畳表は替えてあった。方角は東向きでやや不満はあるが、北向きや西向きよりはましである。ベランダには蛇口がついていて、鉢植えに水をやるにも便利。駅から近いという利点もあった。

 間もなく、越してきて驚いたのは水道だった。濁っているどころではない。台所、風呂場、洗面所の蛇口から赤褐色でどろどろした液体が大量に流れ出た。蛇口を目一杯に開いてしばらくしたら、やっと澄んできた。空き家だった期間が長かったせいで、毎日生活していればそれほど気にかかるほどではなかろうと思っていた。

 ところが、水の濁りは何か月たってもなくならない。洗濯したり、湯舟に水を張るには、洗面器に3杯ほど捨ててから使う。生水は飲めそうにないから、しばらく出しっぱなしにしておき、ペットボトルに貯えておく。これでお湯を沸かして麦茶を作ったり、また、湯冷ましを冷蔵庫の製氷用に使っていた。

 半年位したころ、氷の大きさが以前より小さくなっていることに気がついた。

〈おかしいな〉

とは思いながらもそのまま放っておいた。

 更に1か月したら、とうとう氷ができなくなった。製氷用のポリタンクが空になったわけではなく、製氷容器へ至る水の通路が詰まっているらしい。タンクを取り出し、プラスチック製の受け皿を外してみた。それは赤茶色の鉄錆びでべったりと覆われており、水を送り出す穴もふさがっている。いくらポリタンクを満水にしても氷ができないわけだ。出しっぱなしにしてきれいになったように見えても、多量の鉄が溶け込んでいたのだ。

 受け皿は複雑な形状をしている。掃除はたいへんだから、製氷用は市販の水に切り替えた。近くのコンビニで「さわやかな水」というのを売っていて、『厳しい衛生管理の基に製造したナチュラルミネラルウォーター』との表示がされている。加熱殺菌で他の銘柄より安い。それから半年間使い続けた。するとそのうちにまた氷ができなくなってしまった。

 再び受け皿を外して、ぎょっとした。何と今度は真っ黒いどろっとしたカビのような物が溜っている。イカ墨を寒天で固めたような不気味さである。

〈こんな汚い水からできた氷を毎日口にしていたのか〉

 残っていた氷をよく見たら点々と黒い物が混じっている。全部捨てた。鉄錆びならまずいだけだが、何やら分からない物が混じっている水を使い続けるわけにはいかない。せっかく代金を払っては重いペットボトルを運んでいたのに、またもや面倒な掃除をするはめになった。とんでもないさわやかな水があったものだ。

 今度は別のスーパーから「富士山嶺の自然水」というのを購入してきた。注意として、『沸騰させたり氷にすると天然ミネラル分の白い結晶が付着したり、浮いたりすることがある』と書いてある。

1週間に2リットルのペースで氷を作り、3か月たった。水を補給しようと、空になったポリタンクを取り出したら、蓋の一部に黒い物が付いている。嫌な予感がして、すぐに受け皿を外した。そこには黒くなりかけた例のどろどろした物がまたも増殖していた。

〈またか。白い結晶ならいいが、いったい、気味の悪いカビが生えない水は売っていないのか〉

 ぶつぶつ、ぼやきながら掃除をする。何はともあれ、自動製氷冷蔵庫に適した水探しは手間がかかる。


(C) 1999 k-tsuji
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