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W 硬水ってどんな水?

 グアム島へ行ったときのことである。ホテルの部屋にはテレビと冷蔵庫、そして小さな電気ポットが備えてあった。テレビは当然ながら英語で、話の内容はわたしには分からない。持っていった短波ラジオのダイヤルを回すと、日本の放送がよく聞こえる。短波というのは便利なものだ。『農協の時間』には、バラコンバンド*のスポットが流れていた。

 バルコニーの向こうに広がる青いタモン湾を眺めながら一休みしたら、のどが渇いてきた。冷蔵庫にはビールやジュースは入っているが、飲料水は見当たらない。外国では生水は怖いから、湯冷ましを造ろうと蛇口をひねった。いやに出が悪い。糸のように細い水だ。目を凝らすと、出口に何かが付いている。ねじを外したら、金網に白っぽい物質が固着して、ほとんどふさがっている。水が出ないわけだ。それにしても掃除係が気づかないとは不思議である。

蛇口  固着物は石のように硬くて、針でつついてもびくともしない。金属製の栓抜きで幾度も力を込めて押しつぶしたら、小一時間ほどかかってようやく砕けた。どうしてグアムに来て、こんな掃除をしなければならないのか。宿泊費をねぎったわけでもないのに、考えるとばかばかしくなってくる。だが、外国では水回りの不具合はしょっちゅうだ。

〈ここは日本とは水質が違う。カルシウムなどが桁違いに多い硬水なのだろう。だから掃除をしても短期間で目詰まりするのだ〉

と思いなおすことにした。

 苦労して直した甲斐あって、勢いよく水が出た。早速、ポットに入れて湯を沸かす。しばらく冷まし、ふたを開けて驚いた。白いもやもやした沈殿でいっぱいだ。

〈これが硬水なのか〉

上澄みをそっとグラスに移して口に含む。塩辛くはない。ただ、変にしつこい味がする。旅行中ならしかたがないが、ずっと飲み続ける気にはなれない。

 翌日、『ジャングル探検ツアー』に参加した。フロントの前で20人ほどが待っていると、米軍の払い下げのような、汚れたおんぼろジープが迎えに来た。1台だけである。荷台まで人があふれた。現地人らしい運転手が出てきて、乗客がこぼれないようにチェーンを掛けて出発した。スクラップ同然の車で走るのは格別で、すれ違う車から好奇の視線を感じる。

ジープ  街を過ぎ、舗装道路からわきに抜けると、でこぼこの山道に入った。草木がうっそうと茂っていて、枝をよけながら進む。ときには顔に当たる。ひどい揺れに一斉に叫び声が出る。振り落とされまいと手すりにしがみつく。やがて泥んこの湿地帯にかかった。アクセルをふかして脱出する。泥しぶきが滝のように降り注ぐ。興奮の連続に我を忘れ、泥を浴びては歓声を上げた。

 服に付いた泥は異様に赤く、下着まで染まっていた。洗濯しようとしたが、どうも勝手が違う。せっけん水が泡立たないのである。いくらせっけんを溶かしても全部沈殿になってしまい、それが洗濯物にくっついて離れない。もちろん汚れは落ちない。硬水用の洗剤でないと役に立たないようだ。万事この調子で、顔を洗うにも風呂に入るにも、せっけんではまともに洗えない。
 アメリカ製の逆浸透の浄水器も、このような所ならば本領を発揮することだろう。グアムに比べれば東京の水ははるかにましである。軟水のありがたさをつくづくと思い知らされた旅であった。


*腰痛対策用ゴムバンドの商品名

(C) 1991 k-tsuji

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