DOWN
Y 雨水の味

 雨が降ると憂うつな気分になる。ちょっとその辺に出かけるのもおっくうである。しかし、晴天ばかり続いても水不足になるから、適度に降ってくれないと困る。

 わたしたちが飲用している水道水や地下水は、もとは雨として空から降り注いだものだという。地下水の出ない離島や、きれいな川がない国などでは雨水を貯めて使うらしい。話には聞いたことがあっても、実際に雨水を飲まなければならないような事態に陥ったことはない。ほんとうはどんな味なのか、自分の舌で知りたくなった。そのうちに雨が降ったら試そうと思っていた。

 ある日、昼過ぎからぽつぽつ降ってきた。勤めを終えて退社するころには傘をささなければならないほどになっている。帰り支度をしながら思い出した。

〈きょうは雨水を飲んでみよう〉

早くしないとやんでしまうかもしれない。外が暗くならないうちに、そそくさと帰宅した。

傘  ガラスの器を手に、急いで屋上へ上がった。物置の雨どいに目をやると、ちょろちょろと雨水が垂れている。それほど強い雨ではないから小一時間ほどかかったが、器に一杯貯めることができた。目を凝らすと、黒い粒が点々と混じっている。そのままではとても飲む気にはなれない。もしかするとばい菌がたくさんいる恐れもある。

 まず、やかんに移して煮沸した。これでばい菌は安心である。続いて、熱いうちにコーヒー用のろ紙でろ過した。最初に出てきたろ液は紙のにおいがつくから捨てる。残りをガラス製のポットに集めた。全部ろ過し終わるころには、最初真っ白だったろ紙は灰色がかっていた。よく見ると、すす状の細かい粒が無数に付いている。東京で降る雨がこれほど汚いものだとは思わなかった。

 水道水と比較すると、ろ液はやや褐色がかっていて、わずかだが濁りもある。冷蔵庫で冷やし、グラスに注いだ。空から降ってきた雨水を飲むのはなんとなく気味が悪い。自分で煮沸し、ろ過したのだから、ばい菌は全部死んでいるはずである。安全だと頭の中で分かっていても、いざ口に入れる段階になるとやはり抵抗がある。

 思い切って“ごくり”とやって驚いた。なんと、日なた臭いような、ほこりっぽいようなにおいがする。おまけに、かすかな渋味まである。

〈ひょっとすると水道水よりうまいのではないか〉

と、淡い期待を抱いていたわたしはがっかりした。まずい東京の水道水よりももっとまずい味がする。もっとも、こんなにばい煙が混じっていれば当然のことなのであろう。いつか田舎に行ったときにでもまた調べてみようと器を片づけ始めて、ふと台所にある卓上活水器に目が留まった。

〈そうだ。これに通してみたらどうだろう〉

早速、残っていたろ液を注いだ。通過した水をグラスに移して比べると、明らかに無色に近くなっている。濁りもほとんど認められない。わずかな渋味は残っているものの、においは完全に消えている。さきほどよりも断然うまい。雨水のにおい除去にも活性炭は有効だった。


(C) 1991 k-tsuji
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