\ | 飽和溶液 |
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水は実にさまざまな物質を溶解する。粉末にすればガラスさえも溶かしてしまう。その証拠にPH試験紙が青くなる。物質をもうそれ以上溶けない限界量まで溶かした液を「飽和溶液」と言う。この飽和溶液中の水をなんらかの方法で取り去っていくと、溶け切れなくなった物質が沈殿となって分離してくる。水の除去をさらに続けると、沈殿は砂粒状か、あるいはもっと成長して小石状になっていく。これと同じ現象が体の中でも起こることがある。
わたしが中学生のころの話だが、父親がしょっちゅう腹痛に襲われるようになった。激しい痛みに転げ回るほどである。病院でレントゲンを撮ったところ、腎臓に大きな結石ができていることが分かった。結局、手術で取り除いたのであるが、結石が詰まるとそれくらい痛いものだという記憶は鮮明に残っている。
昔、ホウレンソウは体に悪いと新聞などで騒がれたことがあった。ホウレンソウにはシュウ酸という物質がたくさん含まれていて、食べ過ぎると害があると報道された。ただ、どのように体に悪いと書いてあったのか思い出せない。その記事は長いこと忘れていた。
あるとき、ホウレンソウがたまたま安くて、たくさん買ってきた。おひたしばかりでは飽きるから、ついでに油炒めも作った。これがやたらとうまい。たちまち食べ尽くして、もう一皿欲しくなった。今度はめんどうだから湯に通さず、生のまま大量にフライパンへほうり込んだ。少々苦みがあるが、これもうまい。全部たいらげた。
翌朝、トイレに入って、小便の出がひどく悪いことに気がついた。尿道が詰まっている感じで、ほとんど出ないのだ。力むと、途切れながらときどき出てくるが、便器に当たってプチプチ音がする。驚いて顔を近づけた。目を凝らすと、白い砂粒のような物がたくさん混じっている。道理で出が悪いわけだ。
〈これはシュウ酸カルシウムではないか…。ホウレンソウを食べ過ぎたせいか〉
父親が苦しんでいたときのことを思い出して不安になった。トイレから出るなり、大急ぎで水をがぶがぶ飲んだ。思い切り水分をとって、尿中のシュウ酸濃度を下げなければいけないと思ったからである。
ホウレンソウはゆでるか、湯を通せばシュウ酸が抜ける。生のまま炒めたのではシュウ酸は減らずにそのまま吸収されてしまう。血液中のシュウ酸は有害だから、腎臓はこれを早く排泄しようと糸球体でせっせとろ過する。このときカルシウムもいっしょにろ過される。
次いでろ過し過ぎた栄養や水分は尿細管から再吸収される。そのとき、シュウ酸はカルシウムを捕らえて放さない。できたシュウ酸カルシウムは尿に溶けにくいため、たちまち飽和して沈殿する。沈殿は寝ている間に砂粒状にまで成長したのであろう。あの新聞記事の意味がようやく理解できた。
それからは、ホウレンソウは必ずゆでてから炒めることにした。また、ふだん水分をできるだけ多くとるように心がけている。以後、幸いにして砂粒は出てこない。それにしても、同じ物ばかり食べ過ぎると思わぬ害が現れることを知った出来事だった。