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バンコク/パタヤビーチの旅


■バンコクへ

タイの地図(264K)  桜の開花も間近な3月末、知り合いから声をかけられ、案内書も読まず、なんの予備知識もないまま、タイへ行くことになった。暑い国だというから旅支度は簡単だ。半袖シャツと下着をバッグに放り込んで機上の人となった。スチュワーデスは南国的な日焼けした女性が多い。

 搭乗したタイ航空のジャンボはかなりくたびれた機体で、あちこちの航空会社を渡り歩いてきたように見える。手荷物収納庫の蓋はところどころ抜け落ちている。しかも、天井の一部が外れかかり、振動でぱたぱたと揺れているほどだ。

 約7時間の飛行でバンコク郊外にあるドンムアン国際空港に到着した。現地の時刻は真夜中の11時を過ぎている。飛行機のタラップを降りた途端、猛烈な熱風が吹いてきた。

〈ジェットエンジンの排気ガスかな〉

と思いながら、入国審査のある建物へ向かって歩いたが、いくら進んでも熱風はなくならない。排気ガスではなく、バンコクの空気だったのだ。ひどい暑さである。
 東京の夏も暑いが、ここのは半端ではない。日本を発つまでマラリアが心配だったが、蚊はあまりいないらしい。冗談とは思うが、あまりの暑さに蚊も死んでしまうのだという。


■市内観光

女性ガイド 川の上の民家と髪や食器を洗う人々  中央駅に近いセンターホテルに一泊して、市内観光に出かけた。現地ガイドはてきぱきとした日本人女性だった。車道にはサムロという三輪の乗合タクシーが目につく。バスで船着き場まで行き、チャオプラヤ川を水上バスで遡る。水は茶色く汚れていて、いくらか異臭がする。

 土産物店に立ち寄った後、今度は小さなモーターボートに乗り換えた。水上マーケットへ行くのだという。細い運河をえらいスピードで走り抜ける。運転は少々荒っぽいが、スリル満点である。ここでは川の上にも民家があり、いかだにトタン屋根を張った家(16K)も少なくない。

 川面のあちこちに人の姿が見える。子どもが泳いでいたり、髪や洗濯物、食器を洗う女性がいる。中にはなんとこの濁った水に肩まで漬かり、歯を磨いている者にも出くわした。川が生活を支える水道であり、風呂であることはわかる。トイレはどうしているのだろう。川は水洗トイレでもあるのか。
 
DOWN UP ワットアルン  水上マーケットには商品を積んだたくさんの手漕ぎの舟が行き交っていた。皆、麦わら帽子をかぶっていて、活気がある。観光客が来ると商売が忙しい。あちらの舟こちらの舟から声がかかる。手に手にドリアンやマンゴーなどの果物をつかみ、お金がありそうな客に向かって差し出している。

 ボートを降り、壮大なワットアルン(暁の寺院)を見学した。圧倒されるほど大きな石造りで、中央の塔は高さが74mあるそうだ。塔には急傾斜の石段がついていて、だれでも上れるようになっている。しかし、ガイドがいっしょに上らないときはやめたほうがいい。上にはとんでもない輩が言葉のわからない観光客を待ち構えている。ノートに無理やり署名させて金を脅し取るのだ。金額はたいした額ではなくても、嫌なイメージはいつまでも消えることはない。

花売り

ワットプラケオ  次に王宮を訪れた。道端には花売りがいる。門をくぐると番兵が小銃を携えて立っていた。一瞬どきりとするがいつもこうなのだろう。建物の内部には入れない。

 敷地内にワットプラケオ(エメラルド寺院)がある。異国情緒たっぷりの建物で、形の違う3つの塔が並んでいる。建築様式はワットアルンよりも新しいという。外壁は赤や緑のガラスが埋め込まれ、太陽の光に燦然と輝いている。本堂の中は何百人とも知れない信者がいっぱいで、焼香のにおいが立ち込めていた。人々は信仰心が厚く、お金に余裕ができるとこうして寄付を持ってやってくるのだそうだ。ざっと見学した後、レストランで昼食。唐辛子の効いたおかゆがおいしい。

■パタヤビーチ

 午後はバスでパタヤビーチに向かって出発した。郊外に入ると、のどかな風景が続く。点在するヤシ、マンゴーの木が実をつけている。家々の庭に大きな壺が置いてあるのを見かけた。高さ1.5m以上はあるだろう。雨水を貯めるためか。

パタヤビーチ  約2時間かかってパタヤビーチに到着した。落ち着いた雰囲気のリゾート地である。ホテルが海岸に沿って並んでおり、街路樹はヤシの木。驚くほど太いものもある。モンティエンホテルにチェックインしてから一人で海辺を散策した。砂浜は茶色。海水はあまりきれいではない。

 ふと見ると、木陰からショルダーバッグを担いだ男が出てきて、ルビーをどうかと声をかけられた。本物であることをしきりにアピールしているようだ。銅貨の上に原石を載せ、石で叩いてみせる。銅貨は凹み、原石は割れない。わたしは特別欲しくもないので断ったが、しつこくどこまでもついてくる。ホテルに着いたらようやくあきらめたようだった。タイの物売りはとにかくしぶとい。

 夕食は街の海鮮レストランに出た。ナン・ヌアルという店で、野外の客席は海上に張り出したテラス式になっている。料理はおいしい。ガイドさんに変わった野菜があるかどうか尋ねたところ、
「パクチーというのはどう」
と言って、小皿に頼んでくれた。
 
DOWN UP  生のパクチーはちょうどミツバかセリのような姿形をしており、用途も似ている。ただし、香りは全然違い、ドクダミにそっくりの強烈なにおいがする。慣れないせいか、はっきりいって、まずい。もっとも、生でそのままムシャムシャ食べるものではないのだろう。ほんのわずか、料理に加えて独特の風味を醸し出すのに違いない。

 最近では日本でも時おりスーパーなどで見かけるようになったが、東南アジアの国々では人気のある野菜らしい。中国名を香菜(シャンツァイ)または香草、英語名はコリアンダー(5K/エスニック料理 フォト・レシピ集)といって、実を乾燥して粉末にするとカレー粉の原料になる。これにはドクダミのにおいはない。

 ホテルに戻ったころからお腹の具合がおかしくなった。猛烈な下痢である。30分おきにトイレへ駆け込む。生のパクチーが良くなかったのか、5時間ほどトイレの出入りを繰り返したらピタッと治った。


■ラン島

 4月のタイは太陽が垂直に昇る。パタヤの広大な地平線から顔を出すなり、ぐんぐん昇っていく。その力強さは東京で見る太陽からは想像もできないほどである。

 きょうはラン島観光に出かけるため、ツアー船に乗り込んだ。なぜかドリンクの空き瓶がたくさん積まれており、手伝いの女性と小学校3・4年生くらいの男の子が一人乗っている。学校は休みなのか。沖合に来て、陸が見えなくなった所で船が止まった。

水上スクーター  船長が2隻の小さな一人乗りボートを海面へ降ろした。女性が客を募り、集金している。わたしもお金を払い、試乗した。ボートというよりも、水上スクーターかジェットスキーという気がする。操作がよくわからず、もたもたしていたら、後方から叫び声が聞こえて振り向くと、先ほどの子どもがいつの間にか船尾に乗っているではないか。盛んにハンドルを指さしてわめいている。どうやらバイク式にハンドルをねじればアクセルになるらしい。

 恐るおそるねじったらワーッと前進した。それでもなお後ろの子どもが騒いでいる。アクセルをもっとふかせと言っているようだ。わたしの動作を見かねて、今度は彼が手本を見せてくれた。振り落とされるのではないかと思えるほどのスピードを出す。怖いくらいである。

 ようやくこつがわかり、操縦できるようになったころには、母船から遥か遠くに離れていた。波間では見えない。陸も母船も見えないと不安に駆られ、懸命にアクセルをふかし、母船に戻った。

 ボートに乗る者がいなくなると、今度は船長が旧式のライフルとピストルを出してきた。女性が射撃代を集める。ドリンクの空き瓶は標的だった。船長が7〜8m先の海面に放ると、栓がしてあるのでプカプカ浮いている。それをめがけて撃つのだが、波で揺れており船も揺れているため、めったに当たらない。わたしもライフルを試してみたが6発で1発くらいしか当たらなかった。口径が小さいのか、反動はあまりない。
  DOWN UP

■パラセーリング

 小一時間ほどでラン島に着いた。真っ白の砂とエメラルドグリーンの海が美しいサンゴ礁の島である。海水は温かく、ぬるま湯という感じがした。ひと泳ぎした後、パラセーリングを申し込む。一行26名の中で希望者は3人だけだった。高い所が苦手な人はけっこう多い。申し込んだ人の中に、やや大柄な若者がいた。
「怖い怖い」
としきりに口走っている。

パラセーリング  わたしは2番目で気が楽だった。救命具をまとい、牽引ロープを固定したら準備オーケーである。モーターボートがうなりを上げて発進する。体がフワッと宙に浮いた。ショックはない。あっという間に高度が増し、島はみるみる小さくなっていく。ちょっぴり心細いが、鳥人間になったような感覚だ。エンジンつき、操縦不要のパラグライダーといったところか。50mは上がったのだろうか、それとも100mか。比較する物がないため、よくわからない。付近をぐるっと1周し、浜辺の上空に戻ってきた。

 地上では係の男性数名が大声で盛んに何か言いながら、身ぶり手ぶりで操作の合図をしている。指示どおりロープを引いたり緩めたりしたら、なんなく元の砂浜に着地できた。

 若者の番は最後になったが、彼も無事に1周して舞い降りた。今度は
「怖かった」
と漏らしていた。

 夕食はホテル内の中華レストランだった。鯉の甘酢煮には例のパクチーがぱらぱらと振りかけてある。昨夜の下痢の原因がほんとうにパクチーなのか確かめようと、また食べてみた。完全に生ではなく、少し火が通っている。レストランを引き上げてしばらくしたら、再びひどい下痢である。やはりパクチーが原因らしい。今度は量を控えたせいか、2時間ほどで治った。

 夜、ガイドさんがおもしろい所へ連れていってくれるということになった。期待に満ちあふれた面々が到着したのはALCAZAR CABARETというかなり大きな劇場である。満員に近く、客席はほとんどふさがっていたが、運よく最前列に座れた。

 幕が開き、美女がたくさんいる、と思っていたら全員男なのだという。ほんとうに女ではないか、と思えるほどきれいなゲイが演じるショーは文句なく楽しい。音楽も非日常ムードいっぱいである。一見の価値あり。


■ドリアン

 パタヤビーチはきょうでお別れ。朝食後、一休みしてから、バスで往路を引き返す。昼過ぎにはバンコク市内に到着した。レストランで昼食を済ませ、ラマ4世通り沿いのマンダリンホテルにチェックイン。
 
DOWN UP  観光スケジュールは特にない。暑い中をぶらっと散歩に出た。いくらハンカチで拭いても汗は止まらない。人も車も多い。大通りは騒然として、繁華街は雑然としている。中央駅まで歩いた。外国は鉄道が少ないから駅が見られる機会は滅多にない。国内でも海外でも、駅にはそれぞれ違った雰囲気がある。

天びん棒の女性  ここはサラリーマン風の姿の人はあまり見かけなかった。地方から出てきた人、あるいはこれから出ていく人というように見受けられる。駅前の交差点では天びん棒の女性を見かけた。

 駅のそばに果物屋があった。たくさんの ドリアン(7K/黄昏のバンコク) が並んでいる。タイへ行ったらぜひ食べてみたいと思っていたわたしは店の主人に選んでもらうことにした。主人は中国人らしく、広東語を話しているような響きがある。身ぶり手ぶりで、すぐ食べるのか、またはお土産で何日か後でいいのか尋ねられているようだ。

 これからホテルに戻ってすぐ食べたいという意志を伝えると、いちばん熟した実を取り上げ、今度はこのまま持っていくか、それとも割ってやろうかと聞かれた。触ってみると、とんでもないほど固い。ナイフどころか包丁でも無理なようだ。お願いすると、彼はまき割り用のなたを取り出してきて、器用に割れ目を入れてくれた。

 ホテルに持ち帰ると、たちまち部屋中に臭気が立ち込めた。ビニール袋に入れて口を縛ってあるのだが、果実全体からエステル様の気体が放散されていて、一部が凝縮し袋の内側に水滴のようになってついている。ホテルではドリアンの持ち込みは禁止されているため、早く食べてしまおうということになった。同行の数人に声をかけ、試食した。

 巨大な松かさのような実の中にはややオレンジがかった黄色の房がいくつか入っている。マシュマロに似た手触りで、ぽよぽよしている。食感はなんとも形容しがたい。甘いことは甘いのだが、ねっとりとして、果物らしくない。ちょうどチーズと石けんを混ぜて練ったような感じである。

 わたしは特別おいしいとも思えなかったが、女性には比較的食べられる人が多いようだった。ガイドさんの話では、ドリアンは初めて食べる人にはそれほどうまさはわからず、何回か経験するうちに無性に食べたくなる果物ということだ。
 

■ローズガーデン

 バンコク最後の観光はナコンパトムにあるローズガーデンへ行った。バスで1時間、白とマゼンタのブーゲンビリアが満開で美しい。オレンジ色もある。時期的にバラは咲いていなかった。

客を乗せて歩く象  ここは海外からの観光客向けにタイの伝統文化を伝える施設である。鍋で繭を煮て糸を紡いだり、織物の実演などもやっていた。

 園内には体高3mを超える巨象がのし歩いている。あまりの大きさに一瞬たじろぐが、性質はおとなしく、従順である。お客は背中に載せたかごに座る。かごは布をクッションにして太いロープで胴体に結わえてある。象使いは首の上にまたがり、棒切れで操っている。

 広い庭園の一角にタイビレッジ・カルチュラルショーという伝統文化を見せる、吹きさらしの建物がある。ここでは様々な民族舞踊のほか、剣術(剣舞・剣闘)やムエタイ(タイ式ボクシング)をやっている。

 剣は日本刀よりも幅広く、二人が文字どおり火花を散らして対決する。剣術はタイでは意外と一般的で、高級レストランのショーにもタイ舞踊とともに取り入れられている。

 ボクシングは本場のキックボクシングである。足げりの音がびしびし響き、その迫力は離れた観客席にも十分伝わってくる。

(C) 1996 k-tsuji
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