シンポジウムは,同じ空間で,同じ問いかけに応答した作品を展示し,講演や言葉でそれに応えた者同士の友愛に満ちていた。ちょうど別件で来日して飛び入り参加したFAN代表のイ・ヘギョンさんによる,力強い「FAN行動宣言」も座を盛り立てた。そもそも,こうした韓国と日本の女性たちの交流の礎を築いたのは2001年末に急逝された千野香織さんであったことを,司会の嶋田美子さんが最後に紹介したが,それはあの場に参加した多くの者の心を代弁したものであったことを付け加えておこう。先に書いた2002年ソウルでの出会い以前に,千野さんが1999年に韓国のシンポジウムに参加したり,同年のFANの第1回展「悪女たちの行進」や,ナヌムの家,「慰安婦」歴史館を訪れたりして,その体験と思考を論文に書き,イメージ&ジェンダー研究会をはじめ,さまざまな場でレクチャーをして,私たちに紹介してくれたのであった。
「Borderline Cases」展は終わり,実際に訪れた観客はさほど多くはない*18。しかし現在,着実に進行する国家や民族,ジェンダーの抑圧に対抗する集まりは,FAABのアーティストたちばかりではなく,別の場でも続いている。「Borderline Cases」展シンポジウムの1週間後,NPO前夜プレ対話集会「文化と抵抗」*19 が開かれ,その翌日にはイメージ&ジェンダー研究会シンポジウム「戦争・ジェンダー・表象の研究史と今後の展望」*20 も開催された。筆者はそのうち後者に参加したが,これもまた美術史の枠内にとどまらず,戦争の表象とジェンダー研究を過去の歴史としてではなく,今現在の問題としてアクチュアルに論じることを目的としたものだった。ここでは詳しく触れる余裕はないが,創刊される雑誌『前夜』(2004年10月)や,『イメージ&ジェンダー』(5号,2005年春刊行予定)にそれぞれのシンポジウム記録が掲載されるので,その出版を待ちたい。
「Borderline Cases」展実行委員会,FAAB,FAN,WAN,NPO前夜,イメージ&ジェンダー研究会,ディアスポラ/アート研究会,こうした集まりへの参加者は,筆者も含めて複数に関わっている会員もいるが,比較的若手の研究者やアーティストはまだ相互の交流を持たない。しかし孤立してはならない。互いに連携することは,異なる意見を封殺するのではなく,最初に確認したように,個を大切にする者同士が相互に応答することによって,できるだけ多くの「異なる声」を掬い上げて行くことにつながるだろう。それこそが,故・千野香織さんが何より希望をつなぎ,驚異的な実行力で実践していたことに違いないのだから。
そしてこれらの展覧会やシンポジウムに参加した(あるいは参加しなくても情報を得た)会員ばかりではなく一般観客に対して,戦争,ジェンダー,民族の問題が,表象・イメージという形をとって世界に流布されているのであり,美術と無関係ではないことを,もっと幅広く浸透させていきたい。それは現在危機に瀕している美術館の社会的役割とも,根底において深く関係する認識なのであるから。そのためのしなやかでしたたかな戦略は,「境界線線上の女たち」によって,今始められたばかりで,これからも息長く続けられねばならない。
註
*18 展覧会の芳名帖記入者やパフォーマンス,シンポジウムを併せての参加者は、600名弱であったという。
*19 NPO前夜プレ対話集会「文化と抵抗」 発言者:高橋哲也,三宅晶子,中西新太郎,李孝徳,徐京植,ゲスト:ピーター・バラカン,2004年7月3日,星陵会館(東京)。
*20 イメージ&ジェンダー研究会シンポジウム「戦争・ジェンダー・表象の研究史と今後の展望」◆第一部 研究史 千葉慶,池川玲子,釣谷真由,吉良智子 ◆第二部 視点,加納実紀代,若桑みどり,総合司会:北原恵,2004年7月4日,港区男女平等参画センター「リーブラ」(東京)。
展覧会データ
Borderline Cases - 境界線上の女たちへ
2004年6月26日(土)―7月17日(土)会場: A.R.T.(東京・恵比須)
主催:F.A.A.B. /「Borderline Cases」展実行委員会
共催:A.R.T.
ゲスト・キュレーター:金善姫(キム・ソンヒ)(森美術館キュレーター)
コーディネーター:安田和代
実行委員会:イトー・ターリ,池内靖子,李静和,金善姫,金惠信,熊倉敬聡,嶋田美子,高橋芙 美子,鄭暎惠,西村由美子,古川美佳,堀内麻紀子,安田和代,レベッカ・ジェニスン
参加アーティスト,出品作品
テレサ・ハッキョン・チャ (1951-1982)
《Passages Paysages》(移行/風景),1978 年,写真,リチャード・バーンズ,ヴィデオ・インスタレーション(10分)。カリフォルニア,バークレー美術館(寄贈),テレサ・ハッキョン・チャ協会。
パク・ヨンスク (1941− )
《Mad Women Project / Osaka . 2004》より 5点
尹錫男(ユン・ソクナム)(1939− )
1.《Mother-19years old 》 1993-2004 年
300 cm× 270 cm ×100 cm
ミクストメディア
2.《Sea》 2004 年
76 cm × 170 cm×34 cm
木,アクリル
出光真子 (1940− )
《直前の過去》Past Ahead ,2004年
ヴィデオ・インスタレーション 12分47秒
音楽:カール・ストーン,編集:土屋豊,協力:(株)インターナショナルクリエイティブ
嶋田美子 (1959− )
《箪笥の中の骨》Family Secrets ,2004年
箪笥,版画,椅子と机,秘密を入れる箱
イトー・ターリ(1951− )
《虹色の人々》People in Rainbow Colors,2004年
パフォーマンス 40分
高橋芙美子(1960− )
《ボディー わたしの着ているもの》BODIES-Things on me,2004年
パフォーマンス 30分
6月26日(土)17:00-19:00 オープニング・パフォーマンス
イトー・ターリ,高橋芙美子
6月27日(日):14:00-17:00 シンポジュウム
「Co-responses on the Borderline ―
境界線上に立って,互いに応答する/日韓女性の アートと心」
場所 慶應義塾大学 三田キャンパス 北館ホール
司会・提題 嶋田美子(慶應義塾大学文学部講師/美術作家)
講演 レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授/女性学)
池内靖子(立命館大学教授/演劇論)
李静和(成蹊大学教授/政治思想)
パネル討論
パク・ヨンスク(写真家/韓国)
ユン・ソクナム(造型作家/韓国)
イトー・ターリ(パフォーマンスアーティスト/日本)
笠原美智子(東京都現代美術館学芸員)
通訳
金惠信(「Borderline Cases」展実行委員会)
古川美佳(「Borderline Cases」展実行委員会)
主催 慶應義塾大学21世紀COE人文科学研究拠点(表象B「芸術学」班)
Borderline Cases実行委員会
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