2015.11.23更新
印が主な更新個所です。)

■教会史A

1.教会史全般

教会史を学ぶ基礎として、一般の世界史の知識が必要。私は、神学校の授業で、木下・木村・吉田編『詳説 世界史研究』(山川出版社、1995、2381円)(って、高校生の参考書じゃん!)を紹介され、小テストが出された(涙)。。。。

1.1 教会史通史

『宗教改革著作集 第15巻』(教文館、1998)の巻末に、教会史通史と宗教改革期についての網羅的な邦語文献表(〜1996)あり。出村彰『中世キリスト教の歴史』(日本基督教団出版局、2005)の巻末に、教会史・キリスト教史の通史と中世の日本語文献表あり。

簡便なもの

古くからのものとして、出村彰『キリスト教入門2 歴史』日本基督教団出版局、1977、130頁。これは、全般的なキリスト教史ではなく歴史の折り目となる事件や人物にページを割いて書かれた。他に、曽根暁彦『教会史入門』日本基督教団出版局、1979(2011重版)、152頁、1260円。

キリスト教史についての読み物としては、R.H.ベイントン(気賀重躬、気賀健生訳)『世界キリスト教史物語』(教文館、19531、1981改訳(1950)、302頁、1800円)がある。

井上政己監訳、『キリスト教2000年史』、いのちのことば社、2000。
原著は、"The History of Christianity," Oxford: Lion Publishing. 地図・年表・挿絵などが多いものとして出村彰が挙げている(出村彰『中世キリスト教の歴史』の「あとがき」p.406)。
J.ゴンサレス、『キリスト教史』、上下2巻、新教出版社、2002-2003。
上: 石田学訳、『キリスト教史――初代教会から宗教改革の夜明けまで』(上巻)、2002、439頁、5985円。
下: 石田学、岩橋常久訳、『キリスト教史――宗教改革から現代まで』(下巻)、2003、389頁、5775円。
原著は "The Story of Christianity," Harper. 「図表・年表等を含めて良い記述であるが、引証文献の出自が必ずしも明確でない恨みが残る」(出村彰『中世キリスト教の歴史』の「あとがき」p.406)。月本昭男によれば、「英語圏の神学校で用いられる標準的キリスト教史」のテキストらしい。

最近のものに、菊池榮三、菊池伸二、『キリスト教史――教会の誕生、分裂、そして一致をめざして』、教文館、2005、580頁、5040円。C.リンドバーグ(木寺廉太訳)、『キリスト教史』(コンパクトヒストリー)、教文館、2007、336頁、2100円。大村修文、『キリスト教史 はじめの一歩』日本基督教団出版局、2010、117頁、840円。キリスト教中・高学校の聖書科の教科書。J.ゴンザレス(金丸英子訳)、『これだけは知っておきたいキリスト教史』、教文館、2011、212頁、1890円。齋藤正彦、『キリスト教の歴史 増補新版』、新教出版社、2011、150頁、798円。これも教科書。

しっかりまとまったもの

荒井献、出村彰監修、『総説 キリスト教史』、全3巻、日本基督教団出版局、2006-2007。
1: 荒井献、出村みや子、出村彰、『総説 キリスト教史 1原始・古代・中世篇』、2007、338頁、4620円。
第一部 原始(荒井献)、第二部 古代(出村みや子)、第三部 中世(出村彰)。
2: 出村彰、『総説 キリスト教史 2宗教改革篇』、2006、258頁、3990円。
出村彰ひとりによる書き下ろし。
3: 栗林輝夫、西原廉太、水谷誠、『総説 キリスト教史 3近・現代篇』、2007、274頁、4200円。
第一部 アメリカのキリスト教(栗林輝夫)、第二部 イギリスのキリスト教(西原廉太)、第三部 ヨーロッパ大陸のキリスト教(水谷誠)、第四部 エキュメニズムに進むキリスト教(西原廉太)。
W.ウォーカー(竹内寛監修)、『キリスト教史』、ヨルダン社、1983-1987(1970)。
1: 菊池栄三、中澤宣夫訳、『キリスト教史1 古代教会』、1984、386+18頁、4050円。
2: 速水敏彦、柳原光、中澤宣夫訳、『キリスト教史2 中世の教会』、1987、289+25頁、3550円。
3: 塚田理、八代崇訳、『キリスト教史3 宗教改革』、1983、291+42頁、3700円。
4: 野呂芳男、塚田理、八代崇訳、『キリスト教史4 近・現代のキリスト教』、1986、339+40頁、4050円。
ウィリストン・ウォーカー『キリスト教史』の4冊は、必読の教科書。原著第3版1970からの翻訳。原著は少なくとも第4版まで出ているらしい。19181、19592、19703、19854。各巻末に詳しい文献表あり。日本語文献も翻訳の時点でのものが補足されている。人名索引、事項索引に英語表記(時にはラテン語など)が併記されていて、よい。
上智大学中世思想研究所編訳/監修、『キリスト教史』(平凡社ライブラリー)全11巻、平凡社、1996-1997、各1631円。
ジャン・ダニエルー、『キリスト教史1 初代教会』(平凡社ライブラリー163)、平凡社、1996、550頁。
H.I.マルー、『キリスト教史2 教父時代』(平凡社ライブラリー168)、平凡社、1996、514頁。
M.D.ノウルズ、D.オボレンスキー、『キリスト教史3 中世キリスト教の成立』(平凡社ライブラリー)、平凡社、1996、519頁。
M.D.ノウルズ他、『キリスト教史4 中世キリスト教の発展』(平凡社ライブラリー)、平凡社、1996、651頁。
『キリスト教史5 信仰分裂の時代』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史6 バロック時代のキリスト教』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史7 啓蒙と革命の時代』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史8 ロマン主義時代のキリスト教』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史9 自由主義とキリスト教』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史10 現代世界とキリスト教の発展』(平凡社ライブラリー)。
『キリスト教史11 現代に生きる教会』(平凡社ライブラリー)。
カトリックからの「キリスト教史」で、カトリック的な歴史観ゆえに、宗教改革前までは共通だとも言えない。1980-1982に『キリスト教史』が講談社から出版され、その新装版が1990-1991に出た。それをさらに改訂して文庫化したもの。各巻末の邦語文献表は1996年ぐらいまでを網羅している。用語解説(英語表記付き)も年表もあって親切。原文は仏・英・独・蘭で1963-1978に同時出版された『教会史』全五巻。日本に関する章は、新たに書き下ろされている。
「教会は各種多様な組織集団をなして生きる人類を教導する・・・。この意味において、教会史の叙述は・・・<神の民>の全体像の歴史的把握を目指すものとなるべきである」(『キリスト教史1』の「邦訳への序言」、p.6)。それゆえ、精神史的な描写と、<神の民>とかかわりをもつ文化をも盛り込まれているらしい。邦訳名は、このような原著の意図を明確に表現するために『キリスト教史』とされた。

その他

A.E. マクグラス(佐柳文男訳)、『プロテスタント思想文化史――16世紀から21世紀まで』、教文館、2009、576頁、4830円。
「思想文化史」という邦訳タイトルになっているが、いわゆる「思想史」の論述ではなく、原題の直訳は『キリスト教の危険な理念(思想)−プロテスタント革命』とのこと。ルターが登場する前の時代の状況から20世紀のペンテコステ運動までを物語風に叙述。プロテスタンティズムが持つ聖書の自由な解釈によって多くの流れが発生した中で、21世紀のキリスト教にとってペンテコスタリズムに大きな期待を寄せる。第1部が「起源」としてルターとその前後、第2部は「理念」として聖書、信仰箇条、組織、礼拝、説教など。第3部は「変革」として特にアメリカのプロテスタントの状況やペンテコスタリズムについて。

1.2 教理史

2001.1.1付けキリスト新聞で、20世紀の遺産として関川泰寛が挙げた本の中で日本語のものに、ゼーベルク『教理史要綱』とバイシュラーク『キリスト教教義史概説』の2冊がある。

「『教理史』と銘打った書物を読むことは必ずしも必要ではない。それらは往々にして神学史である。資料を読み、自分でまとめることが出来れば、それらに頼らなくてもよい」。渡辺信夫、『プロテスタント教理史』、キリスト新聞社、2006、p.29。

翻 訳

ラインホルト・ゼーベルク(住谷眞訳)、『教理史要綱』、教文館、1991(原著19011,19346)、274頁。
Reinhold Seeberg, "Grundriß der Dogmengeschichte"。彼の大著『教理史教本』の「要綱」。2004年からオンデマンドで4200円。古代教会、中世、宗教改革期の三つの部に分かれている。節は通し番号で全71節。索引がないのは残念。
ゼーベルクは、ハルナックと並ぶベルリン大学の教理史家、組織神学者。しかし「ハルナックに往々見られる近代自由主義的偏見はなく、正統的で堅実かつ性格である」(訳者あとがき)。
K.バイシュラーク(掛川富康訳)、『キリスト教教義史概説――ヘレニズム的ユダヤ教からニカイア公会議まで』(上・下2巻)、教文館、1996-1997(1988)。
上: 1996、302頁、5000円。
下: 1997、258頁、4500円。
Karlmann Beyschlag。原著『教義史概説』増補改訂第2版の第1巻「神と世界」の訳。教理史の基礎知識を持っていてさらに探求する学生向けに書かれた。カトリック及びプロテスタント両方の利用者のために執筆されていて、出版社は「エキュメニカルな立場に立つ・・・」などと宣伝文句にしているが、著者は、プロテスタントとカトリックの混交ではどちらにとっても真に役立つことはあり得ない」(上巻p.6)と言っている。「ハルナックを代表とする「批判的教義史叙述」の立場の見解を」「ザッヘと実証のレベルにおいて」批判して、「新しい見解を明解に、そして要約的に提示」している(訳者あとがき)。水垣渉は『キリスト論論争史』(日本基督教団出版局、2003)の中で、「各種の教義史、神学史、キリスト教思想史の叙述、各種神学事典の関連項目の中では、水準が高く邦訳もある」本書を「まず挙げておきたい」(p.47)。
上巻は、教義の概念や信仰告白との関係、教義史の歴史、教義の発展について述べた「第一章 教義史の原理的教説」と、ユダヤ教信仰から使徒教父、洗礼・聖餐・信仰告白の形成、ロゴス・キリスト論、グノーシス、マルキオン、モンタヌス、正典化、職制などを扱った「第二章 教義に先行する時代」。下巻は、「第三章 エキュメニカル時代(T)」のみで、エイレナイオス、テルトゥリアヌス、クレメンス、オリゲネス、モナルキア主義とロゴス神学、アレイオス論争まで。
J. ペリカン(鈴木浩訳)、『キリスト教の伝統 教理発展の歴史』(全5巻)、教文館、2006-2008。
Jaroslav Pelikan(1923.12.17-2006.5.13)。原題は"The Christian Tradition, A History of the Development of Doctrine"。 「教理史の中でも屈指の名著」と言われる全5巻。第二バチカン公会議までのキリスト教教理の発展を、原典を引用しつつ叙述する。その出典も明記されている。マクグラスも、キリスト教神学の歴史的な側面への入門として特に勧めている(マクグラス『キリスト教神学入門』、教文館、2002、p.220)。
第1巻『公同的伝統の出現(100-600年)』、2006、約540頁、6825円。
第1巻目次: 第1章「福音の準備」、第2章「主流の外側で」、第3章「公同的教会の信仰」、第4章「三位一体の秘儀」、第5章「神・人の位格」、第6章「自然と恵み」、第7章「正統的合意」。
第2巻『東方キリスト教世界の精神(600-1700年)』、2006、460頁、5775円。
第2巻目次:第1章「教父たちの権威」、第2章「キリストにおける統一と分離」、第3章「見えざるものの像」、第4章「ラテン教会の挑戦」、第5章「三一的唯一神論の擁護」、第6章「ビザンティン正統主義の最後の開花」。
第3巻『中世神学の成長(600-1300年)』、2007、480頁、5880円。
第3巻目次: 第1章「公同的伝統の一体的完全性」、第2巻「アウグスティヌス的総合を越えて」、第3巻「救いの計画」、第4巻「恵みの伝達」、第5章「一つの真の信仰」、第6章「神学大全」。
 
第4巻『教会の教義と改革(1300-1700年)』、2007、約608頁、7560円。
第4巻目次: 第1章「中世後期の教理的多元性」、第2章「一つの・聖なる・公同的・使徒的教会とは」、第3章「教会の財宝としての福音」、第4章「神の言葉と意志」、第5章「ローマ・カトリックの独自性の定義」、第6章「使徒的継続性への挑戦」、第7章「分離したキリスト教世界の信仰告白的教義学」。
 
第5巻『キリスト教教理と近代文化(1700年以降)』、2008、504頁、6510円。
第5巻目次: 第1章「東西の正統主義の危機」、第2章「超越的啓示の客観性」、第3章「心の神学」、第4章「キリスト教的世界観の基礎」、第5章「教理の定義」、第6章「キリストノ体のソボルノスチ」。
 
J.N.D. ケリー(津田謙治訳)、『初期キリスト教教理史』、上下2巻、一麦出版社、2010。
上: 使徒教父からニカイア公会議まで、300頁、2625円。
下: ニカイア以後と東方世界、310頁、2625円。
初代教会における教理の発展に関する洋書では、「標準的で信頼のおける」(『キリスト論論争史』p.48)。原著は1958年初版、1977年に大きく改訂された。J.N.D.Kelly, "Early Christian Doctrines," A.&C.Black (London), 19581,19775.
さらに、N. N. D. ケリー(服部修訳)、『初期キリスト教信条史』、一麦出版社、2012、448頁、7140円。

他に、L. ベルコフ(赤木善光、磯部理一郎訳)『キリスト教教理史』(日本基督教団出版局、1989)。

その時代との関わりの中での主要な論点や人物を取り上げるなどして「思想史」と題されているもの

アリスター・E. マクグラス(神代真砂実、関川泰寛訳)、『キリスト教思想史入門――歴史神学概説』、キリスト新聞社、2008、516頁、7875円。
キリスト教思想史を「教父時代(100-451年頃)」、「中世とルネサンス(500-1500年頃)」、「宗教改革とそれ以後の時代(1500-1750年頃)」、「近・現代(1750年頃-現在)」の四つに分けて解説。訳者の配慮によって、テーマに対応する史料の『キリスト教神学資料集 上・下』でのページが記されているとのこと。それにしても、価格はもう少し安くならないか。
フスト・ゴンザレス(石田学訳)、『キリスト教思想史T キリスト教の成立からカルケドン会議まで』、新教出版社、2010、477頁、5250円。
全3巻の予定。

古いものは、O.W. ハイック『キリスト教思想史――古代教会より宗教改革まで』(聖文舎、1969)。

日本語での著作

棚村重行、『現代人のための教理史ガイド――教理を擁護する』、教文館、2001、340頁、2500円。
教会形成をバスにたとえて、2000年の教理の変遷をテーマごとに読み解く。啓示と神学、聖書と伝統、三一論、キリスト論、救済論それぞれで古代教会から現代までをユニークにモデル化。
渡辺信夫、『プロテスタント教理史』、キリスト新聞社、2006、532+19頁、4830円。
教理そのものの変遷をたどったのではなく、教理の歴史に関わる論争やキリスト教の動き、文書などの紹介。しかも著者の独特の色が濃い。教理史の学びのための基礎知識集といった感じか。様々な信仰告白文書や著作の項目の列挙が多くあり、授業の資料という感じでもある。文献案内にはなるかも。個人的には面白さを感じない。マクグラスの『キリスト教神学入門』や棚村重行の著作の方が面白い。

信条集については信条学を参照。

1.3 公会議史

N.P.ターナー(野谷啓二訳)、『教会会議の歴史――ニカイア会議から第二バチカン公会議まで』、教文館、2003、183+12頁、2000円。原著はイタリア語で1999年に出たが、これは英語版2001年からの翻訳。「一般の読者にも理解できるようにやさしく教会会議の歴史を語った」もの。東西分裂前の "ecumenical council" は「全教会会議」、それから宗教改革までの "general council" は「総教会会議」、宗教改革以降の三つの会議は、「公会議」と訳し分けている。訳者がこのように苦心して訳し分けているように、カトリックを擁護するのではなく、エキュメニカルな視点で教会会議とは何かを常に考えながら記されている。ちなみに、381年の信条の表記は「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」。取り上げている歴史の長さの割にはページ数が少ないので、たいして突っ込んでいなさそうと思ったが、そうでもない。簡潔にまとめられている。

H. イェディン(出崎澄夫、梅津尚志訳)、『公会議史――ニカイアから第二ヴァティカンまで』(南窓社、1986)というのもあるようだ。

全教会会議、総教会会議のリスト 初代の教会会議 第一ニカイア(325) 第一コンスタンティノポリス(381) エフェソス(431) カルケドン(451) 第二コンスタンティノポリス(553) 第三コンスタンティノポリス(680-681) 第二ニカイア(787) 第四コンスタンティノポリス(869-870) 中世の教会会議 第一ラテラノ(1123) 第二ラテラノ(1139) 第三ラテラノ(1179) 第四ラテラノ(1215) 第一リヨン(1245) 第二リヨン(1274) ヴィエンヌ(1311-1312) コンスタンツ(1414-1418) バーゼル・フィレンツェ(1431-1445) 第五ラテラノ(1512-1517) 近・現代の教会会議 トリエント(1545-1563) 第一バチカン(1869-1870) 第二バチカン(1962-1965)

1.4 霊性史

2015.11.23全面的に更新

ゴードン・マーセル監修、『キリスト教のスピリチュアリティ――その二千年の歴史』、新教出版社、2006、416頁。

桑原直巳、『東西修道霊性の歴史』、知泉書館、2008。

P. シェルドレイク(木寺廉太訳)、『キリスト教霊性の歴史』(コンパクト・ヒストリー)、教文館、2010、330頁、1890円。キリスト教の霊性を、「修道制的」「神秘主義的」「行動的」「預言者的・批判的」の四つのパラダイムに分類。

金子晴勇、『キリスト教霊性思想史』、教文館、2012、608頁、5670円。哲学的な心身の二区分とは別に、ヨーロッパのキリスト教思想史では『霊・魂・身体』の三分法が説かれてきた。これはTテサ5:23「あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けることのないように」に由来し、オリゲネスを経て西ヨーロッパの伝統的な見解になった。小高毅による書評(『本のひろば』2013.4)による。

2.古代教会、教父

「古代教会」と「初代教会」と「原始教会」は、それぞれニュアンスが異なるのかなあ。

2.1 古代教会史

文献表

日本語で読める一次史料、二次文献は、N.ブロックス『古代教会史』(教文館、1999)の巻末に詳しい。ウォーカー『キリスト教史1 古代教会』の巻末にも文献表がある。グッドスピード(石田学訳)『古代キリスト教文学入門』(教文館、1994)の巻末にも一次史料の文献表あり。

古代教会史全般

古代教会史の通史的には、ウォーカー『キリスト教史1 古代教会』。似たようなもので、H.R.ボーア(塩野靖男訳)『初代教会史』(教文館、1977(1976)、332頁、1748円)があるが、ウォーカーを読めばたぶんいらないだろう。

N.ブロックス(関川泰寛訳)、『古代教会史』、教文館、1999(19924)、282頁、2300円。
国家との関わり、教会制度の発展、異端論争など、テーマ別の概説。「第4章 教会生活と組織」で教会の「一致」の概念と聖餐の関わりや制度の形成がおもしろかった。洗礼、聖餐、悔悛の発展も簡潔にまとめられている。巻末の邦語文献表は重要。

古代教会に関する文献で興味あるもの

オスカー・クルマン(由木康訳)、『原始教会の信仰告白』(聖書学叢書4)、新教出版社、1957(19431、19482)、85頁。
オスカー・クルマン(由木康、佐竹明訳)、『原始キリスト教と礼拝』(聖書学叢書5)、新教出版社、1957(1950ドイツ語版第2版)、168頁。
古いがいまだに名著の2冊。クルマンのはこのシリーズでもひとつ『原始教会の伝承』(荒井献訳、聖書学叢書6、新教出版社、1958(1954))と言うのもある。
J.A.ユングマン(石井祥裕訳、上智大学中世思想研究所監修)、『古代キリスト教典礼史』、平凡社、1997(1967)、382頁、4500円。
原始教会からグレゴリウス一世(6世紀末)までの礼拝史。第一部初期キリスト教と護教教父の時代、第二部三世紀、第三部コンスタンティヌス時代、第四部諸地域での典礼の発展、第五部グレゴリウス一世の時代直前のローマ典礼。通し番号で全25章。第二部第8章は「使徒信条」。

そのほか、よく耳にするのが、W.イェーガー(Werner Wilhelm Jaeger)『初期キリスト教とパイディア』(野町啓訳、筑摩叢書30、筑摩書房、1964(1961)、198頁)。本文は121頁ほど(あとは注)の、ハーバード大学での記念講演の記録。トロペーが動物や植物の自然的成長を指すのに対し、パイディアは子どもを一定の理想や完成へともたらすために、知識を与え、訓育をほどこす、人間の意識的な努力(教育)およびその所産(教養)を意味する。本書では、古代教会の時代において、キリストの教え(パイディア)が古典ギリシアの教養(パイディア)に対して弁証されてゆくことによって、古典ギリシアのパイディアを踏み台にして、キリスト教のパイディアが新しい文化の中心となっていったことを論証する。

古代教会の諸文書

「使徒教父文書」の読み方は「しときょうふ・もんじょ」ではないのかな? ところが、下の講談社文芸文庫でも『新聖書辞典』(いのちのことば社)でも「しときょうふぶんしょ」である。『キリスト教大事典』、『旧約新約聖書大事典』には「使徒教父」の見出ししかない。

荒井献編、『使徒教父文書』(講談社文芸文庫)、講談社、1998、486頁、1500円。
使徒教父文書の日本語訳。「十二使徒の教訓」、「バルナバの手紙」、「クレメンスの手紙」(T、U)、「イグナティオスの手紙」、「ポリュカルポスの手紙」、「ポリュカルポスの殉教」、「パピアスの断片」、「ディオグネートスへの手紙」、「ヘルマスの牧者」の10編。訳者は、荒井献、佐竹明、小河陽、八木誠一、田川健三。もとは、『使徒教父文書』(『聖書の世界』別巻4、新約U)、講談社、1974。巻頭の荒井献「使徒教父文書の世界」が増補・修正されている。
E.J.グッドスピード(R.M.グラント補訂)(石田学訳)、『古代キリスト教文学入門――使途後時代からニカイア公会議まで』、教文館、1994、337+18頁、3700円。
1942年の原著にR.M.グラントが1966年に改訂したもの。「文学入門」とあるが、キリスト教文書の概説。文書化の開始から、聖書に含まれる文書・外典・偽典・使徒教父文書(これらを手紙、黙示書、福音書、行伝等の区分で解説)、ギリシャ・ラテン教父、エウセビオスまで。

2.2 教父について

「教父学の学びのためには、何冊か、あるいは何十冊かの文献を渉猟すれば良いというものではない。教父学は教父時代という一時代を特別に尊重する心性を必要とする。この心性を養うためには時間が掛かる。直接に教父から学ぶのは難路であって、教父を重んじている人を学ぶことを通じて学べるのではないか。すなわち、改革者が持つ教父への関心と尊敬に手引きされて、教父を学ぶようになるのである。これ以外では、教父学は専門家に成り切らねば入れない特殊領域である。」(渡辺信夫『古代教会の信仰告白』、p.341)

時 代

西方ではグレゴリウス1世まで(604)、東方ではダマスコのヨアンネスまで(749)が教父学の範囲らしい(『キリスト教大事典』教文館による)。(マクグラスはカルケドン会議の451年までとする(『キリスト教神学入門』)が、これは古代と中世の区分を考えたものであろう。)

ニカイア公会議(325)以前の教父と以降の教父に大きく区分され、また、ギリシャ教父とラテン教父に分けられる。

教父および教父学の概説

カンペンハウゼン(三小田敏雄訳)、『古代キリスト教思想家T ギリシア教父』(現代神学双書21)、新教出版社、1963(1955)、266+6頁。
2004.12からオンデマンド。「U ラテン教父」は未刊のまま、訳者は2007.2.7没。
F.L.クロス(竹田、水谷、新名、田中訳)、『教父学概説』、日本聖公会出版事業部、1969。
小高毅、『古代キリスト教思想家の世界 教父学序説』、創文社、1984初版、2003復刊、194頁、2500円。
E.J.グッドスピード(R.M.グラント補訂)(石田学訳)、『古代キリスト教文学入門――使徒後時代からニカイア講会議まで』、教文館、1994、360頁、3885円。

主要な教父

マクグラス『キリスト教神学入門』によると、主な教父は次の六人――ユスティノス、エイレナイオス、オリゲネス、テルトゥリアヌス、アタナシオス、アウグスティヌス。

2.3 重要な教父の著作や、個人的に興味深い(興味深かった)もの

ユスティノス

遺されている著作は全部で三つのみ。重要なのは『第一弁明』『第二弁明』。柴田有訳で『キリスト教教父著作集』第1巻(教文館、1992)所収。ただし、「しばしば二つの弁証論と呼ばれているが、「第二」弁証論は追録のようなものに過ぎない」らしい。ウォーカー『キリスト教史1 古代教会』ヨルダン社、1984、104頁。

もうひとつの著作である『ユダヤ人トリュフォンとの対話』は、全142章の内、『キリスト教教父著作集T』に三小田敏雄訳で1〜9章の序論の部分、『中世思想原典集成1 初期ギリシア教父』に久松英二訳で48〜76章の部分が邦訳されている。

「エウアンゲリオンというギリシア語を、福音書という意味で初めて使用したのは、2世紀のギリシア弁証家ユスティノスである(『第一弁明』1.66.3)。」原口尚彰、『新約聖書概説』、教文館、2004、p.42。

エイレナイオス

2010.10.20全面的に更新

ギリシア教父。ギリシャ語Ειρηναιος、ラテン語Irenaeus、英語Irenaeus、ドイツ語Irenäus。ラテン語読みにしたがってイレナエウスとかイレネウスとか、ラテン語読みとギリシャ語読みがごっちゃになってイレナエオスとか実にいろいろある。

現存している著作は2つのみ。主著は『異端駁論』全五巻。この書名も『対異端駁論』(岩波キリスト教辞典)とか、『異端反駁』(キリスト教教父著作集)とかいろいろある。元々ギリシャ語で書かれたが、現在はラテン語訳でのみ全体が現存している。小林稔訳で『キリスト教教父著作集』の第2巻T、U、第3巻T〜Vの全五冊だが、まだ第3巻のTとUしか刊行されていない。もう一つは、「使徒たちの使信の説明」で長くタイトルのみ知られていたに過ぎなかったが、1904年にアルメニア語訳が発見された。小林稔・小林玲子訳で『中世思想原典集成(1)』にある。

福音書がなぜ四つかを説明した箇所は、『異端駁論』3,11,8。蛭沼寿雄『新約正典のプロセス』p.62-64にも抄訳あり。

テルトゥリアヌス

テルトゥリアヌスの著作のラテン語原文その他の情報等はThe Tertullian Projectで。

三位一体論として重要な著作が『プラクセアス反論』。土岐正策訳で『キリスト教教父著作集』第13巻(教文館、1987)所収。有名な「キリスト者の血は種子である」("Semen est sanguis Christianorum")は『護教論』("Apologeticum," 197年)の50:13。「アテネとエルサレムの間に何の関係があるのか」("Quid ergo Athenis et Hierosolymis?")は『異端者への抗弁』("De praescriptione haereticorum")の7:9。

「不条理(あるいは「不合理」)なるが故に、我信ず」(Credo quia absurdum)はテルトゥリアヌスに帰する言葉として伝えられているが、テルトゥリアヌスの著作には直接は見られない。「キリストの肉体について」("De carne Christi")(邦訳は教文館の『キリスト教教父著作集』の第15巻に入る予定だが未刊)の5:4に次のような言葉があるところからきている。"crucifixus est dei filius: non pudet, quia pudendum est. et mortuus est dei filius: prorsus credibile est, quia ineptum est. et sepultus resurrexit: certum est, quia impossibile." ineptiaは、愚かしい、不合理な、不条理なといった意味。詳しくはThe Tertullian Project"De carne Christi"のページの"Other Points of Interest"のところ。関連情報は、Quasten, "Patrology Vol.2," Spectrum Publishers, 1953, p.320.や、出村彰『中世キリスト教の歴史』日本基督教団出版局、2005、p.202。

キプリアヌス(Cyprianus)

2015.11.23全面的に更新

有名なのは、「公同(カトリック)教会の一致について」"De Ecclesiae Catholicae Unitate"。『中世思想原典集成4 初期ラテン教父』に邦訳あり(吉田聖訳)。これには「主の祈りについて」なども収録されている。

「教会を母として持たない者は、神を父として持つことができない」"Habere iam non potest Deum patrem, qui Ecclesiam non habet matrem."は「公同教会の一致について」の第6段。Migneのラテン教父に収録されているものをスキャナーでpdf化したページ。カルヴァンもこの句を綱要の4,1,1で引用している。渡辺信夫訳(新教出版社、1964)の当該箇所の註では「公同教会の一致について」の他に、関連箇所として書簡74,6(ポンペイウスあて)、アウグスティヌス「詩篇釈義」第88篇2,14などが挙げられている。

「教会の外に救いなし」(salus extra ecclesiasm non est.)という言葉は、書簡73(Philip Schaff編"Ante-Nicene Fathers"では72, "To Jubaianus, Concerning the Baptism of Heretics")の第21段にある。邦訳なし。英訳は、Christian Classics Ethereal Libraryの中のEpistle LXXII(これは、Philip Schaff編の"Ante-Nicene Fathers"(全10巻、初版1885)の第五巻に収められている英訳)。

ヒッポリュトス

『使徒伝承』は、215年頃に書かれた礼拝と教会規定に関する文書。土屋吉正訳『聖ヒッポリュトスの使徒伝承――B.ボットの批判版による初訳』(オリエンス研究所、19831,19872,19993(1963)、60+134頁、4000円)。最初は燦葉出版社から出たらしい。ヒッポリュトスについて、写本資料について、本文の確定についてなどと、ラテン語訳本文との見開き対訳。「第二ヴァチカン公会議とその後のカトリック教会の典礼刷新は、ヒッポリュトスの『使徒伝承』の研究成果なしには考えられない(訳者緒言)。

アレキサンドリアのクレメンス

重要なのは『ギリシア人への勧告』『訓導』(あるいは『教導者』とも訳される)、『ストロマテイス(雑録)』の三つ。久山宗彦訳で『キリスト教教父著作集』の第4、5巻。『ストロマテイス』は秋山学訳で『中世思想原典集成1 初期ギリシア教父』(平凡社、1995)にもある。

オリゲネス

重要な著作はたくさんある。『祈りについて』は興味あるなあ。オリゲネス(小高毅訳)『祈りについて・殉教の勧め』(キリスト教古典叢書12、創文社、1985)。

オリゲネスがヘブル書について「一体、この書物の著者は誰か。真実を知るのは神である。」と言ったというのは、エウセビオス『教会史』Y,25,11-14。

バシレイオス

『聖霊論』がおもしろそう。ενかδιαかμεταかというような議論をしているようだ。山村敦訳『聖大バシレイオスの『聖霊論』」(キリスト教歴史双書16)、南窓社、1996、214頁。

砂漠の師父

『砂漠の師父の言葉』"Apophthegmata Patrum" 古谷功訳(あかし書房、1986)は絶版。ミーニュ第65巻からの翻訳。リーゼンフーバーの「砂漠の師父の霊性」も収められているようだ。最近出版されたものに、谷驤齪Y、岩倉さやか訳『砂漠の師父の言葉』知泉書館、2004、440頁、4500円(ISBN:4-901654-28-4)もある。『日本の教会と「魂への配慮」』p.26、『魂への配慮の歴史』第二巻などで言及されている。ヘンリー・ナウエンの著作にも何かある。

ベネディクトゥス

『聖ベネディクトの戒律』は、古田暁(ふるた・ぎょう)訳で、すえもりブックス、2000、378頁、4800円。「古田暁訳『聖ベネディクトの戒律』(すえもりブックス、2000)はプロテスタントの者にとっても必読のものと思っております。キリストの教会がなすべき魂への配慮が規則の形を取って表現された注目すべきものです。」『日本の教会と「魂への配慮」』p.31での加藤常昭の発言。

2.4 アウグスティヌス、ヒッポの(Augstinus, 354 - 430)

Aurelius Augustinus アウレリウス・アウグスティヌス。「ヒッポの」(Hippo)というのは、別にカンターベリーのアウグスティヌス(?- 604)がいるから。

重要著作

『告白』("Confessionum," 397/8-400/1)
13巻に分かれているが、中央公論の「世界の名著」で485頁の分量。1〜9巻で、出生から回心までの過去の内面的苦悩を語りながら神を賛美する。特に回心の経緯(第8巻)から母モニカの死(第9巻)は本書のクライマックスをなす。第10巻は現在の自己省察として、情欲、好奇心、傲慢という三つの誘惑の観点から「記憶」について考える。後の三巻で創世記冒頭の言葉の解明に取りかかるが、それは、「天地を造りたもうた始めの時から、・・・聖なる御国の支配のときにいたるまで、御法(みのり)のうちにひめられた奇しきものをながめたい」(11,2,3)からである。その際、「天地を造る以前に神は何をしていたか」という問いの愚かさを示すために、まず第11巻で時間論を語る。第12巻は無からの創造、第13巻は三位一体論。
戦前は「懺悔録」と言われていた。「告白」と題したのは服部英次郎訳(岩波書店、上:1940)が最初とのこと(泉治典編『世界の大思想家3 アウグスティヌス』(平凡社、1977、p.228)。ハルナック編『アウグスティヌス 省察と箴言』で訳者の服部英次郎が「『懺悔録』という従来の称呼も、又『讃美録』という新しい訳語も共に、その内容の全体を伝えるものではない。『詩編講義』144の13にも読まれるように、『コンフェッシオが罪の告白のみならず、讃美の告白をも意味する』限り、『告白録』の名を採ることは許されるであろう」(原文旧活字)と言っている(p.301)。
「わたしの『告白録』全十三巻は、私の生涯の悪と善とに関して、義にして善なる神を讃美する。」『再論』2.6(ハルナック編服部英次郎訳『省察と箴言』p.26)。
『三位一体論』("De trinitate," 399-419)
15巻。かつては、中澤宣夫訳『三位一体論』(東京大学出版会、1975、10500円)だったが、新訳が出た。泉治典訳『アウグスティヌス著作集 第28巻 三位一体』(教文館、2004、620頁、6300円)。
『神の国』("De civitate Dei," 413-426)
『神の国』は全22巻。日本初訳のJ.W.C.ワンド編『アウグスティヌス 神の国』(出村彰訳、日本基督教団出版局、1968)はダイジェストで英語版からの重訳。岩波文庫で、アウグスティヌス(服部英次郎、藤本雄三訳)、『神の国』(全5冊)(岩波文庫青805-3〜7)。教文館のアウグスティヌス著作集の第11〜15巻が『神の国』。
「アウグスティヌスの神学上の貢献というのは、キリスト教思想の総合を打ち立てた点にある。これは非常に優れた仕方で、主著『神の国(神の都)』において成し遂げられている。」マクグラス(神代真砂実訳)『キリスト教神学入門』教文館、p.35。

重要著作は他に、『自由意志論』(-395)、『創世記逐語注解』(マニ教反駁の最後の書、401-414)、『ヨハネ福音書講解』(414-416)。これらに次ぐのが、『エンキリディオン――ラウレンティウスに宛てて(信仰・希望・愛についての要義)』(421-423)。

アウグスティヌスは、教理の面では三つの領域で非常に重要な業績を残した。(1)教会とサクラメントについての教理。これはドナティスト論争から出てきたもの。(2)恩恵論。これはペラギウス論争から。そして(3)三位一体論。以上は、マクグラス(神代真砂実訳)『キリスト教神学入門』教文館、p.35に基づく。

『アウグスティヌス著作集』は刊行中。

『告白』の戦後の全訳

2010.10.20全面的に更新
1.服部英次郎の岩波文庫の初訳(上:1940、中:1940、下:1949)。
2.今泉三良訳、『世界大思想全集第二期(社会・宗教・科学思想篇)27』、河出書房、1955。
3.渡辺義雄訳、『世界古典文学全集 第26巻 アウグスティヌス ボエティウス』、筑摩書房、1966。アウグスティヌスの「告白」(pp.5-260)、「幸福な生活」、「独白」と、ボエティウス「哲学の慰め」を収録。すべて渡辺義雄訳。解説は服部英次郎。巻末に年譜、索引。
4.今泉三良、村治能就訳、『世界の大思想3 アウグスチヌス・ルター』、河出書房新社、1966。私が見たのは1970だが第2刷とも第2版とも書いていない。1972の版は第5巻になっているらしい。さらに、『ワイド版世界の大思想2-01 アウグスチヌス・ルター』2005が出ている。アウグスチヌス『告白』とルター『キリスト者の自由』の二つを全訳で収録。『告白』は約350頁分。巻末に訳者による「解題」と服部英次郎の「解説」。
5.山田晶訳、『世界の名著14 アウグスティヌス』、中央公論社、1968年。1978年の中公バックス「世界の名著」では第16巻。巻頭に訳者によるおよそ50頁にわたる「教父アウグスティヌスと『告白』」あり。巻末に年譜、索引あり。山田晶(やまだ・あきら)はカトリック信徒、1922.3.7-2008.2.29。
6.服部英次郎の改訳で、聖アウグスティヌス『告白』(上下二巻)、岩波文庫青805-1〜2、1976。下巻の巻末に解説と索引あり。
7.『アウグスティヌス著作集』の中の宮谷宣史(みやたに・よしちか)訳: 上下2巻。アウグスティヌス(宮谷宣史訳)、『アウグスティヌス著作集第5巻T 告白録(上)』、教文館、1993、490頁、3675円。と、『アウグスティヌス著作集第5巻U 告白録(下)』、教文館、2007、635頁、4830円。上巻は第1〜8巻を収録。下巻は第9〜13巻を収録。合わせて1000頁を越えているのは主として、韻文になっている部分がこまめに改行されてきちんと詩の形式に組まれているため。また、下巻巻末に、かなりの分量の解説と文献表がある。解説は、写本と校訂本、執筆事情、タイトルの意味、主題と叙述の方法、統一と構成、聖書との関係、文体と内容、回心の記述とその歴史性、総括からなる。また下巻には、上巻初版の正誤表が挟まっている。
8.キリスト教古典叢書の宮谷宣史訳: 上の宮谷訳が1巻本になって、『告白録』(キリスト教古典叢書)、教文館、2012、665+5頁、5040円。訳文は全体的に見直されている。訳者による小見出しは訳文中には示さず、目次に記載されている。pp.23〜518が本文、pp.519〜622が註、pp.623〜659が解説、最後に年表があり、『告白録』の関連箇所が対照されているのがよい。解説は『アウグスティヌス著作集』の方は専門的過ぎたので、その点を改め、構成も変えて短くなっている。
これらの内、定評のあるものは、山田晶訳(読みやすく、古本屋で500円くらいで手に入る)と服部英次郎訳(何と言っても文庫の手軽さ)、そして最新の宮谷宣史訳はこれまでの諸訳を踏まえつつ最新の学問的成果が土台になっていることが期待できる。

『告白』の中の有名な個所

2010.10.20全面的に更新
有名な「あなたは私たちを、ご自身にむけてお造りになりました。ですから私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです。」は、1,1,1。『告白』の最後も安息をテーマにして終わる。「七日目には夕がなく、暮れることもありません。」13,36,51。
「私の魂の家は、あなたがおはいりになるには、あまりにも狭すぎます。ひろげたまえ。荒れはてています。なおしたまえ。」1,5,6。
梨を盗む話は、2,4,9。「盗んだものは自分自身ありあまるほどもっていましたし、しかも自分のもっているもののほうが、盗んだものよりもはるかに上等でした。私がたのしもうとしていたのは、盗んで手にいれようと思った当のものではなくて、むしろ盗みと罪それ自体だったのです。」
身分の低い同棲の相手と別れたが、婚約者はまだ結婚適齢に二年足りなかったので、別の女性を「肉欲の習慣の相手」とするようになったくだりは、6,13-15。
有名な"tolle, lege."「取りて、読め。」は、8,12,29。ハルナックは、「子供の遊戯では、・・・(錨を)揚げよ、(索を)捲けといふ意味であらう」と言う(ハルナック編服部英次郎訳『アウグスティヌス 省察と箴言』岩波文庫青805-8、p.38)。渡辺義雄は、その他の推測も紹介しつつ、「決定的なことは、アウグスティヌスが「取って読め」という声を聞いて、「聖書」を手に取って読んだという事実である」とする(『世界古典文学全集26』、1966、p.129)。山田晶も、「これら歴史家のせんさくは、アウグスティヌスの回心の本質には何らかかわりをもたない。・・・とにかく彼がその声を・・・「とれ、よめ」という声として「聞いた」という事実をすなおにみとめたらよい」と注を付けている(『世界の名著14』、1968、p.285)
アンブロシウスが東方の流儀を取り入れて、司祭と会衆が一緒になって讃美歌と詩編を歌ったという記述は、9,7,15。
母の死は、9,8-13。
「天地を創造する前は、神は何をしていたか」という問いへの答えは、11,12,14。この問いについては第11巻の10章以降全体を参照。
創世記1:26-27に三位一体が示されていると見る個所は13,22,32あたり。

アンソロジー

テーマに沿ってアウグスティヌスの主要著作から短く抜粋したものを集めたアンソロジーに、ハルナック編(服部英次郎訳)『アウグスティヌス 省察と箴言』(岩波文庫青805-8)、岩波書店、1937(原著1922)、308頁、2008年リクエスト復刊の第8刷(つまり旧活字のまま)が798円。プシュワーラ編(茂泉昭男訳)『アウグスティヌス語録』(上・中・下)日本基督教団出版局、1969-1971(原著1934)。日本人によるものに、泉治典編『世界の思想家3 アウグスティヌス』平凡社、1977がある。最初に30頁弱で思想と生涯を概観する。巻末に文献案内あり。

評伝ほか

評伝と著作紹介は何よりも、宮谷宣史(みやたに・よしちか)『アウグスティヌス』(講談社学術文庫1671、講談社、2004、445頁、1418円)。講談社の「人類の知的遺産シリーズ」15『アウグスティヌス』(1981)を元に、誤記・誤植の訂正のみ。ただし、アウグスティヌスの著作からの引用はかなりの部分が割愛されているという。生涯と全著作紹介が中心。第一部でアウグスティヌスの思想の背景にある古代哲学、古代学芸、古代キリスト教との関係を概説、アウグスティヌスの思想を理解するための視点を挙げる。第二部はアウグスティヌスの生涯。第三部は全著作の解説。たとえば『三位一体論』のところで、それ以外に三位一体論を扱っている重要な著作も挙げられているのは便利。第四部はアウグスティヌスの影響を概説。日本での「受容のタイプ」として西田幾多郎、矢内原忠雄、石原謙を挙げている。網羅的な文献案内あり。「人類の知的遺産シリーズ」以降のものも増補されている。関連サイトのURLもある。

さらに、宮谷宣史、『アウグスティヌス』(Century Books 人と思想39)、清水書院、2013、219頁、893円。

評伝として有名なものとして、山田晶、『アウグスティヌス講話』、新地書房1986、教文館1994、1995に講談社学術文庫。

最近の評伝に、 ギャリー・ウィルズ(志渡岡理恵訳)、『アウグスティヌス』(ペンギン評伝双書)、岩波書店、2002、220頁、2520円。ピーター・ブラウン(出村和彦訳)、『アウグスティヌス伝』(上、下)、教文館、2004。金子晴勇、『アウグスティヌスとその時代』、知泉書館、2004。H.チャドウィック(金子晴勇訳)、『アウグスティヌス』(新装版)、教文館、2004、220頁、1785円。これは、もとは、コンパクト評伝シリーズ3、1993。S. A. クーパー(上村直樹訳)、『はじめてのアウグスティヌス』、教文館、2012、336頁、2100円。

最も最近の研究書に、宮谷宣史『アウグスティヌスの神学』(関西学院大学研究叢書第109編)、教文館、2005、354頁、3200円。論文集。祈り、労働、悪、死、恩恵論、回心、三位一体論、説教論、聖書解釈、聖餐論、歴史観など。宮谷宣史編『悪の意味』『死の意味』(共に新教出版社)に収められた論文も収録。『説教の課題と現実』(日本基督教団出版局)に収められた「アウグスティヌスの説教と説教論」、『新約聖書と解釈』(新教出版社、1986)に収められた「アウグスティヌスの聖書解釈学」も収録。

「人々は聖書の次に特にアウグスティヌスを読まなければならない。」「教会博士アウグスティヌスは他のすべての者にまさる聖書の釈義者であった。」「アウグスティヌスは使徒たち以降の神学者の中で最大の学者である。」ルター(上田兼義訳)、『卓上語録』、教文館、p.37)

「使徒パウロと改革者ルターとの間に、教会はアウグスティヌスに匹敵する人物を一人も持っていない。」アドルフ・ハルナック(山谷省吾訳)、『アウグスティヌスの「告白」』、新教新書10、1957、p.7-8。

2.5 教父の文献

ネット上のラテン語原典は、例えば、The Latin Libraryの中のCHRISTIAN LATINで。

一次史料の日本語訳

古代教父の日本語で読める一次史料は、N.ブロックス『古代教会史』の巻末の訳者関川泰寛による参考文献表を見る。教父の著作を集めたシリーズものには、次のようなものがある。

『キリスト教教父著作集』全22巻、教文館、1987-。
荒井献、水垣渉責任編集。まだまだ完結しない。教文館のキリスト教教父著作集の目録ページ
『中世思想原典集成』全20巻+別巻、平凡社、1992-2002。
上智大学中世思想研究所編訳・監修。そのすべてが本邦初・新訳だという。「中世」とあるが、第1巻「初期ギリシャ教父」、第2巻「盛期ギリシア教父」、第3巻「後期ギリシア教父・ビザンティン思想」、第4巻「初期ラテン教父」第5巻「後期ラテン教父」がある。別巻は中世思想史と総索引。平凡社の中世思想原典集成のカタログページ収録全リスト
上智大学神学部編、P.ネメシェギ責任編集、『キリスト教古典叢書』、創文社。
1.ポシディウス(熊谷賢二訳)、『聖アウグスティヌスの生涯』、1963。
2.アウグスティヌス(熊谷賢二訳)、『カトリック教会の道徳』、1963。
3.アンブロジウス(熊谷賢二訳)、『秘跡』、1963。
4.アウグスティヌス(熊谷賢二訳)、『教えの手ほどき』、1964。
5.レオ一世(熊谷賢二訳)、『キリストの神秘――説教全集』、1965。
6.キプリアヌス(熊谷賢二訳)、『偉大なる忍耐・書簡抄』、1965、173頁。 収録書簡はNo.8,5,52,54,56,57,77。
7.プルデンティウス(家入敏光訳)、『日々の賛歌・霊魂をめぐる戦い』、1967。
8.アウグスティヌス(熊谷賢二訳)、『主の山上のことば』、1970。
9.オリゲネス(小高毅訳)、『諸原理について』、1978。
10.オリゲネス(小高毅訳)、『雅歌注解・講話』、1982。
11.オリゲネス(小高毅訳)、『ヨハネによる福音注解』、1984。
12.オリゲネス(小高毅訳)、『祈りについて・殉教の勧め』、1985。
13.オリゲネス(小高毅訳)、『ヘラクレイデスとの対話』、1986。
14.オリゲネス(小高毅訳)、『ローマの信徒への手紙注解』、1990。
15.アタナシオス、ディデュモス(小高毅訳)、『聖霊論』、1992。
16.グレゴリウス1世(熊谷賢二訳)、『福音書講話』、1995。
『原典古代キリスト教思想史』全3巻、教文館、1999-2001。
小高毅編。主要箇所の抜粋。1は「初期キリスト教思想家」として使徒教父からニカイア前の25人、2は「ギリシア教父」、3は「ラテン教父」。
『キリスト教神秘主義著作集』全17巻、教文館、1989-。
この中で第1巻「ギリシャ教父の神秘主義」に、ニュッサのグレゴリウス(谷隆一郎訳)「モーセの生涯」とディオニシス・アレオパギテース(熊田陽一郎訳)「神名論」、「神秘神学」がある。教文館のキリスト教神秘主義著作集の目録ページ
『アウグスティヌス著作集』全30巻、教文館、1979-。
赤木善光、泉治典、金子晴勇、茂泉昭男責任編集。まだ未完。第1期15巻は、あと第5巻の2の「告白録」(下)を残すのみ。教文館のアウグスティヌス著作集の目録ページ

中山元による哲学リソースサイトPolylogosの中の「哲学の系譜」にいろいろ情報あり。

猫の神学研究所の中の日本語で読める原典は教父別リスト。

Migneって何だ?

「ミーニュ」と読む(フランス語)。

Quastenの"Patrology"

教父学全般にわたる有名な文献情報。各教父ごとに、生涯と著作の紹介、また伝記的文献、一次史料の情報、二次文献などがまとめられている。しかし、いまや情報が古い感もある。Patrologyという言葉は、もとは「教父学」の意味であったが、Quasten以降、教父文献への手引きを意味するようになっている(マクグラス『キリスト教神学入門』、p.28)。渡辺信夫『古代講解の信仰告白』p.341にも情報あり。Johannes QuastenはThe Catholic University of America (Washington D.C.)にいた。

Johannes Quasten, "Patrology vol.1 : The Beginning of Patristic Literature," Spectrum Publishers, Utrecht/Antwerp, Holland; The Newman Press, Westminster, Meryland, U.S.A., 1950.
Johannes Quasten, "Patrology vol.2 : The Ante-Nicene Literature after Irenaeus," Spectrum Publishers, Utrecht/Antwerp, Holland; The Newman Press, Westminster, Meryland, U.S.A., 1953.
Johannes Quasten, "Patrology vol.3 : The Golden Age of Greek Patristic Literature from the Council of Nicaea to the Council of Chalcedon," Spectrum Publishers, Utrecht/Antwerp, Holland; The Newman Press, Westminster, Meryland, U.S.A., 1960.
まずこの3巻が英語で出た。後に出たイタリア語版では、その後の文献情報が増補されたらしい。渡辺信夫『古代教会の信仰告白』のp.341で「原書はイタリー語で」とあるのは間違いだろう。イタリア語版は2巻にまとめられて出た。
Angelo Di Berardino ed., Placid Solari trans., "Patrology vol.4 : The Golden Age of Latin Patristic Literature from the Council of Nicaea to the Council of Chalcedon," Augstinian Patristic Institute-Rome, Christian Classics Inc., Westminster, Meryland, U.S.A., 1986.
この第4巻は、Quastenの序文によれば、文献の膨大さとQuastenの病のために、ローマの「アウグスティヌス会教父学研究所」が引き継ぐ形となった。それゆえ原著はイタリア語。イタリアでは、英語版のvol.1-3が2巻で刊行されていたためにこれは第3巻。1978初版。Intitutum Patristicum Augustinianum - Roma, "Patrologia, vol.III. I Padri latini (secoli IV-V)," ed. Marietti, Casale Monferrato (AL) 1992.ということらしいが、Mariettiが出版社か?(AL)って何だ?1992の版があるのか?
水落健治によれば、Vol.1-3は、「各著作家についての叙述は基本的に著作毎に区分され、各著作の文献学的諸問題や内容の説明、詳細な参考文献と共に、既存の英訳による本文それ自体からの引用が、きわめて多量に行われている」。「<テキストそれ自体をして語らしめる>という姿勢」が一貫している。それに対してVol.4では、「著作本文からの引用はきわめて少なくなり、その代わりに、教父の姿は膨大なる分量におよぶ最新の研究成果を駆使しながら、歴史的に、外側から記述されて行く」。 (水落健治による書評、中世哲学会編『中世思想研究』31号、1989、pp.169-172)

第1〜3巻のペーパーバック版が1983年にChristian Classics Inc. (Westminster, Meryland)から"A Christian Classics Reprint"として出た。現在はAve Maria Press (Westminster, Meryland)から。イギリスではResources for Christian Livingから。イタリア語版での増補が反映されているかどうかは不明。vol.1:ISBN:0-87061-084-8、vol.2:ISBN:0-87061-085-6、vol.3:ISBN:0-87061-086-4。

第4巻のペーパーバック版は、クロス装版と同時に1986年に出た。ISBN:0-87061-127-5。4volsセットでISBN:0-87061-141-0。

イタリアでは第4巻(つまり英訳されれば第5巻)に相当する巻が出ている。

2次文献情報

N.ブロックス『古代教会史』(教文館、1999)の巻末の訳者関川泰寛による参考文献表の中に、基本的な日本語の二次文献のリストがある。また、英語文献を含む二次文献情報として次のものが紹介されいる。

ウォーカー『キリスト教史1 古代教会』(ヨルダン社、1984)の巻末。
ダニエルー(上智大学中世思想研究所編訳)『キリスト教史1 初代教会』(講談社)の巻末。
マルー(上智大学中世思想研究所編訳)『キリスト教史2 教父時代』(講談社)の巻末。
Quasten, "Patrology," 4vols.
Frances Young, "From Nicaea to Chalcedon," SCM Press, London, 1983.の巻末。

3.中 世

「中世のキリスト教史は常識的に三つに区分できる。第一期は4世紀から10世紀までの初期、次の中世盛期は12,13世紀、そして14,15世紀が中世末期となる。」出村彰『キリスト教入門2 歴史』日本基督教団出版局、1977、p.27。

中世全般

出村彰、『中世キリスト教の歴史』、日本基督教団出版局、2005、407頁、6600円。
『総説 キリスト教史』の一部として執筆されたが、「筆を進めているうちに割当て稿量の何倍にもなってしまい・・・別個の書籍として刊行することになった」もの。参考文献表は邦語のもののみだが豊富で有用。人名索引はあるが事項索引がないのは残念。
中世を、(1)制度史的変遷、(2)知的形成の歴史、(3)敬虔の歴史という三つの視点から記述する。この視点は、「からだ・こころ・たましい」(1Thess5:23)に相当するらしい(「あとがき」、p.405)。ただしそのために、カタリ派とワルド−派、ウィクリフとフスのことが(1)に含められ、神秘主義が(3)ではなく(2)に位置づけられ、騎士団(3)は十字軍(1)と切り離されているという難点は残る。
「第1章 古代から中世へ」では時代区分と中世史の三視点。第2章は「古代世界の崩壊」、第3章は「二つの権能(教権と俗権)」、「第4章 中世的思惟の形成」ではスコラ学の盛衰と神秘主義、第5章は修道院の歴史、第6章は「中世世界の解体」。
アベラール(従来の通常の表記はアベラルドゥス)を「スコラ学の母」と呼んで、そのスコラ学の形成と発展への貢献を評価しているのは特徴的。
教団出版局の「総説」シリーズは、教師検定試験受験者を念頭にした標準テキストを目指すものだったのか(「あとがき」、p.401)。

アンセルムス(Anselmus, 1033-1109)

2015.11.23全面的に更新

アンセルムスはカンタベリーの大司教を務め(1093-1109)、その優れた働きによって「カンタベリのアンセルムス」と呼ばれている。1720年に「教会博士」の称号が与えられた。「スコラ学の父」とも呼ばれる。重要な著作は、『モノロギオン』、『プロスロギオン』、『クール・デウス・ホモ』の三つ。

アンセルムスの著作の邦訳は、次の三つが基本。

古田暁訳、『アンセルムス全集』(全1巻)、聖文舎、1980、改訂増補版1987。
収録されている内容は、ブログ"Nordica mediaevalis"で。
『中世思想原典集成7 前期スコラ学』、平凡社、1996。
収録されてい著作は、「モノロギオン」、「プロスロギオン」、「言の受肉に関する書簡(初稿)」、「哲学論考断片(ランベス写本五九)」、「瞑想」。その他の内容は平凡社のカタログで。
岩波文庫の1940年代のもの。
長沢信寿(ながさわ・のぶひさ)訳(表紙や奥付は「沢」、「寿」だが「解説」のところにある旧活字の署名は旧字体というか異体字の「澤、「壽」)。『モノロギオン』、『プロスロギオン』、『クール・デウス・ホモ――神は何故に人間となりたまひしか 』の各翻訳。いずれも著者の表記は「聖アンセルムス」。『プロスロギオン』には、「プロスロギオン」のほか、それに対する修道僧ガウニロの批判「愚かなるものに代りて」、及びこれに答えた書「アンセルムスの答弁」が収録されている。

その他の邦訳として、印具徹編『世界教育宝典 キリスト教教育編3』(玉川大学出版部、19691、19802)に印具徹訳「神の予知・予定及び恩寵と自由意志との融合一致について」がある。この著作は古田訳で『アンセルムス全集』にもあり。『中世思想原典集成10』(平凡社、1997)にカンタベリーのアンセルムス「書簡37」がある。山田晶、倉松功編『キリスト者の敬虔――印具徹先生喜寿記念献呈論文集』(ヨルダン社、1989)の中に、印具徹「聖アンセルムスの祈祷――その解説と翻訳」がある(印具徹は1911.8.10-2012.5.11)。古いもので、竹村清『聖アンセルムス傳及贖罪論 附 瞑想録』(新生堂、1930)というものがあるらしい。あたらしいところで、古田暁訳『祈りと瞑想――カンタベリーのアンセルムス』(教文館、2007)。

『モノロギオン』("Monologion," 1076)、『プロスロギオン』("Proslogion," 1078)
どちらも『アンセルムス全集』、『中世思想原典集成7』の両方に収録されている。どちらも古田暁訳なので、『中世思想原典集成』の方が新しいか。岩波文庫もあって、『モノロギオン』は岩波文庫3473-3475、1946。後に、青806-2、1988復刊第3刷、2000年春にリクエスト復刊。『プロスロギオン』は岩波文庫2940-2941、1942。後に青806-1、1987復刊第2刷(岩波文庫創刊60年記念リクエスト復刊)。
有名な神の存在の「証明」は、「プロスロギオン」の第一部。
「知解せんがために我信ず」(「理解するためにわたしは信じる」)("Credo ut intellegam")は、『プロスロギオン』1章で述べられている。出村彰は、「ラテン語の≪ut≫は英語の≪so that≫に相当するので、アンセルムスの思想的立場からするならば、むしろ「我信ず。そうすれば知解するようになる」と、結果に訳出する方がいっそう真意に近いと思われる。」と言っている。出村彰『中世キリスト教の歴史』日本基督教団出版局、2005、p.204。
もともとアウグスティヌスが「理解するために信じよ」"Crede, ut intelligas"と命令形で言った。アウグスティヌス『説教』43:7と9。「知解を求める信仰」("fides quaerens intellectum")も重要。
カール・バルト「知解を求める信仰――アンセルムスの神の存在の証明」は重要。『カール・バルト著作集8』(吉永正義訳、1983)に所収。
『クール・デウス・ホモ』("Cur Deus Homo," 1097-98)
長澤信寿訳(岩波文庫3575-3577、1948。1989第3刷、2002年春のリクエスト復刊は第4刷、青806-3。)か、古田暁訳『アンセルムス全集』で。(『中世思想原典集成』には入っていない。) 岩波文庫版は、本文211頁、訳者略註がpp.213-255の訳40頁、解説がpp.257-303の47頁。
第1巻全25章と第2巻全22章の2部構成。アンセルムスとその愛弟子ボソーとの対話の形式で書かれている。
「贖罪論の古典的なすぐれた作品であるというよりも、救済を基礎としたキリスト論に関する、独創的な書である・・・すなわち、神・人の必然性、ないしは理由ということが本書の主題であって、人間の救いのために、なぜまことの神にしてまことの人なる、イエス・キリストの人格が必然的でならなければならないかが、ここに論ぜられているのである・・・アンセルムスによれば、人間の罪が神・人の必然性の根拠である」斎藤正彦『イエス・キリストと教会』日本基督教団出版局、1977、p.192。

アンセルムスの研究書に、小野忠信『アンセルムスの神学』(新教出版社、1985、289+15頁、4500円)。生涯と思想をまとめたものに、印具徹『聖アンセルムスの生涯――その人格と思想』(中央出版社、1981、改訂版1989)。また、泉治典『アウグスティヌスからアンセルムスへ』(創文社、1980)。

個々の著作

「多くの偉大な中世文学の古典的作品――二作だけ挙げるとすれば、ダンテの『神曲』とジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』――は、カトリック信仰、その実践、および大衆信心といった背後の事情を考慮せずには、ほとんど理解することができない。」カニンガム『カトリック入門』、教文館、2013、p.400。

トマス・アクイナス(Thomas Aquinas, 1224-1274.3.7)、『神学大全』("Summa Theologiae," 1266-73)
原著名が、"Summa Theologica"(『キリスト教大事典』、出村彰『中世キリスト教の歴史』)だったり、"Summa Theologiae"(『岩波キリスト教辞典』、マクグラス『神学のよろこび』)だったりするが、『神学大全』の邦訳の底本等の表記によれば、"Summa Theologiae"のほうだ。英訳名は"Totality of Theology"。
全三巻の未完の大著。問答形式で意外と読みやすいらしい。第一巻は主として造り主なる神を扱う119問。第二巻はさらに二つに分けられて114問と189問。人類の神への回復を扱う。第三巻は90問で、キリストの人格と業がどのように人類の救いをもたらすか(マクグラス『キリスト教神学入門』p.77)。第三巻の途中でトマスはもうこれ以上書けないと言い、「自分がこれまでに書いてきた一切のものは、私にはわら屑のように見える」と言ったらしい。
邦訳は45巻だが冊数は39冊。トマス・アクィナス(高田三郎、村上武子、森啓、稲垣良典、大鹿一正、大森正樹、渋谷克美、松根伸治、片山寛、竹島幸一、田中峰雄、山田晶訳)(一部は監訳あり:日下昭夫、山本清志、山田晶)、創文社、1963-2012。第1部は1〜8巻。第2-1部は9〜24巻。第3部は25〜45巻。
マクグラスは、トマス・アクイナスの神学的貢献の中で特に重要なものとして、次の三つを取り上げている。(1)神の存在証明の5つの道、(2)類比の原理、(3)信仰と理性の関係。マクグラス『キリスト教神学入門』、p.78。
「組織神学のもっとも驚嘆すべき著作と考えられるものの一つ。」マクグラス『神学のよろこび』、p.16。
アッシジの聖フランチェスコ、『小さき花』("I Fioretti di S. Francesco d' Assisi," 14世紀初め?)
「小さき花」とは、詞華集(Anthologia)にあたるイタリア語。フランチェスコ(Francesco, 1181/2-1226)自身の作ではないらしく、14世紀半ばにラテン語の『聖フランシスとその伴侶の行伝』をイタリア語に編訳したものらしい。フランチェスコとその弟子たちの物語。「小鳥に神の愛を伝え、狼をも回心させる」(教文館の出版案内より)。永野藤夫訳(講談社、1986)、田辺保訳『聖フランチェスコの小さな花』(キリスト教古典叢書、教文館、1987、444頁、3500円。後に、新装版で2006、448頁、2520円。「聖痕についての考察」、「付加された章」、「太陽のうた」を併録)、石井健吾訳(聖母文庫、聖母の騎士社)など。
フランチェスコについては、川下勝、『アッシジのフランチェスコ』(人と思想184)、清水書院、2004、222頁、893円。
ダンテ、『神曲』(1314頃〜18頃)
地獄篇、浄罪篇、天堂篇。
マイスター・エックハルト、『神の慰めの書』(14世紀初め)
最も入手容易なのは、相原信作訳、講談社学術文庫690、1985、350頁、1000円。この本は、「第一部 論述」として「神の慰めの書」など5編、「第二部 説教」として8編、「第三部 伝説」として無名の信徒による「マイスター・エックハルトの時代と生涯」など3編を収録。筑摩書房1949年の文庫化。
トマス・ア・ケンピス(Thomas a Kempis)、『キリストにならいて』("De Imitatione Christi," 15世紀半ば)
『イミタチオ・クリスティ』の名で有名な本。著者は14世紀後半のオランダのヘーラルト・ホロートだという説もある。萩原晃訳(サンパウロ、478頁、1200円)、バルバロ訳(ドン・ボスコ社、362頁、1200円)、池谷敏雄訳(新教出版社、改訂版、310頁、1800円)、由木康訳(キリスト教古典叢書、教文館、2002新装復刊、282頁、2000円)は以前は角川文庫で出たものを改訳。他に、大沢章、呉茂一訳(岩波文庫(青804-1)、1962、560円)もある。これらは、1〜2文ごとに節番号がつけられているもの(荻原訳、由木訳)とそうでないもの(バルバロ訳、池谷訳、岩波版)とに分けられる。黙想と修養の書としては、文体、印刷、紙質、装丁のすべての面でバルバロ訳の最近の版がおすすめ。様々な邦訳については由木康訳の巻末が詳しい。
「第4巻は聖餐を受けるにあたって必要とされる心の準備やあり方についてわたしたちに深く教えている。ぜひ一読するようすすめたい」(赤木善光『聖餐論』日本基督教団自由が丘教会出版委員会、1981、p.138)。
2004.10.27朝日新聞朝刊で、ビル・クリントン(アメリカ前大統領)の「日本人に読んでほしいアメリカを知るための本」21冊の中に、『キリストにならいて』が入っている。これを読んでどんな「アメリカ」を知ることができるのかはたいへん謎であるが。
トーマス・モア、『ユートピア』(1516)。

目にとまった研究書

堀米庸三、『正統と異端――ヨーロッパ精神の底流』、中公新書、1964。
橋口倫介、『十字軍――その非神話化』、岩波新書、1974。

修道院

今野國雄、『修道院――祈り・禁欲・労働の源流』、岩波新書(黄151)、1981、222頁、380円。
朝倉文市(あさくらぶんいち)、『修道院』(講談社現代新書1251)、1995、255頁、650円。
参考文献表あり。

以上2冊は一般的なもの。定番とされているのは、次の2冊。D.ノウルズ(朝倉文市訳)『修道院』(世界大学選書、平凡社、1972(1969)、333頁)は、ベネディクト会中心の入門的な修道院史。今野圀雄『修道院』(世界史研究双書7、近藤出版社、1971、286+36頁)。新しいものとして、K.S.フランク(戸田聡訳)『修道院の歴史――砂漠の隠者からテゼ共同体まで』(教文館、2002、252頁、2800円)が、フランシスコ会士による近現代の修道院まで網羅した修道院通史として好評。その他、シトー会(トラピスト)について、ルイス・J・レッカイ(朝倉文市、函館トラピスチヌ訳)『シトー会修道院』(平凡社、1989(1977)、636頁)という厚い本があり、その巻末に用語解説、世界のシトー会の会員数などの詳細な統計や、参考文献解題がある。

杉崎泰一郎、『12世紀の修道院と社会』改訂版、原書房、2005、310頁、5985円。1999年初版に増補加筆した改訂版。「12世紀における修道士たちの広報活動に注目し、関連する史料を分析することで、情報を発進した修道士と、いわば観客としてこれを受信した修道院外部の人々との関わりについて論ずるもの」らしい。

4.宗教改革

4.1 総 論

2015.11.23全面的に更新

文献リスト: 『宗教改革著作集 第15巻』(教文館、1998)の巻末に、教会史通史と宗教改革期についての網羅的な邦語文献表あり。1996年までの日本語文献が分類されて記されている。

『宗教改革著作集』(教文館): 全15巻。『宗教改革著作集』全巻の内容は、こちらの教文館のページで。

宗教改革史の記述は、英語圏ではプリザーヴド・スミス、独語圏ではシューベルトらが第1世代、ジョージ・ウィリアムズやベイントン、ペリカンらによって宗教改革の包括概念が一気に拡張され、宗教改革の多様性が強く意識されて、原資料に手堅く立脚した研究が次々に公刊されたのが第2世代、そして宗教改革を特定の時代に限定することなくキリスト教の不断の自己改革として捉えたアッポルドは第3世代だ。出村彰によるアッポルド(徳善義和訳)『宗教改革小史』の書評(『本のひろば』、2013.4)より。

宗教改革全般を通史的に叙述しているもの

出村彰、『総説 キリスト教史 2宗教改革篇』、日本基督教団出版局、2006、258頁、3990円。
現在のところ最新で、第一に挙げられるのはこれ。
K.G.アッポルド(徳善義和訳)、『宗教改革小史』(コンパクトヒストリー)、教文館、2012、320頁、1890円。
Kenneth G. Appold, "Reformation: A Brief History". 第1章 中世キリスト教化の諸相、第2章 ルターのできごと、第3章 宗教改革は改革する、第4章 宗教改革が打ち建てたもの、エピローグ 宗教改革が遺したもの。ハンガリー、スカンディナヴィアなど、欧州大陸における広範な宗教改革を取り上げているとのこと。

その他、「教会史全般」の項で挙げられている文献。ウォーカー(塚田理、八代崇訳)『キリスト教史3 宗教改革』(ヨルダン社、1983)とか、ベイントン(出村彰訳)『宗教改革史』(新教セミナーブック7、新教出版社、1995、新教セミナーブックの前は、現代神学双書29、1966年)とか。

渡辺信夫、『神と魂と世界と――宗教改革小史』(白水叢書49)、白水社、1980、254頁。

文庫クセジュから、ちょっと古いが短く簡潔なものとして今でも有用なものに、エミール=G. レオナール(渡辺信夫訳)『プロテスタントの歴史』(文庫クセジュ、白水社、1968改訳)、リシャール・ストフェール(磯見辰典訳)『宗教改革』(文庫クセジュ、白水社、1971(原著1970)、146+14頁)。これは、第一章でルターの歩み(三大文書まで)、第二章「ルター派の宗教改革」で、ルターのヴォルムス国会以降のドイツの宗教改革の進展、第三章「ツヴィングリとブッッツァーの宗教改革」で、チューリッヒとシュトラスブルクの宗教改革、第四章は「カルヴァンの宗教改革」、第五章は「英国国教会の宗教改革」と、要領よく簡潔にまとめられている。

宗教改革の思想をまとめたもの

A.E.マクグラス(高柳俊一 訳)、『宗教改革の思想』、教文館、2000、371+38頁、4200円。
宗教改革の人文主義やスコラ主義との関係、宗教改革者5名の小伝の後、義認論、予定論、聖書論、サクラメント論、教会論などに分けて紹介している。付録も色々ある。基本的な教科書という感じ。マクグラスには『ポスト・モダン世界のキリスト教――21世紀における福音の役割』(教文館、2004)に、「宗教改革の思想」という講演録あり。ちょうどこの本の紹介になっているらしい。

R.メール他(小林恵一、中谷拓士訳)『プロテスタント――過去と未来』、ヨルダン社、1979。??。北森嘉蔵『宗教改革の神学』新教出版社、1966(2004オンデマンド)。金子晴勇、『宗教改革の精神』(中公新書)、1977。

日本ルター学会編訳、『宗教改革者の群像』、知泉書館、2011、480頁、8400円。高くてちょっと手が出ない。金子晴勇による「序 宗教改革者たちの時代」のあと、ヨハンネス・ロイヒリン、ロッテルダムのエラスムス、マルティン・ルター、フルドリヒ・ツヴィングリ、カスパール・シュヴェンクフェルト、トーマス・ミュンツァー、マルティン・ブツァー、フィリップ・メランヒトン、セバスティアン・フランク、そして、ジャン・カルヴァンの10人が紹介されている。最後のカルヴァンの執筆はリシャール・ストフェール(鈴木昇司訳)。

世界史の中での宗教改革を論じたもの

トレルチ(内田芳明訳)『ルネサンスと宗教改革』岩波文庫、1959。
「ルネサンスと宗教改革」、「啓蒙主義」、「プロテスタンティズムと文化との関係」の3編を収録。
ルネサンスとの関係で言えば同じ書名で、ディルタイ(西村貞二訳) 『ルネサンスと宗教改革――15・6世紀における人間の把握と分析』(歴史学叢書)、創文社、1978、191+6頁。
トレルチには他に、西田貞二訳『近代世界とプロテスタンティズム』(新教出版社、1962)とか、西田貞二訳『ヨーロッパ精神の構造』(みすず書房、1952)などあり。
リッター(西村貞二訳)、『宗教改革の世界的影響』(新教新書)、新教出版社、1967(1959)、186頁。
5論文。「宗教改革の精神的原因」、「ルター派、カトリックの世界像とヒューマニズムの世界像」、「ルターとドイツ精神」、「宗教改革とドイツの政治的運命」、「近代の教会史に反映したドイツの精神特質と西欧の精神特質」。巻末に訳者の「リッター教授と私」。
土戸清、近藤勝彦編、『宗教改革とその世界史的影響――倉松功先生献呈論文集』、教文館、1998、351+8頁、3150円。
14論文収録。近藤勝彦「ジョン・ロックの寛容論における神学的構成」、西谷幸介「トレルチ=ホル論争再訪」、金子晴勇「ルターからドイツ敬虔主義へ」、シュバルツヴェラー(佐伯啓、佐藤司郎訳)「ルターにおける義認と聖化」、古屋安雄「宗教改革の意外な影響」など。

B.メラー(森田安一、石引正志、棟居洋訳)、『帝国都市と宗教改革』、教文館、1990、221+26頁、3059円。原著1987年ドイツ語新版からの邦訳。第1章 中世末期の帝国都市、第2章 帝国都市における宗教改革の導入、第3章 自由都市における宗教改革の神学、第4章 ルター主義とツヴィングリ主義、第5章 自由都市の衰退、補遺 研究の現状によせて(1985年)。

その他、プロテスタンティズムと近代について論じた文献。

ドイツ宗教改革

R.シュトゥッペリヒ(森田安一訳)、『ドイツ宗教改革史研究』、ヨルダン社、1984(1980)、407+23頁、6900円。
著者の綴りは、Robert Stupperich。第一部は「ドイツ宗教改革史概論」(pp.17-226)。第二部は史料篇で約50の史料の断片。第三部は年表と伝記資料で、皇帝や選帝侯の一覧、改革者48人の略歴がすごい。第四部は訳者による「宗教改革史研究の手引――文献案内」。巻末の人名索引、事項索引はドイツ語表記が並べてあるのがよい。なんと200万分の一の地図付き。

P.ブリックレ(田中真造、増本浩子訳)『ドイツの宗教改革』(教文館、1991、406頁、3059円)という本もある。農民戦争を視野に入れ、政治史・社会史的研究資料をふまえた新しいドイツ宗教改革入門らしいがどうだろうか。

R.W.スクリブナー,C.スコット・ディクスン(森田安一訳)、『ドイツ宗教改革』(ヨーロッパ史入門)、岩波書店、2009、118+40頁、2205円。

スイス宗教改革

出村彰、『スイス宗教改革史研究』、日本基督教団出版局、1971、464頁、6100円。
2003年(or2004)からオンデマンド版、6405円。森田安一も必読文献だとしている。

再洗礼派については、『宗教改革著作集第8巻再洗礼派』(教文館、1992)の出村彰による解説をまず読む。また、出村彰『再洗礼派――宗教改革時代のラディカリストたち』(日本基督教団出版局、1970、197頁、オンデマンド版2730円)は、「紹介の目的として物語風にまとめて見た」(「あとがき」、p.193)もの。

出村彰は米国滞在を通して、「日本の教会が宗教社会学的な分類から言う「分派」的体質を備えていることを、つくづく感ぜざるを得なかった。・・・少なくとも「分派型」の教会の発想やその人々の生き方を知ることは、われわれ日本の教会にとってけっして単なる歴史的好奇心だけには留まらないと信じたい。」(『再洗礼派』の「あとがき」、p.195-196)

イギリスの宗教改革

八代崇、『イングランド宗教改革史研究』聖公会出版、1993、628頁。『イギリス宗教改革史研究』(創文社、1979)の続刊。

ピーター・ミルワード、『イギリスの宗教改革』、研究社、1994、75頁。

半田元夫、『イギリス宗教改革の歴史』(ベスト・ポケット・ライブラリー)、小峯書店、1971、154頁。

大木英夫、『ピューリタン――近代化の精神構造』、聖学院大学出版会、2006、230頁、2100円。もとは中公新書160として出た1968初版1972第2版。この中で、イギリスの宗教改革の複雑な状況がその意義が分かるように整理されて記されている。

4.2 ルターの著作

マルティン・ルター(Martin Luther, 1483-1546)。

マルティン・ルターの伝記・評伝は、「伝記」のページの「マルティン・ルター」の章へ。

三大著作

『キリスト者の自由』、『教会のバビロン捕囚』と『ドイツのキリスト者貴族に与える書』が3大著作と言われている。

『キリスト者の自由』("Von der Freiheit eines Christenmenschen")、1520。
田中理夫訳(聖燈社、1954初版1959改訂新版)が読みやすく、おすすめ。さらに、岩波文庫(石原謙訳、青808-1、360円)なら一般書店で容易に手に入る。「聖書への序言」(新約聖書への序言と、ロマ書、詩編の序言)も付いている。
現在の日本のルター研究の第一人者である徳善義和訳は、、『人類の知的遺産26』(徳善義和訳、講談社、1982)、『宗教改革著作集3』(徳善義和訳、教文館、1983)の他、『自由と愛に生きる――『キリスト者の自由』全訳と吟味』(教文館、1996)がある。『ルター著作選集』(教文館、2005)に収められたものは、あとがきによれば『宗教改革著作集3』と同一らしい。
その他の訳: 『ルター著作集 第一集第二巻』(山内宣訳、1963)は、唯一ラテン語版からの訳。ラテン語のタイトルは、"Tractatus De libertate christiana"。『世界の名著18』(塩谷饒訳、中央公論社、1969)、『世界の大思想3 アウグスチヌス・ルター』(徳沢得二訳、河出書房新社、1966。私が見たのは1970。1972の版は第5巻になっているらしい。さらに『ワイド版世界の大思想2-01 アウグスチヌス・ルター』2005が出ている)。アウグスチヌス『告白』と併せて全訳を収録。『キリスト者の自由』は約20頁分。
解説書として最新のものに、徳善義和訳、『キリスト者の自由――訳と注解』、教文館、2011、317頁、2940円。これは最初、『キリスト者の自由 全訳と吟味――自由と愛に生きる』、新地書房、1985。その後、『自由と愛に生きる――『キリスト者の自由』全訳と吟味』、教文館、1996初版1997再版、340頁、2500円。「ワイマール版ルター全集」からの翻訳。あとがきによれば、「『ルター著作選集』(教文館、2005年)の際にいささかの改訳の手を加えたので、それを用いた」(p.316)とのこと。また、「注解があとに続くことを考えて、あえて少し直訳調に訳してある」(p.8)とのこと。翻訳がpp.13-53、「緒論」として『キリスト者の自由』の新しさやルターの信仰の発展、『キリスト者の自由』の成立、構造、『キリスト者の自由』に見られるルターの発想、その後(特に日本での佐藤繁彦と石原謙との論争も)がpp.57-86。「付 教皇レオ十世に対する献呈辞」pp.87-103、注解がpp.107-304。その後、参考文献。緒論の中の「『キリスト者の自由』の構造」が書き直され、「『キリスト者の自由』に見るルターの発想」が新しく書き加えられた。その他最低限の改訂がなされているようだ。「本書は徳善先生による『キリスト者の自由』の翻訳と解説の決定版である」(『本のひろば』2011.9号の鈴木浩による書評)。
熊野義孝「『キリスト者の自由について」(『熊野義孝全集第10巻 歴史と現代 上』、新教出版社、1981年、185-272頁)は、「キリスト者の自由」の1節ずつの解説と成立の経緯、そして「キリスト教における自由の意識」という小論を含む。
『教会のバビロン幽囚』("De captivitate Babylonica ecclesiae praeludium")、1520。
ラテン語で書かれた。古くは、藤田孫太郎訳(ルター選集V、新教出版社、1957)。岸千年訳『ルター著作集第一集第三巻』(聖文舎、1969)では「教会のバビロン虜囚について、マルチン・ルターの序曲」という題。岸千年(きし・ちとせ)は、1898.1.15-1989.6.30。
抄訳であるが、新訳として、『ルター著作選集』(教文館、2005)に鈴木浩訳がある。序文から「パンのサクラメントについて」までの部分。
『ドイツのキリスト者貴族に与える書』("An den Christlichen Adel deutscher Nation von des Christlichen standes besserung")、1520。
印具徹訳で『ルター著作集 第一集第二巻』(タイトルは「キリスト教界の改善に関してドイツのキリスト者貴族に与える書」)。あるいは、成瀬治訳で『世界の名著18』(中央公論社、1969)(タイトルは「キリスト教界の改善についてドイツ国民のキリスト教貴族に与う」)。
『ルター著作選集』(教文館、2005)に、ルター著作集の印具訳をもとに江口再起が抜粋・改訂したものが収録されている。

その他の重要著作

『九十五箇条の提題』("Disputatio pro declaratione virtutis indulgentiarum")、1517。
ラテン語で書かれた。邦訳は、緒方純雄訳「贖宥の効力を明らかにするための討論」(『ルター著作集 第1集第1巻』、聖文舎)。小島潤訳「赦免の効力を明らかにするための提題」(『ルター篇』キリスト教古典叢書第7巻、新教出版社)。
『ルター著作選集』(教文館、2005)に、ルター著作集の緒方純雄訳をもとに徳善義和が改訂したものが収録されている。
『善きわざについて』("Von den guten Werkenn")、1520。
小島潤訳「善行論」(『ルター編』キリスト教古典叢書第七巻、新教出版社、1956)か、福山四郎訳『ルター著作集第一集第二巻』(ルター著作集編集委員会編、聖文舎、1963)。ルター著作集分冊3としても出ている(聖文舎、1969、180頁)。『ルター篇』では原題は"Ein Sermon von den guten Werken"となっている。倉松功訳が『世界教育宝典(キリスト教教育編4) ルター・ツウィングリ・カルヴァン』(小平尚道編、玉川大学出版部、1969)にあるようだ。
『ルター著作選集』(教文館、2005)に、ルター著作集の福山四郎訳をもとに江藤直純が抜粋・改訂したものが収録されている。第二の戒めまで。
『大教理問答書』("Deudsh Catechismus (Der Grosse Katechismus)")、1529。
『大教理問答書』は「問答書」と言い慣わされているが、問答形式ではない。第一部 十戒、第二部 使徒信条について、第三部 主の祈り、第四部 洗礼について、第五部 聖壇の礼典について。『ルーテル教会信条集《一致信条書》』(信条集専門委員会訳)、『ルター著作集第一集第8巻』(福山四郎訳)にある。『ルター著作集』のものは分冊もある。『宗教改革著作集』にはない。『信條集 前篇』には序文と十戒、使徒信条の部分のみしかない。
『小教理問答書』("Enchiridion: Der kleine Catechismus fur die gemeine Pfarher und Prediger")、1529(1531)。
『小教理問答書』は、『ルーテル教会信条集《一致信条書》』はもちろんのこと、様々な訳があり、主なものに、内海季秋・宮坂亀雄訳『小教理問答書』(日本福音ルーテル教会)は小冊子、『宗教改革著作集14』(徳善義和訳)があり、さらに加藤常昭訳「M.ルタ−『小教理問答』私訳と略解」が『季刊 教会』21号(1995冬号)にある。詳しくは、三要文のページで。
『奴隷的意志について』("De servo arbitrio")、1525。
山内宣訳、『ルター著作集 第一集第7巻』(ルター著作集編集委員会編、聖文舎、1966)のpp.1-532(p.103までがエラスムスの「自由意志について」の全文。それに対するルターの「奴隷的意志について」がpp.105-490。残りは注)。山内宣訳の約5分の1の抄訳が『世界の名著18』(中央公論社、1969)にある。「ルター自身の言葉によれば、彼の著作の中で『教理問答書』とともに、もっとも重大な著作。」(小牧治、泉谷周三郎、『ルター』清水書院、p.186)
『ルター著作選集』(教文館、2005)に、ルター著作集の山内宣訳をもとに鈴木浩が抜粋・改訂したものが収録されている。全体のほぼ1割五分ほどとのこと。
「『自由意志』論争での中心問題は、単なる人間の意志の可能性の問題ではなく、「人間の義」か「神の義」か、という信仰にとって決定的に重要な意義を持つ、『救い』の問題であった。」(小牧治、泉谷周三郎、『ルター』清水書院、p.194)

ちなみに、ジョン・ウェスレーが回心したときに朗読されていたというルターの「ロマ書序文」は、石原謙訳『キリスト者の自由』(岩波文庫)、徳善義和訳『宗教改革著作集4』にある。『ルター著作選集』(教文館、2005)に収められたものは、あとがきによれば『宗教改革著作集4』と同一らしい。

「十字架の神学」という言葉を使ったのは、「ハイデルベルク討論」(1518年)。『ルター著作選集』(教文館、2005)に収録されている。

「大胆に罪を犯しなさい。」は、1521年8月1日付の「メランヒトンへの手紙」。徳善義和編訳『マルチン・ルター 原典による信仰と思想』(リトン、2004)のp.126に収録されている。

著作集原典

原典についての情報は、徳善義和『マルチン・ルター 原典による信仰と思想』(リトン、2004)の巻末に詳しくある。これは、『宗教改革著作集3 ルターとその周辺T』(教文館、1983)の巻末とほとんど同じ。違いは、ワイマール版の第一部の刊行状況とCD-ROM化の情報の追加くらい。

ルターの原典著作集には、ワイマール版(全集)やクレーメン版(これは選集)などがある。ワイマール版が現在復刻されている最中である。Hrsg.von der Heidelberger Akademie der Wissenschaften, "D.Martin Luthers Werke Weimarer Ausgabe." 教文館によると、「復刻版 ワイマール版 ルター全集 批評的校訂版 全4部(120巻)、別冊書き下ろし「最新解説巻」(全4冊)つき」とのこと(Sonderedition in 120 Textbaenden mit jeweils einem neu erarb. Beigleitheft zu den vier Abteilungen)。
Abt.1: Tischreden (6 Bde.) 2000年
Abt 2: Deutsche Bibel (15 Bde.) 2001年
Abt 3: Briefwechsel (18 Bde.) 2002年
Abt 4: Werke (81 Bde. in 5 Tle.) 2003年10月〜2007年10月発行予定
全部揃えて2007年末まで特価4838,30ユーロ(約65万円)。情報はこちら

現代ドイツ語訳の選集には、ミュンヘン版などいろいろ。

ちなみに英語版は、J.Pelikan and H.T.Lehman ed. "Luther's Works: American Edition," 55vols., 1955-1986。2002年にCD-ROMで出た。さらに、2009年からNew AdditionsとしてVol.56-75の刊行が始まった。

ルター著作集編集委員会編、『ルター著作集』

第一集から第三集まで計画されていたが、完成しないうちに聖文舎が出版事業から撤退してしまった。2005年秋にリトンが、第2集第9巻『ローマ書講義・下』から『ルター著作集』の刊行を再開した。

第一集
第一集は、全12巻の予定のところ、聖文舎からは1〜10巻まで刊行された。
第8巻 1983改訂第2版。
第二集
第二集は、聖書講解を12巻に収録する予定だった。創世記、詩篇、イザヤ書、山上の説教、ヨハネ伝、ローマ書、第一コリント15章、ヘブル書、ガラテヤ書など。これらのうち聖文舎から刊行されたのは8、10、11、12の4巻。
第3巻『第二回詩篇講義』(竹原創一訳)、リトン、2009。1519〜1521年の『第二回詩編講義』の序文と詩編第1〜6編の講義(ただし、ルターの第二回詩編講義は21編の途中までなされた)。ちなみに、第一回詩編講義は1513年。
第4巻『詩編序文、悔改めの詩編、イザヤ諸序文、イザヤ書9章講解、イザヤ書53章講解』(徳善義和、俊野文雄、中野隆正訳)、リトン、2007。徳善義和訳「詩編序文」(1528年)、俊野文雄訳(徳善義和改訂)「七つの悔改めの詩編」(1525年))、徳善義和訳「イザヤ書序文」(1528年)、中野隆正訳(徳善義和監修)「イザヤ書第9章講解」(1543-44年)、徳善義和訳「イザヤ書第53章講解」(1544年)。
第5巻『新約聖書序文・山上の説教』(徳善義和、湯川郁子、三浦謙訳)、リトン、2007。1522年版の新約聖書序文(徳善訳)と、1530/1532年版のマタイによる福音書第5章−第7章についての週日説教。
第6巻『ヨハネ福音書第1、2章説教』(徳善義和監修、江口再起、湯川郁子、中野隆正訳)、リトン、2010。1537年7月から1538年3月までのヨハネによる福音書第1章と第2章の21説教。訳注、索引、解説(徳善義和)。
第7巻『ヨハネ福音書第3、4章説教』徳善義和監修、立山忠浩、徳善義和、中野隆正、稲田実訳)、リトン、2008。1538年3月から1540年9月まで、ルターが週日説教として、土曜日に連続して説教した、ヨハネによる福音書第3章全体と第4章冒頭部分についての32説教、訳注、索引、解説(徳善善和)。
第8巻『ローマ書講義 上』(日本ルーテル神学大学ルター研究所編、徳善訳)、聖文舎、1992。
第9巻『ローマ書講義・下』(徳善義和訳)、リトン、2005。解説、解題、年表付き。
第10巻『コリント人への第一の手紙第15章講解、ヘブル人への手紙講解』(日本ルーテル神学大学ルター研究所編、1コリが徳善訳、ヘブルは岸千年訳)、聖文舎、1988。
第11巻『ガラテヤ書大講解 上』(日本ルーテル神学大学ルター研究所編、徳善訳)、聖文舎、1985。
第12巻『ガラテヤ書大講解 下』(日本ルーテル神学大学ルター研究所編、徳善訳)、聖文舎、1986。
(ちなみに、「大」であるのは、「小」(1516〜17年の講解)があるから。)
第三集
第三集も全12巻の予定で、説教、書簡、卓上語録(抄)のほかルター語彙辞典などが計画されていたが、日の目を見たものはない。第一集第4巻のp.10には、この巻に収めるはずだった「ラトムス駁論」は翻訳の完成が遅れたため、第三集の諸作補遺の部に収めることにしたとある。
ルター著作集の分冊 聖文舎。
全部で8冊が新書サイズで1967〜1973年に出た。基本的に、著作集にある注は分冊にはない。いくつか(あるいは全部?)には1983年の版もある。
1.『九十五個条の提題 キリスト者の自由』、1967。
「贖宥の効力を明らかにするための討論(九十五個条の提題)」1517(緒方純雄訳)と、「キリスト者の自由について(ラテン語版)」1520(山内宣訳)。著作集第二巻所収のものだが、著作集にはない、全体を30の項に分ける番号が付されている。解説は山内宣。表紙の絵について、「表紙は修道士のころのルター(クラナハ絵)」と裏表紙に記されている。
2.『大教理問答書』(福山四郎訳)、1967。
解説は笠利尚。1967年初版の表紙は、ガウンを着たルターのレリーフのようなやや不鮮明な上半身像。1983年の第3版では、異なるものに差し替えられており、「表紙は大教理問答書が出版されたころのルター(クラナハの版画)」と裏表紙に記されている。
3.『善きわざについて』(福山四郎訳)、1969。
4.『キリスト教界の改善に関してドイツのキリスト者貴族に与える書』(印具徹訳)、1971。
5.『教会のバビロン虜囚について』(岸千年訳)、1971。
6.『ドイツ農民戦争』(渡辺茂、有賀弘訳)、1973。
「暴動を起こす霊の持ち主について」、「農民の十二個条に対する平和勧告」、「農民の殺人・強盗団に抗して」、「農民に対するパンフレットについての書簡」。
7.『マグニフィカート』、(内海季秋訳)、1973。
8.『キリスト者の抵抗権について』(徳善義和、神崎大六郎訳)、1973。
「この世の権威について」、「軍人もまた救われるか」、「皇帝に対する抵抗権について」。
ルーテル神学大学/日本ルーテル神学校ルター研究所編、『ルター著作選集』、教文館、2005、693頁、4500円。
後に、キリスト教古典叢書の一つとして再版、2012、696頁、5040円。
『ルター著作集』をもとに、主要著作について、訳を改訂して年代順に並べたもの。主要な著作を網羅している必携の書。だが、一部抄訳のものもあるので、目次にそう明記しておいてほしかった。「キリスト者の自由について」と「ローマの信徒への手紙序文」は『宗教改革著作集』の中のと同じ徳善訳。巻末に各文書ごとの「解説と解題」あり。
「贖宥の効力を明らかにするための討論」、「ハイデルベルクにおける討論」、「二種の義についての説教」、「死への準備についての説教」、「洗礼という聖なる尊いサクラメントについての説教」、「キリストの聖なる真のからだの尊いサクラメントについて及び・・・」、「善い行いについて」(抄訳、第二戒まで)、「キリスト教会の改善に関してドイツのキリスト者貴族に宛てて」(抄訳、ローマの三つの城壁に関する主要箇所と、具体的問題を扱う27項目の内1,9,14,25)、教会のバビロン捕囚(抄訳、序文から「パンのサクラメントについて」までの部分)、「キリスト者の自由について」、「マグニフィカート・・・」(抄訳)、「福音において何を求め、期待すべきか・・・」(今回初訳)、ロマ書序文、「この世の権威について、・・・」、「ミサと聖餐の原則」、「ドイツ全市の参事会員に宛てて、キリスト教的学校を設立し・・・」、「シュヴァーベンの農民の十二箇条に対する平和勧告」、「奴隷的意志について」(抄訳、全体の15%)、「ヒエロニムス・ヴェラーとニコラウス・メドラーの博士取得のため・・・」、「人間についての討論」、「義認についての討論(提題)」、ヴィッテンベルク版の「ドイツ語著作全集」と「ラテン語著作全集」それぞれの第一巻序文。

『ルター著作集』以外で、ルターの著作を集めたもの

岩波文庫
以下の4種類。いずれも著者名の表記は「マルティン・ルター」。
(1) 石原謙訳『キリスト者の自由・聖書への序言』(957、後に青808-1、1933初版、1955新訳)。初版1933年は『基督者の自由 他三篇』のタイトルで957番。内容は、「基督者の自由について」(「について」が付いている)、「『ドイツ語新約聖書』序言」、「同 ロマ書の序言」、「同 ヤコブ書及びユダ書の序言」。改訂版1934年は、番号は同じ957番で、全体に渡って訳文が見直された。1955年新訳は『キリスト者の自由・聖書への序言』のタイトルで、番号は変わらず957番だが、内容は、「キリスト者の自由」、「聖書への序言」として「新約聖書への序言」、「聖パウロのローマ人にあたえた手紙への序言」、「詩篇への序言」になっている。つまり、これ以前のものの中の「ヤコブ書及びユダ書の序言」が「詩篇への序言」に替えられた。その後、増冊が繰り返されている。
(2) 吉村善夫訳『現世の主権について 他二篇』(5153-5154、後に青808-2、1954)。1977年第2刷は岩波文庫創刊50年記念復刊、1996年春リクエスト復刊。他二篇とは「軍人もまた祝福された階級に属し得るか」と「ドイツ全都市の市参事会員に対する勧告」。
(3) 吉村善夫訳『マリヤの讃歌 他1編』(古くは2651-2652、後に青808-3、1941)。1993年秋リクエスト復刊。吉村善夫訳「マリヤの讃歌」と石原謙、吉村善夫訳「死の準備についての説教」。
(4) 石原謙訳『信仰要義』(2001-2002、後に青808-4、1939)。1940年の再冊に際して訳文の「不穏当な箇所」や誤植などが訂正されている。1984年に第12刷。「小教理問答書」「シュマルカルデン條項」「信仰條項の告白」「十戒の要義、信仰の要義、我等の父(主の祈)の要義」を収録。「信仰條項の告白」は、『キリストの聖餐禮を論ず、告白』("Vom Abendmahl Christi, Bekenntnis," 1528)の第三部とのこと。
日本基督教協議会文書事業部キリスト教古典叢書刊行委員会 編訳、『ルター篇』(キリスト教古典叢書7)、新教出版社、1956、486頁。
小島潤訳「赦免の効力を明らかにするための提題」(1517) いわゆる「95箇条の提題」。
今井晋・
神崎大六郎訳
「贖宥の効力に関する論議の解説」(1518)
小島潤訳「秘蹟論」(1519) 三つの説教からなる。「悔改めの秘蹟についての説教」、「洗礼の聖なる尊い秘蹟についての説教」、「キリストの聖なる真の身体の尊い秘蹟と兄弟交についての説教」。
小島潤訳「善行論」(1520) いわゆる「善き業について」。
小島潤訳「ドイツ語のミサ」(1525)
松田智雄責任編集、『世界の名著18 ルター』、中央公論社、1969、554頁。
この『世界の名著』はハードカバー、箱付きで全66巻のシリーズ。後に、ソフトカバーの『中公バックス 世界の名著』全81巻となった。そこでは「ルター」は第23巻、1979。内容は同一。
塩谷饒訳「キリスト者の自由」 (全訳)
成瀬治訳「キリスト教界の改善について――ドイツ国民のキリスト教貴族に与う」 (全訳)
山内宣訳「奴隷的意志」 (約5分の1に抄訳)
(魚住昌良訳「農民の十二箇条」 (全訳)
渡辺茂訳「シュワーベン農民の十二箇条に対して平和を勧告する」 (全訳)
渡辺茂訳「盗み殺す農民暴徒に対して」 (全訳)
渡辺茂訳「農民に対する過酷な小著についての手紙」 (約2分の1に抄訳)
魚住昌良訳「商業と高利」 (約2分の1に抄訳)
笠利尚訳「詩篇講義」 (ほんのわずかの抜粋)
笠利尚訳「ローマ書講義」 (約15分の1に抄訳)
徳善義和訳「ガラテア書講義」 (約10分の1に抄訳)
塩谷饒訳「卓上語録」 (ほんのわずかの抜粋)
「農民の十二箇条」はルターの著作ではないが、これに対してルターが書いた勧告の全訳に先立って、「農民の十二箇条」も収録されている。なお、「農民の十二箇条」は『宗教改革著作集7』にもある。
今井晋『ルター』(人類の知的遺産26)、講談社、1982、325頁。
日本におけるルター研究として波多野精一、石原謙、佐藤繁彦、北森嘉蔵、武藤一雄を紹介。ルターの思想的特質、生涯。宗教改革後の神学思想におけるルター像、特にカール・ホル、バルト、ティリッヒ。ルターの愛誦聖句は詩編118:17とのこと(p.102)。
ルターの著作の訳は、
笠利尚訳「詩篇講義」(1513-15)抄訳というより抜き書き。
笠利尚訳「ローマ人への手紙講義」(1515-16)抄訳
笠利尚訳「ガラテヤ人への手紙講義」(1517)抄訳
徳善義和訳「キリスト者の自由」(1520)全訳
山内宣訳「奴隷意志論」(1525)抄訳
それぞれに解説あり。
出村彰、徳善義和、成瀬治、八代崇責任編集、『宗教改革著作集 第3巻 ルターとその周辺T』、教文館、1983、503頁、最初は3500円後に6800円。
次の三つのルターの著作が収められている。
徳善義和訳「キリスト者の自由」(1520)
俊野文雄訳「七つの悔改めの詩篇」(1525)
徳善義和、三浦謙訳「『山上の教え』による説教」(1530-32)
出村彰、徳善義和、成瀬治、八代崇責任編集、『宗教改革著作集 第4巻 ルターとその周辺U』、教文館、2003、380頁、5000円。
この中に、徳善義和監訳でルターの「聖書序言集」(1522-45)がある。その他はメランヒトンの「神学要綱」。
『キリスト教神秘主義著作集 第11巻 シュタウピッツとルター』、教文館、2001、520頁、7770円。
この中に、金子晴勇訳「ルターの神秘思想を表わすテキスト」、竹原創一訳「第2回詩編講義(抜粋)」あり。
ルター選集、聖文舎。
新教出版社の1949年から1960年代初めまでの「ルター選集」とは別に、聖文舎から出たもの。
1:石居正己編訳、『ルターの祈り』、1976。
     (2013復刊、リトン、1200円+税。)
2:岸千年編訳、『ルターの説教』、1977。
3:宝珠山幸郎編訳、『ルターのことば』、1983。
4:岸千年編訳、『ルターの説教2』、1986。
金子晴勇訳、『ルター神学討論集』、教文館、2010、272頁、4200円。
14の討論集。翻訳と、解説、論文。

抜粋集

徳善義和編、『マルチン・ルター――原典による信仰と思想』、リトン、2004、230頁、3000円。
もとは『世界の思想家5 ルター』(平凡社、1976)であって、版は新しく組み直されているが、内容は全く同一。最初に編者による「思想と生涯 状況の神学者ルター」で26頁で思想と生涯を概説。その後、ルターの膨大な著作の中からエッセンスを抜粋して、「聖書を読む」、「対決と形成」、「キリスト教的人間」、「フマニスムスとのかかわり」、「歴史に生きる」の五つの観点で章にまとめられている。各章の前に見開き2頁で概説。訳は新訳。巻末に文献案内あり。ルターの原典の全集の情報や主要著作の紹介がある。この中の原典の全集の情報は更新されているが、日本語の参考文献は、徳善訳著『自由と愛に生きる――「キリスト者の自由」全訳と吟味』が追加されているのみでお粗末。聖文舎のルター著作集の刊行状況すら更新されていない。引用文献一覧、語句の索引あり。

卓上語録

ルターの『卓上語録』の邦訳にはこれまで、佐藤繁彦訳(グロリヤ出版、1988)、前野正訳(上下2巻、キリスト教図書出版社、1991)があるが、一般にはあまりなじみがなかったように思う。藤田孫太郎による抜粋訳(藤田孫太郎編訳『ルター自伝 「卓上語録」による』(新教新書13)、新教出版社、1959、124頁)が長く親しまれていた。『世界の名著』にも、ほんのわずかの抄訳あり。

ルター(植田兼義訳)、『卓上語録』、教文館、2003、408+22頁、3000円。
1078編を収録。人名索引、聖句索引あり。『卓上語録』では、まずどの本文を翻訳の底本とするかが問題であるが、この訳書は、ワイマール版(全6巻!)に依拠しつつ、ワイマール版、クレメン版、ミュンヘン版、アラント版の相違を記載している。巻末にはワイマール版との番号対照表あり。次に、膨大な項目からどれを選ぶかが問題であるが、本書は「訳者は神学者ではないので、独訳を参考にして選んだ」という。そして、それらをどう分類するかであるが、本書は「アラント版、ミュンヘン版の事柄に即した配列に依拠し、主としてミュンヘン版に従い、アラント版から同じ項目を補足」したという。その結果、第一部「ルターの活動」、第二部「ルターの仕事」、第三部「もろもろのものに対するルターの見解」の三つに分けられている。
ルター(藤代幸一編訳)、『ルターのテーブルトーク』、三交社、2004、286頁、2940円。
「キリスト教信仰や神学を主題とした作品を、できる限り中心に据えないないこと」を基本方針に、訳者が興味ある発言を任意に選んだとのこと。「『テーブルトーク』はきわめて膨大なもので、とうていキリスト教信仰だけに尽きるものではなく、・・・〔これまでの〕翻訳には欠落していた部分を補完することによって、『テーブルトーク』の全体像に近づきたいと思った」(訳者の「まえがき」)。主に世俗の話題を中心におよそ350編が選び出されている。「悪魔」、「食文化」など、13に分類。当時の教皇に対する批判などもおもしろい。人名索引付き。ワイマール版からの翻訳で、その通し番号も付されている。一部はFB版(アウリファーバーの初版に基づき19世紀前半に刊行された『テーブルトーク』全4巻(フェルスターマンとビントザイルの編)の通し番号。

その他

マンシュレック編(平井清訳)、『改革者の祈り』(新教新書12)、新教出版社、1959初版、1996復刊(原著1958)、204頁、1200円。
1983第9版の後、1996年に名著復刊第1集「祈りと証し」の10冊の内の一つとして復刊(1996復刊の後付の初版年が1958となっているのは1959の誤り)。ルター、カルヴァン、メランヒトン、ノックスらの祈りが集められている。礼拝の中での祈り、諸式での祈り、その他テーマごとにまとめられている。主の祈りの文言に沿ったルターの祈りがpp.24-28にある。
マルティン・ルター(藤田孫太郎編訳)、『祈りと慰めの言葉』(新教新書14)、新教出版社、1956初版、1996復刊、146頁、1000円。
1983第8版の後、1996年に名著復刊第1集「祈りと証し」の10冊の内の一つとして復刊。ルターの著作から祈りと慰めに関する抜粋。主の祈りと十戒の解説、小教理問答の中の祈り、61の短い聖句にごく短い解説を付けた「慰めの教え――聖句小講解集」(レーレル・アウリファーベル共編、1547年)、慰めの手紙、臨終の時の慰めの説教など。
ルター(ベイントン編、中村妙子訳)、『クリスマス・ブック』(新教新書22)、新教出版社、1958初版、138頁。
ルターのクリスマス説教集。現在は1983年刊のB5変形128頁1700円。『イースター・ブック』(1983、130頁、1700円)もある。
徳善義和監修、湯川郁子訳、『慰めと励ましの言葉――マルティン・ルターによる一日一章』、教文館、1998、386頁、2940円。
鍋谷堯爾編訳、『マルティン・ルター 日々のみことば』、いのちのことば社、2004、430+索引7頁、2940円。
原著は"Day By Day We Magnify Thee," Margarete Steiner and Percy Scott, 1950。現在の版権はMethodist Publishing House: U.K.か? 初訳は1967年。新改訳聖書の表現に基づいて改訂された新装再版。ルターの言葉による1年366日分の日課。ワイマール版などからの出所が明記されている。366日分のほかに、受難、復活祭、聖霊降臨祭、待降節・降誕節が巻末にまとめられている。巻末に聖句索引あり。3月16日はトビト書11:15。
T.G. タッパート編(内海望訳)、『ルターの慰めと励ましの手紙』、リトン、2006、461頁、6300円。
203編の手紙などを11のテーマごとに時系列に並べたもの。
金子晴勇訳、『生と死の講話』、知泉書館、2007、244頁、2940円。
「詩編90編の講話」(1534年)と「死の準備についての説教」(1519年)。この本より先に同じ訳者で『生と死について 詩篇90篇講義』(創文社、1978)がある。
石居正己『ルターと死の問題――死への備えと新しいいのち』(リトン、2009)に、「死への準備についての説教」の抄訳があるらしい。
金子晴勇訳、『主よ、あわれみたまえ――詩編51編の講解』、教文館、2008、256頁、1995円。
1513-15年の第1回詩編講義、1517年の七つの悔い改めの詩編の講解、そして、1530年のアウグスブルク国会を経て、1532年になされた第3回目の詩篇51編の講解。
金子晴勇訳、『心からわき出た美しい言葉――詩編45編の講解』、教文館、2010、240頁、2625円。
悔い改め・信仰・義認を教える詩篇51編に続き、喜ばしい気持ちを伝えるとして取り上げられた1532年の詩編45編の講解。
『イエス・キリストについて(1533年)復刻版と訳――ルター研究所開設25周年記念出版』、教文館、2010、78+100頁、4410円。
ルーテル学院大学創立100周年記念、ルター研究所開設25周年記念として購入された1533年のルターの説教「イエス・キリストについて」の初版B版の復刻版に、訳と解説の別冊を添えたもの。使徒信条の第2項についての三つの説教。解説では当時の出版事情も概観されているらしい。
植田兼義、金子晴勇訳、『ルター教会暦説教集』、教文館、2011、272頁、3465円。
10編の説教集。
W. シュパルン編(湯川郁子訳)、『ルターの言葉――信仰と思索のために』、教文館、2014、260頁、2000円+税。
ルターの様々な著作から選び出された名言・名句を「信仰」、「みことば」、「経験」、「自由」、「人の心」の五つに分類したアンソロジー。一つひとつの解説はない。

4.3 カルヴァンの著作

ジャン・カルヴァン(Jean Calvin, 1509-1564)。

ジャン・カルヴァンの伝記・評伝は、「伝記」のページの「ジャン・カルヴァン」の章も参照。

文 献

『宗教改革著作集9 カルヴァンとその周辺T』(教文館、1986)の巻末に、「主要文献」としてカルヴァンの著作、研究書が挙げられている。邦語のものも含まれている。

原 典

"Corpus Reformatorum: Calvini Opera," 59vols., 1863-1900.

"Calvini Opera Selecta," 5vols. 第1巻は『キリスト教綱要』初版をはじめ、1533〜41年の著作、第2巻は1542〜64年の著作、第3〜5巻は『キリスト教綱要』1559年版。

主な著作の和訳

和訳されている著作の内の主なもの。説教、聖書講解は除く。

『キリスト教綱要』("Institutio Christianae Religionis")、15361,15392,15433,15504,15595
まずラテン語で記し、その後、自分であるいは秘書を使ってフランス語に翻訳された。ただし、1536初版にはフランス語版はない。最も重要な改編は、1539ラテン語版と1541フランス語版、1559ラテン語版と1560フランス語版の二組。これらについては久米あつみ『宗教改革著作集9』教文館の「解題」を見る。
渡辺信夫訳『キリスト教綱要 改訳版』全3巻、新教出版社、2007-2009。。1559年ラテン語最終版のみを底本とし、ラテン語原文における一文が訳文でもできるだけ一文になるように訳された、全面改訳。注は前訳よりも減っている。旧版にあった各節の要旨はない。第1巻(2007、583頁、4725円)は第1編と第2編を収録。第2巻(2008、527頁、4725円)は第3編を収録。第3巻(2009、608頁、4725円)は第4編と「訳者あとがき」聖句索引。
「『綱要』原典は版によって句読点が違います。以前は一番読みやすいテキスト、つまり区切りが短いものを選んだのです。ところが、あとになって読むと、しっくりこない。文をブツブツと切っているせいだと気づきました。それが改訳の動機の一つです」(『朝日新聞』2010.1.16夕刊)。目の不自由な方のために、点字本とともに音訳を提供しなければならないと考え、訳文がほぼでき上がった段階で朗読奉仕の方々に読んでもらい、読みにくいところ、読む人自身の理解の困難なところを指摘してもらって、原稿に手を入れた。(「訳者あとがき」による)。
従来の渡辺信夫訳は新教出版社、1962-1965、全4巻6冊+別巻。1559年のラテン語最終版だけでなく、その自由訳であるフランス語版(1560)も底本としていた。別巻は索引と文献。旧版ではラテン語版とフランス語版の違いが分かるようにされていたが、改訂版では必要な箇所でのみフランス語版での記述が記されている。
渡辺訳以前は、中山昌樹訳『基督教綱要』(新生堂、後に新教出版社)だった。ちなみに英訳名は"Institutes of the Christian Religion"。
"institutio"については、渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』(カルヴァンとカルヴィニズム研究双書シリーズ1)、神戸改革派神学校(発売:聖恵授産所出版部)、1998の第1講を見る。渡辺信夫によれば、「綱要」と訳されているinstitutioという語は、当時、カテキズムと同義語であった。渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』、1998、p.10。「フランス国王への序文」によれば、反対者の声が大きい中で国王に対して教理の正当性を弁証する前に、人々が真の信仰へと整えられる入門書であることが意図されていた。久米あつみ訳『宗教改革著作集9』、p.11あたり。なお、未見だが、渡辺信夫『カルヴァンの『キリスト教綱要』を読む』、新教出版社、2007、257頁、2205円という本もある。
ちなみに、綱要の序文の「フランソワ1世への手紙」は、渡辺信夫によれば、「神学文献というよりは弁証文学であって、これだけで独立して読まれるに値するが、神学的に解明する意味はないように思う」(渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』、p.34)。と言っているが、改訂版の凡例では「「綱要」本文と別に成立した文書として意味あるものである」としている。
綱要の部分訳など
H.カー編(竹森満佐一訳)、『キリスト教綱要抄』(新教セミナーブック3)、新教出版社、19581,1994復刊(1939)、337+16頁、3800円。これは、『キリスト教綱要』の重要箇所を抜粋して約十分の一にした英語訳からの重訳。とりあえず「綱要」に親しむのによい。
ヘンリー・ヴァンアンデル編(吉岡繁訳)『キリスト者の生活綱要』(つのぶえ社、1983改訂初版、108頁、550円)は、『綱要』最終版の第3編第6〜10章(V/6/1〜V/10/6)を英語で要約したものの翻訳。原題は『真のキリスト者生活の黄金律』。
J. ヘッセリンク編(秋山徹訳)、『祈りについて――神との対話』、新教出版社、2009、220頁、1890円。『キリスト教綱要』の第3編第20章の祈りについての各単元の要約と、カルヴァンの祈り。
『キリスト教綱要』初版、1536。
久米あつみ訳(『宗教改革著作集9 カルヴァンとその周辺T』、教文館、1986、413頁)。普及版は『キリスト教綱要(1536版)』(教文館、2000、416頁、4500円。さらに新装重版2009、4725円)。巻末の解題は、『綱要』成立の背景とその後の経緯、初版の内容について。写真も多い。よく整えられた文献表あり。
綱要初版は、十戒、使徒信条、主の祈り、聖礼典について順に講解されている。その後、残りの礼典とされてきたものはサクラメントではないことの証明、最後に、「キリスト者の自由について、および教会の権能、政治統治について」。聖礼典についてあたりから論争的な調子が高まってくる。『綱要』初版は、専門家の研究の対象になるよりも「信者のだれにでも読み通せる簡便な座右の書」であり、また、「この中にはすでにカルヴァンの思想の全貌がおさめられている」(久米あつみの「解題」、p.386)。綱要初版は、「不要になった未定稿として葬られるのではなく、決定版とは一応別の書物として、しかも決定版「綱要」の精髄をコンパクトな形で提示してくれるものとして評価されねばならない」(渡辺信夫訳『信仰の手引き』第2版、p.137)。
「綱要初版の構成は、カテキズムそのもの」であった。渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』、1998、p.13。しかし、版を重ねるにつれて、ローマ・カトリックなどに対する反駁・弁証という意味合いも強くなっていったようだ。
なお、p.406にはカルヴァンの墓の写真あり。ジュネーヴ郊外の共同墓地の片隅にひっそりあるという。カルヴァンの墓について、かつては「その場所を知るものは一人もいない」と言われていた。たとえば、ベノア(森井真訳)『ジァン・カルヴァン』、日本基督教団出版部、1955、p.163。
『信仰の手引き』、『信仰告白』、1537。
渡辺信夫訳(『信仰の手引き』新教新書1、新教出版社、1956、152頁)。1986年に“徹底的に改訳”された改訂版、1987年改訂第2版、1997年「名著復刊」のシリーズで復刊(148頁、1000円)。ジュネーヴの教会のために書いた「信仰の手引き」と「信仰の告白」。他に、森井真訳「ジュネーヴで用いられる信仰の手引きと告白」、「信仰告白」(『宗教改革著作集14』、教文館、1994)。
「信仰の手引き」は、「ほぼ綱要初版を要約したと言って良い」(渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』、1998、p.14)
『ジュネーヴ教会信仰問答』、1542。
付録に、「朝起床の時に唱えるための祈り」、「学校で学課を学ぶ前に唱える祈り」、「食前に唱えるための祈り」、「食後の感謝」、「就寝前に唱えるための祈り」がついている。
外山八郎訳(新教新書69、新教出版社、1963、154頁、1000円)は、フランス語からの訳。渡辺信夫編訳(『ジュネーヴ教会信仰問答――翻訳・解題・釈義・関連資料』、教文館、1998、356頁、3900円)はラテン語からの翻訳で、かつて1989年に新地書房から出たもの。付録の祈り集に「囚われの中にあるキリスト者の祈り」が追加されている。さらに、渡辺信夫による「解題 カルヴァンの信仰問答、その成立と性格」、「ジュネーヴ教会信仰問答の釈義」、付録資料として「カルヴァンによる信仰問答第43聖日の解説」、「信仰の手引き」(ラテン語版序文1538年)、「ジュネーヴ教会信仰問答の要約版」2種類、「1552年版詩篇歌付録」、「シュトラスブルクで用いられていたフランス語信仰問答」がついている。久米あつみ訳(『カルヴァン』人類の知的遺産28、講談社、1980)は問1〜14までのみの紹介であるが、「この翻訳はなかなかよい」らしい(加藤常昭『雪の下カテキズム』p.366)
カール・バルト(久米博訳)(「教会の信仰告白――ジュネーヴ教会信仰問答による使徒信条講解」、『カール・バルト著作集9』、新教出版社、1971)は、第一部(問1〜110)の講解。
『ジュネーヴ教会規則』、1537,1541,1561。
カルヴァンがジュネーヴ教会のために起草した教会規則は三つある。
第一は、ファレルに強いられてジュネーヴに留まったときにファレルと共に市議会に提出した「教会組織に関する諸条項」。日付は1537.1.16。渡辺信夫訳「教会規則」(『カルヴァン篇』、新教出版社、1959、pp.35-47)。
第二は、シュトラスブルクでブツァーの影響を受けて、1541年にジュネーヴに戻ると直ちに書き改めたもの。第一のものよりはるかに詳細になり、牧師、教師、長老、執事の四職が規定され、礼拝の時間、場所も規定された。しかし、必ずしもすべてがカルヴァンの思い通りにはいかず、特に破門権をめぐって、1555年に彼の教会制度が定着するまで、戦い続けた。倉塚平訳「ジュネーヴ教会規則」(『宗教改革著作集15』、教文館、1998、pp.87-104)。解説によると、「カルヴァンにとって長老会の破門権保持こそ全教会訓練体系の要石だった」、「毎月一回の聖餐式執行を主張する草案は従来通り年四回に訂正された。これは破門権発動の機会を増やさないためである」。
ちなみに、倉塚平訳のこれは、『宗教改革著作集』に収録される前は、「1541年11月20日に発布されたジュネーヴ教会の教会規則」と題して『原典宗教改革史』(ヨルダン社、1976)に入っていた(pp.413-432)。
第三は、第二のものに加筆して、1555年に定着した教会制度を再確認したもの。1561年。

著作を集めたもの

カルヴァン(日本基督教協議会文書事業部キリスト教古典叢書刊行委員会 編訳)『カルヴァン篇』(キリスト教古典叢書8)、新教出版社、1959、350頁。
「イエス・キリストを愛するすべての人への手紙」(副題「新約聖書序文」1535年)、「教会規則」(1537年)、「サドレへの返書」(1539年)、「われらの主イエス・キリストの聖餐についての小論」(1541年)、「礼拝式文」(1542年)、「祈祷論」(副題「キリスト教綱要三・二○」、1560年)の6本収録。「われらの主〜」は益田健次訳、それ以外は渡辺信夫訳。巻末に解説付き。
カルヴァン(赤木善光訳)、『カルヴァン神学論文集』、新教出版社、1967。
全9論文。「礼典の問題についての一致信条」は、巻末の解題によれば、1549年にチューリッヒ教会とジュネーブ教会との間に結ばれたものであって、「チューリッヒ一致信条」とも呼ばれているらしい。しかし、訳者は後に、「信条」ではなく「協約」の方が適当である述べている(『神学』59号、1997、23頁)。「フランス信仰告白」は、いわゆる「ラ・ロシェル信仰告白」(『信条集前篇』で「フランス信条」として訳されているのもの)(40箇条)のもとになった35箇条。
「コップの講演」(1533)
「教会改革の必要について」(1544)
「躓きについて」(1550)
「神の永遠の予定について」(1552)
「礼典の問題についての一致信条」(1551)
「礼典の性質、力、目的、用法および結果についての健全な正統的教理の弁明」(1555)
「一致信条の確証」(1555)
「争いの外に真理を求める場合、協定を結ぶための最善の方法」(1560)
「フランス信仰告白」(1559)
2003年からオンデマンド出版。2004年の時点で5500円。
カルヴァン(波木居齋二(はぎい・せいじ)訳)、『カルヴァン小論集』、岩波文庫33-809-1、岩波書店、1982。
「聖晩餐について」(1541)、「聖遺物について」(1543)、「占星術への警告」(1549)の3本。
『宗教改革著作集14 信仰告白・信仰問答』、教文館、1994、6000円。
この中に、森井真訳「信仰の手引きと告白」(1537)、森井真訳「信仰告白」(1537)、渡辺信夫訳「チューリヒ和協書」(1549)がある。
『カルヴァン論争文書集』、教文館、2009、396頁、3990円。
カルヴァンの文書6編。「オリヴェタン聖書への序文」、「プシコパニキア 魂の目覚め」、「サドレへの返書」、「教皇派の中にある、福音の真理を知った信者は何をなすべきか」、「ニコデモの徒に告ぐるジャン・カルヴァンの弁明」、「躓きについて」

そのほか、『世界文学大系74 ルネサンス文学集』(筑摩書房、1964)に久米あつみ訳「教皇派の中にある、福音の真理を知った信者は何をなすべきか」(1543)がある(pp.253-274)。後に『カルヴァン論争文書集』(教文館、2009)に収録。たぶん改訳されている。

『世界教育宝典(キリスト教教育編4) ルター・ツウィングリ・カルヴァン』(小平尚道編、玉川大学出版部、1969)の中に、赤木善光訳「宗教改革の必要について」、出村彰訳「ジュネーヴ学院規程」がある。

『原典宗教改革史』(ヨルダン社、1976)に久米あつみ訳「ニコデモの徒への弁明」、倉塚平訳「ジュネーヴ教会規則」がある。「ジュネーヴ教会規則」は後に『宗教改革著作集15』に収録。「ニコデモの徒への弁明」は後に『カルヴァン論争文書集』(教文館、2009)に収録。たぶん改訳されている。

ヤコポ・サドレート、ジャン・カルヴァン(石引正志訳)、『ジュネーブの議会と人びとに宛てたヤコポ・サドレート枢機卿の手紙×ジャン・カルヴァンの返答』(シリーズ「宗教改革の焦点」01)、一麦出版社、2009、150頁、2310円。1539年にサドレート枢機卿がジュネーブ共和国に送った手紙と、これに答えた宗教改革者カルヴァンの手紙。カルヴァンの「返答」の方は、『カルヴァン篇』に収められていた渡辺信夫訳「サドレへの返書」(久米あつみ編『カルヴァン論争文書集』、2009にも)の新訳。

E.A. マッキー編(出村彰訳)、『牧会者カルヴァン――教えと祈りと励ましの言葉』、新教出版社、2009、440頁、3990円。カルヴァンの書簡、論文、説教などからのアンソロジー。

4.4 カルヴァンの思想と神学のあらましを一冊で綴ったもの

伝記のページも参照。

従来からの定番もの

渡辺信夫、『カルヴァン』(人と思想10)、清水書院、1968、195頁。
一般向けだがまず最初に読むべき必読書だろう。第一部が生涯。第二部が思想で、「神と人」、「キリストと人間」、「信仰と生活」、「教会と世界」の4章。年譜と日本語訳の主な文献表あり。
ニーゼル(渡辺信夫訳)、『カルヴァンの神学』、新教出版社、1960(1957)、388頁。
渡辺信夫訳の前には、山永武雄、宮本武之助訳(基督教思想叢書刊行会、1940)があった。
原著初版(1938年)が出る以前は、カルヴァン神学を神中心的ととらえる見解が主であった。また、B.B.ワーフィールドらはカルヴァンを「聖霊の神学者」と呼んでいた。これらに対し、ニーゼルは、バルト的な立場からカルヴァンのキリスト中心的性格を指摘した。ジャン・ヘッセリンク(高崎毅志訳)「カルヴァンの神学入門(3)」(『神学と牧会』No.4、1995)p.1。
エミール・ドゥメルグ(益田健次訳)、『カルヴァンの人と神学』、新教出版社、1977(1921初版1931第2版)、204頁。
Emil Doumergue。この旧訳に、益田健次、山永武雄訳『ジャン・カルヴァン』(長崎書店、1941)があった。三部構成(篇と表記)。第一部で家系と文章からカルヴァンの人物像を描く。第二部は「神学と方法」、第三部は「教会と国家」。
久米あつみ、『カルヴァン』(人類の知的遺産28)、講談社、1980、424頁+索引4頁。
全体的に、これ以前の日本での、特に渡辺一夫による極めて人間的なユマニスムとしてのカルヴァン像を払拭しようという思いが込められた筆致でまとめられている。第1章「カルヴァンの思想」は、日本において最初にどのようにカルヴァンが紹介されたかを、はじめに8頁ほどでまとめている。その後、p.46まででカルヴァンの思想を概説。第2章「カルヴァンの生涯」に約150頁近くが費やされている。第3章は著作概観。紹介されている主なものは、『セネカ「寛仁論」註解』、『キリスト教綱要』(渡辺信夫訳)(pp.221-273に約50頁にわたって抜粋されている)、ロマ書註解とヘブル書註解、説教、論文・手紙として久米あつみによる抄訳が掲載されているものに、「教皇派の中にある信者は何をなすべきか」、「ニコデモの徒への弁明」、「ジュネーヴ教会教理問答」(問1〜14まで。この翻訳は加藤常昭が評価している。)、「リヨンの五人の囚われ人への手紙」。第4章「カルヴァンの遺産」は、「カルヴァン以降のジュネーヴ」、「ユグノーの子ら」、「カルヴァンの批判者たち」、「カルヴァンと現代思想」、「カルヴァンと私たち」。「4.カルヴァンと現代思想」は「一、カルヴァンとバルト神学」、「二、カルヴィニズムと資本主義」という2項目からなっている。巻末に年表と文献案内あり。

最近のもの

2010.10.20全面的に更新
C.エルウッド(出村彰訳)、『はじめてのカルヴァン』、教文館、2007(2002)、248頁、1995円。
「イラストでよむ神学入門シリーズ」とのことで、80枚以上のユニークなイラストが随所に描かれている。第3章で100ページ強を費やして、『綱要』の4篇に沿ってその神学の特徴を語る。第5章は「カルヴァンの子孫たち」。
ベルナール・コットレ(出村彰訳)、『カルヴァン 歴史の中の改革者 1509-1564』、新教出版社、2008、550頁、6195円。
フランス語圏の研究者による評伝。第一部「改革者の幼少期」、第二部「形成と抵抗」、第三部「カルヴァンの神学思想」。
アリスター・E. マクグラス(芳賀力訳)、『ジャン・カルヴァンの生涯――西洋文化はいかにして作られたか』(上・下)、キリスト新聞社、上:2009、300頁、3150円; 下:2010、326頁、3360円。
原題:"A Life of John Calvin", 1990。上巻:1〜6章、下巻:7〜12章。上巻は、人文主義との出会いや回心、ジュネーヴでの活動など伝記的内容。下巻は、『綱要』の文化的・社会的意義やその内容の紹介、カルヴィニズムの労働や経済活動、資本主義への影響、自然科学や人権概念の発達への寄与などなど。

その他

小平尚道、『カルヴィン』(人と思想シリーズ)、日本基督教団出版部、1963、302頁。生涯と思想の二部構成。生涯を4期に分け、それぞれカトリック教徒、ヒューマニスト、プロテスタント、宗教改革者として特徴づける。独自の見解(というか推測)があって、その妥当性は別にして、おもしろい。思想の方は、カルヴァンの信仰義認の教理を礼拝論としてとらえるが、論旨は強引で語りは独善的であるため、読むに値しない。巻末に略年譜あり。文献表は、1959年ぐらいまでの主要な和洋文献。著者は、「今まで・・・語りならされてきたカルヴィンの像を少しゆすぶって、・・・真実に近いカルヴィンを書こうとした」と言う。

渡辺信夫『カルヴァンの「キリスト教綱要」について』(カルヴァンとカルヴィニズム研究双書シリーズ1、神戸改革派神学校、1991、171頁、1500円)の第二講は「カルヴァンの精神世界」で約30頁。『福音と世界』2009年9月号は「特集:カルヴァンの遺産 生誕500年を記念して」。この中に、渡辺信夫「カルヴァン翻訳の半世紀」あり。渡辺信夫、『カルヴァンから学ぶ信仰の筋道――生誕500年記念講演集』(新教出版社、2010、176頁、1890円)。「信仰の論理としての予定論」、「カルヴァンとリフォームド」など。

田中剛二、『田中剛二著作集 第2巻 カルヴァン――その人と思想』日本基督改革派神港教会(発売:新教出版社)、1984、331頁。この中にベーズ『ジャン・カルヴァンの生涯』あり?

ニーゼル (Wilhelm Niesel, 1903.1.7-1988.3.13) の邦訳全リスト

(日本での出版順)

渡辺信夫訳、『カルヴァンの神学』、新教出版社、1960。
バルト寄りだが、カルヴァン研究の基本文献。上で紹介。
渡辺信夫訳、『教会の改革と形成』(新教新書156)、1970改訂新版(1934)、188頁、1000円。
1988第3版の後、1997年に名著復刊第2集「教会に生きる」の10冊の内の一つとして復刊。原題は、"Was heißt reformiert?" 訳せば「改革されたとは何を意味するか」あるいは「改革派とは何を意味するか」。教会闘争の中で書かれたドイツの改革派の教会観であるが、改革派系に限らず、教会とは何かという学びとして重要。
渡辺信夫訳、『福音と諸教会――信条学教本』、改革社、1978、425頁。
諸教派のページで紹介。
渡辺信夫訳、『神の栄光の神学』(日本基督教会神学校植村正久記念講座)、新教出版社、1981(1978)。
1978年の日本基督教会神学校 植村正久記念講座第2回の講義。ルターの「十字架の神学」に対するいわゆる「栄光の神学」ではない。第一部「神の栄光」は、神御自身、イエス・キリスト、御霊それぞれにおける神の栄光を論じる。第二部「神に栄光を帰すること」は、十戒に沿って語る。
登家勝也訳、『イエス・キリストとの交わり』、改革社、1983(1964)。
「こんにちの信仰告白」、「信仰の服従における教会」、「主の食卓における告知」、「教えのつとめ」に分類された、主として教会闘争の中での講演や論文集。

重要な編書に、Peter Barth との共編で、"Opera Selecta Calvini," 5vols., München. 普通OSと略されるもの。このうち第3-5巻が『キリスト教綱要』最終版。それと、"Die Bekenntnisschriften und Kirchenordnungen der nach Gottes Wort reformierten Kirche," 1938, München. (現在はTheologischen Buchhandlung, Zurich, 1985)。これは信条学のところで紹介。

4.5 その他の改革者の著作

ツヴィングリ、『聖餐論』、1526は、出村彰訳、宗教改革著作集、第5巻、教文館、1984。解説の中に参考文献表あり。また、巻末の「ツヴィングリ――右手に聖書、左手に剣」(出村彰)は、ツヴィングリの簡便な評伝でとてもよい。ツヴィングリに関する出村彰の研究書として最近のものに、『ツヴィングリ――改革派教会の遺産と負債』(宗教改革論集2)、新教出版社、2010、432頁、5250円。

再洗礼派については、『宗教改革著作集第8巻再洗礼派』(教文館、1992)の出村彰による解説をまず読む。本格的には、出村彰『再洗礼派』(日本基督教団出版局、1970、後にオンデマンド版2730円)。

4.6 対抗宗教改革関連

聖イグナチオ・デ・ロヨラ、『霊操』、1548。
ロヨラはイエズス会を創設した。これは、対抗宗教改革において重要な著作。それ以上に“体の体操に対して霊には霊操だ”という発想にぶっ飛び。ホセ・ミゲル・バラ訳(新世社、1986)、霊操刊行会訳(エンデルレ書店、288頁、1554円)など。岩波文庫からも出たらしい(門脇住吉訳、岩波文庫青820-1、1995、660円)。
「『霊操』というこの本は、八日間なり一か月なりの黙想期間に霊操する人と一緒に読む、あるいはその人の指導者となる人のための手引きです。ですから、読み物だけで見てしまうと、どうも表面的で形式ばかりという感じになってしまう・・・。」(『日本の教会と「魂への配慮」』、日本基督教団出版局、2005、p.79)

5.近・現代

5.1 17世紀(正統主義、敬虔主義、ピューリタニズム)

一次史料

ジョン・ミルトン、『失楽園』、初版1667、改訂版1674。
平井正穂訳(岩波文庫赤206-2〜3上下2冊、岩波書店、1981、各760円)が一番手頃。岩波文庫の目録によると、「イギリス文学の最高峰というにふさわしい長編叙事詩」。ミルトンは1608-74。
パスカル(Blaise Pascal)、『パンセ』、1670。
最新の邦訳は、田辺保訳、教文館、キリスト教古典叢書、2013、784頁、5460円。
それ以前では、由木康訳が定評あるものだった。中央公論新社から前田陽一、由木康訳(中公クラシックス、全2巻、2001、各418頁程度、各1350円)。その他、刊行の新しいところから、由木康訳(田中小実昌解説、イデー選書、白水社、1990、398頁、2800円、もとは古くからある)、田辺保訳(角川文庫、1984)、田辺保訳(パスカル著作集第6,7巻、教文館、1981,82)、岳野慶作訳(中央出版社、1981)、前田陽一、由木康訳(中公文庫、1979)、津田穣訳(上下2巻、新潮文庫、1979)、松浪信三郎訳(上下2巻、講談社文庫、1979)、前田陽一訳(世界の名著24、中央公論社、1978)など。
手っ取り早く知るものに、鹿島茂、『パスカル パンセ』(NHK 100分de名著ブックス)、NHK出版、2013、156頁、1050円。
パスカル(Blaise Pascal, 1623-1662)は「キリスト教弁証論」を執筆を志したが、未完に終わった。死後、残された「覚え書」が編集されて出版された。ポール・ロワイヤル版(1670)、ブランシュヴィック版(1897-1914)などがある。厳密には、『宗教およびその他若干の問題についてのパスカル氏の思想集』というタイトル。不信仰者や無神論者への弁証として弁証法的に構想されている。
パスカルの人物についてキリスト教出版社から刊行されたものには、由木康『パスカル』(人と思想シリーズ、日本基督教団出版部、1960、208頁)、A.クレイスルハイマー(田辺保、足立杉子訳)『パスカル』(コンパクト評伝シリーズ1、教文館、1993、162頁、1500円)、J.メナール(福居純訳)『パスカル』(作家と人間叢書、ヨルダン社、248頁)がある。パスカルの著作は他に、『病と死についての瞑想――祈りと小品と手紙』(田辺保訳、新教新書、1959)。
フィリップ・ヤーコブ・シュペーナー、『敬虔なる願望』("Pia Desideria")、1675。
堀孝彦訳で『玉川大学版 世界教育宝典X シュペーナー・トレルチ・ブルンナー他』(玉川大学出版部、1969)所収。フル・タイトルは、「ピア・デジデリア すなわち 真実の福音主義教会の神意にかなった改善への敬虔なる願望−−この目的を素朴に目ざした若干のキリスト教的提案を附して」。ヨーハン・アルントの説教集"Postilla"(加藤常昭によれば『まことのキリスト者であること』らしい(『日本の教会と「魂への配慮」』、p.90))の新しい版が出されるときに序文として書かかれたもの。しかし後に、この序文のみが出版された。
Phillip Jacob Spener, 1635-1705。ルター派の牧師であるが、カルヴァン主義的な改革理念を抱き、神秘主義的なカルヴァン主義者やピューリタニズムなどの影響を受けて、本書の公刊によりルター派教会の改革を提案した。『世界教育宝典X』には訳者堀孝彦による「解題」が付いているが、そこに記されたシュペーナーの生涯については、『キリスト教大事典』(教文館、1963)の成瀬治による「シュペーナー」の項をほとんどそのままである。
ジョン・バンヤン(John Bunyan, 1628.11.28 - 1688.8.31)、『天路歴程』("The Pilgrim's Progress")、1678。
正編(1678)と続編(1684)がある。池谷敏雄訳(新教出版社、1976,1985、各1800円)が標準的だろう。古くは、竹友藻風訳(著者の表記は「バニヤン」、岩波文庫赤207-1、1951年/207-2、1953年)。他に、高村新一訳『バニヤン著作集 U 天路歴程』(山本書店、1969)、続編は『バニヤン著作集 X』。
『天路歴程』というタイトルは漢訳を踏襲したもの(岩波文庫版の竹友藻風による「訳者序」、p.1-2)。邦訳の歴史は、竹友藻風訳の岩波文庫の「訳者序」にあり、その後のものでは、小沢三郎『幕末明治耶蘇教史研究』(亜細亜書房、1944;日本基督教団出版局、1973(新版))の中に「天路歴程の日本版について」がある。さらに、秋山憲兄『本のはなし――明治期のキリスト教書』(新教出版社、2006)のpp.253-264がある。
子ども向けは次の二つを挙げる。メアリー・ゴドルフィンが1音節の単語で再話して全体を1/5ほどの分量にしたものにロバート・ローソンが画を付けた、柳生直行訳『天の都をさして――「天路歴程」少年版』(すぐ書房、2001、126頁、1680円)。これが絶版になり、『天路歴程』翻訳委員会によって改訳されて出たものが、『天路歴程 天の都を目ざして』(キリスト新聞社、2014、115頁、1500円+税)。子ども向けのもう一つ、アラン・パリー画、中村妙子訳『危険な旅――天路歴程物語』(新教出版社、1987、126頁)は、1985年にイギリスのYorkshire Television Limitedで放映されたアニメから編集された26×26cmの大型の絵本で、Oliver Hunkinの翻案による。これは、挿絵を差し替え、サイズを小型(172×120というあまりないサイズ)にして、『危険な旅――天路歴程ものがたり』(つのぶえ文庫)、2013、114頁、1000円+税。
バンヤンは、「詩人ミルトンとともに、ピューリタニズムが生み出した代表的平信徒」で、「本書はピューリタン宗教を典型的に示すものであるが、教派的制約をこえた宗教文学の傑作のひとつ」である。(高柳伊三郎、佐藤敏夫他編『キリスト教名著案内 上』(現代と教会新書)、日本基督教団出版部、1965の大木英夫の文)
オルコットの『若草物語』の中に出てくる“巡礼ごっこ”は『天路歴程』に基づくもの。
1946年1月1日の昭和天皇の詔書、いわゆる「人間宣言」の中に、「我国民ハ動(やや)モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ」という一句がある。この「失意ノ淵ニ沈淪」というのは、『天路歴程』に出てくる「落胆という泥沼」から取られたらしい。『天皇の「人間宣言」草案秘話』、憲法調査会事務局、1961、pp.11-12。国立公文書館のデジタルアーカイブで見る。
天路歴程と皇室とのつながりは、たとえば『天路歴程 天の都を目ざして』(キリスト新聞社、2014)の「付記」によると、『天路歴程』の挿絵を描いたロバート・ローソンは多くの作品に挿絵を描いており、その中にエリザベス・ヴァイニング『旅の子アダム』があって、このヴァイニングは日本の皇室の家庭教師をしたとのことである。
研究書に、深山祐『バニヤンの神学思想――律法と恩恵をめぐって』(南窓社、2011)、ロジャー・シャーロック(バニヤン研究会訳)『ジョン・バニヤン』(ヨルダン社、1997)、山本俊樹『バニヤンとその周辺――英文学とキリスト教』(待晨堂、1992)、永岡薫、今関恒夫編『イギリス革命におけるミルトンとバニヤン』(御茶の水書房、1991)、中野好夫『研究社英米文学評伝叢書 12 バニヤン』(研究社、1980(1934初版))など。
キルケゴール、『死に至る病』、1849
斉藤信治訳(岩波文庫、1957年改版)。他に、飯島宗享訳(キリスト教古典叢書、教文館、268頁、2500円)、松浪信三郎訳(白水社)、枡田啓三郎訳(筑摩書房)もある。キルケゴール(Sφren Aabye Kierkegaard, 1813-1855)の著作で重要そうなのは他に、『哲学的断片』『キリスト者の修練』。
「彼の全著作を貫くものは、空虚にされてしまっているキリスト教的なことばに反対し、もう一度、そのほんとうの内容で満たされるキリスト教的なことばのためになされる戦いなのである。・・・牧会をしなければならないひとは、だれでも、行って他人に語りかけはじめる前に、キェルケゴールのなした牧会を、自分自身に行わせるべきではなかろうか。」(トゥルナイゼン『牧会学T』、p.181)

研究書

大木英夫、『ピューリタン――近代化の精神構造』、聖学院大学出版会、2006、230頁、2100円。
中公新書160として出た1968初版1972第2版の改訂新著らしい。なんと巻末に、松岡正剛が「千夜千冊」に書いた文章(第620夜)が載っているらしい。著者の博士論文『ピューリタニズムの倫理思想――近代化とプロテスタント倫理との関係』(新教出版社、1966)を一般向けに書いたもの。
M.シュミット(小林謙一訳)、『ドイツ敬虔主義』、1992、324頁、4200円。
シュペーナー、フランケ、ツィンツェンドルフらの生涯と思想入門。佐藤敏夫先生おすすめ。ドイツ敬虔主義のまともな研究書はこれしかないらしい。出発点〔全体の見通し〕 歴史的位置と本質規定、敬虔主義の前史、三十年戦争下のルター派教会および改革派教会の後、シュペーナー、フランケ、アルノルト、ツィンツェンドルフ伯ニコラウス・ルートヴィッヒとヘルンフート兄弟、ベンゲルとヴュルテンベルク敬虔主義、エティンガー、ラディカル敬虔主義、敬虔主義に対する反撃、信仰覚醒運動における敬虔主義の復興と19・20世紀における敬虔主義の余波、敬虔主義の全体像――敬虔主義の成果・偉大さ・限界。
松谷好明、『イングランド・ピューリタニズム研究』、聖学院大学出版会、2007、430頁、8400円。
一次資料にあたってピューリタン像を描き、歴史を変革し形成する原理としてピューリタニズムを評価し直す。第T部は、「ピューリタニズムの諸相」として、「ピューリタニズムの父、トマス・カートライト」、「サバタリアニズムの現代的意義」、「ピューリタニズムにおける結婚と離婚の教会法的規定」、「ウェストミンスター信仰告白の歴史的、教理的注解序説」、第U部「ピューリタニズムにおける教会政治論」では、「一七世紀における教会政治論論争」、「長老派と会衆派による「合意項目」」、「ウェスレー/メソジズムと長老主義」という章立てのようだ。
J. I. パッカー(松谷好明訳)、『ピューリタン神学総説』、一麦出版社、2011、480頁、5670円。
原著のタイトルを直訳すれば『敬神の探究――クリスチャン・ライフについてのピューリタンのビジョン』とのこと。

最近の研究書に、梅津順一、『ウェーバーとピューリタニズム――神と富との間』、新教出版社、2010、460頁、4725円。

ヨハネス・ヴァルマン(梅田與四男訳)、『ドイツ敬虔主義――宗教改革の再生を求めた人々』、日本基督教団出版局、2012、320頁、5880円。
「ドイツ経験主義の歴史と信仰を、その源流からヴュルテンブルク敬虔主義まで、代表的な人物を取り上げてたどったもの」(川端純四郎による書評、『本のひろば』2013.6、p.13。一章「ヨハン・アルントと敬虔主義的な敬虔」、二章「改革派経験主義」、三章「フィリップ・ヤーコプ・シュペーナーと敬虔主義のはじまり」、四章「アウグスト・ヘルマン・フランケとハレ敬虔主義」、五章「ラディカル敬虔主義」、六章「ツィッツェンドルフ伯爵ニコラウス・ルートヴィッヒと兄弟団」、七章「ビュルテンベルク敬虔主義」 訳者解説として「プロテスタント史におけるドイツ敬虔主義について」。

5.2 ジョン・ウェスレー

ジョン・ウェスレー(John Wesley, 1703.6.28-1791.3.2)。

ジョン・ウェスレーの著作

ジョン・ウエスレー、『キリスト者の完全』("A Plain Account of Christian Perfection," 1777)。
『ウェスレー編』所収は氣賀重躬訳。山口徳夫訳注『キリスト者の完全』(キリスト新聞社、1973、154頁)は、ウェスレーが縦横に用いている聖句の聖書箇所を注として記している。竿代忠一訳『キリスト者の完全』(日本ウェスレー出版協会、イムマヌエル綜合伝道団出版局発売、1963)は、今はフレッチャーの『キリスト者の完全』と合本で入手可能。現代キリスト教思想叢書4(ウェスレー、フォーサイス)(大宮溥訳、白水社、1974、383頁)では、pp.7-137が大宮溥訳「キリスト者の完全に関する平明な解説」。これには他に説教三篇とフォーサイスの「キリストの働き」。
最新の翻訳は、藤本満訳『キリスト者の完全』、インマヌエル綜合伝道団、2006、286頁、2100円。『キリスト者の完全』は、ウェスレー自身が自らの著作の中から抜粋しつなぎ合わせたものである。それゆえ、もとの論文の背景や執筆事情を知ることが、ウェスレーの真意を読み取るために必要である。そのために、この訳書では、膨大な注が付けられている。
ウェスレー(日本基督教協議会文書事業部キリスト教古典叢書刊行委員会 編訳)、『ウェスレー篇』(キリスト教古典叢書9)、新教出版社、1958、436頁。
「キリスト者の完全」(1725-1777年、氣賀重躬訳)、説教3本(「信仰による義認」「新生」「神の国への道」、いずれも野呂芳男訳)、「信仰日誌」(1739-1791年、氣賀重躬訳)収録。略年表、解題あり。
ウェスレー(野呂芳男他編訳)、『ウェスレーの神学』(新教新書16)、新教出版社、1960、180頁。
ウェスレーの著作全般からウェスレーの神学の特徴を抜き出したもの。東京神学大学ウェスレー研究会の一つの業績らしい。

ジョン・ウェスレーの評伝

野呂芳男、『ウェスレー』(人と思想シリーズ)、日本基督教団出版部、1963、261頁。
野呂芳男、『ウェスレー』(人と思想95)、清水書院、1971、234頁、700円。
清水書院のは現在新刊本で最も入手容易なウェスレーの評伝。その他、評伝としては、M.シュミット(高松義数訳)、『ジョン・ウェスレー伝――回心への内的発展』、新教出版社、1985(原著1953)、483頁が、回心までの生涯を記した本格的な伝記。原著は2巻本でこれはその第1巻の翻訳。第2巻の翻訳はいまだ出ていない。ウェスレーの神学を体系的に記した大作野呂芳男『ウェスレーの生涯と神学』(日本基督教団出版局、1975、668頁)は、第一部がウェスレーの生涯。伝記については「おすすめの伝記」のページ参照。ウェスレーやメソディズムの神学については、諸教派のメソジストの項を見る。

5.3 アメリカ教会史

簡潔で信頼できるアメリカのキリスト教史の教科書

森本あんり、『アメリカ・キリスト教史――理念によって建てられた国の軌跡』、新教出版社、2006、182頁、1700円。
アメリカは「ほとんど神学的とも言える信念によって建てられた世界でただ一つの国」であるにも拘わらず、日本のアメリカ研究ではキリスト教との関わりが欠落している。この欠落を補完する書。移民国家として成立したアメリカは、国民的統一の焦点を過去に求めることができず、宗教的理念の実現という未来に統合の収斂点を描き続ける。人名や事件名に英語表記が添えられているのはうれしい。各章の始めに関連年表あり。図版たくさん。囲み記事もあり。巻末に文献案内もある。
大宮有博、『アメリカのキリスト教がわかる――ピューリタンからブッシュまで』、キリスト新聞社、2006、250頁、2625円。

他に、栗林輝夫、西原廉太、水谷誠、『総説 キリスト教史 3近・現代篇』(日本基督教団出版局、2007)の中に栗林輝夫「アメリカのキリスト教」がある。栗林輝夫は1948.2.2-2015.5.14。

かつてのアメリカ教会史の定番3つ

曽根暁彦、『アメリカ教会史』、日本基督教団出版局、1974、324頁。
「広くアメリカの政治史、社会史との関わりに意を用い」た。巻末に年表、解題付きの英語文献表、各種統計図あり。
第一章十七世紀ヨーロッパの宗教事情
第二章初期植民と宣教活動
第三章ニューイングランドのピューリタン社会
第四章イギリス植民地における諸教派の展開
第五章第一次信仰復興運動とジョナサン・エドワーズ
第六章アメリカの独立と政教分離問題
第七章教会の発展と西部伝道
第八章新しき信仰形態
第九章奴隷問題と教会
第十章十九世紀社会の変化と教会
第十一章産業社会とキリスト教社会運動
第十二章国家の膨張と伝道事業の拡大
第十三章第一次世界大戦後の社会と教会
第十四章今日の動向
シドニー・E.ミード(野村文子訳)、『アメリカの宗教』、日本基督教団出版局、1978(1963)、358頁。
ヨーロッパで時間的に成立していった教派が、アメリカに空間的に移植された。このようなデノミネーションの出現は、政教分離の原則のもとに発達しており、これはアメリカの独自の宗教史である。訳者後書きで、日本語によるデノミネーション論として、井門富士夫『世俗社会の宗教』(日本基督教団出版局)を挙げているが、この書は、世俗社会における宗教の問題を、宗教社会学の観点から指摘し、今日の社会での伝道のあるべき基本的役割を、教団組織論、社会階層と宗教集団、政教分離社会の宗教集団の三つの側面から論述したものらしい。
第一章アメリカ人――空間、時間、宗教
第二章強制から説得へ――宗教の自由の高揚と、デノミネーショナリズムの出現についての再検討
第三章アメリカ独立革命期のプロテスタンティズム
第四章ジェファーソンの「公正な実験」――宗教の自由
第五章リンカーンの「全世界の、最高で最善の希望」――神意としてのアメリカの夢と民主主義
第六章「賢者たちが、理想を抱いた」時代――国家建設期の宗教潮流
第七章デノミネーショナリズム――アメリカにおけるプロテスタンティズムの形成
第八章南北戦争後のプロテスタンティズム――デノミネーショナリズムからアメリカニズムへ
第九章南北戦争後のプロテスタンティズム――アメリカニズムからキリスト教精神へ
S.E.オールストローム(児玉佳與子訳)、『アメリカ神学思想史入門』、教文館、1990(1961+1978)、217頁。
プリンストン大学出版部がアメリカ文明研究叢書の一つとして出版したシリーズの第一巻『アメリカ宗教の形成』の中の論文。これに、邦訳のために2つの章を追加(その一部は既発表)。70年代までの「アメリカ神学思想史の恰好の入門書」(竹中正夫の序文、p.6)。
ちなみに、他に書いておくところが無いのでここに記しておくが、竹中正夫は1925.9.6-2006.8.17。
序  文(竹中正夫)
はじめに
第一章ピューリタンの鼓動
第二章ジョナサンエドワーズと啓蒙主義とニュー・ディヴィニティ
第三章ウィリアム・エラリー・チャニングと「啓蒙主義的」キリスト教
第四章ナサニエル・ウィリアム・テイラーとニューヘイヴン神学
第五章チャールズ・ホッジとプリンストン神学
第六章ジョン・ウィリアムソン・ネヴィンとマザーズバーグ運動
第七章カール・F・W・ヴァルターとチャールズ・P・クラウトとルター派神学
第八章ホレス・ブッシュネルと初期の自由主義神学
第九章変わりゆく新神学
 A ボーデン・パーカー・バウンと哲学的観念論への傾向
 B ウィリアム・ニュートン・クラークと組織的自由主義神学
 C ウォルター・ラウシェンブッシュと社会的福音
第十章ウィリアム・ポーチャー・ドゥボーズと聖公会の近代主義
第十一章エドガー・ヤング・マリンズと南部バプテストの正統主義
第十二章ニーバー兄弟――新正統主義とその後
第十三章宗教的リヴァイヴァルと平穏な十年間
第十四章傷深き歳月
結  び

アメリカの少し前までの教会事情

M.E.マーティー(三宅威仁訳)『アメリカ教会の現実と使命――プロテスタント主流派・福音派・カトリック』(21世紀キリスト教選書5、新教出版社、1990(1981)、356頁、3300円)は、第一部「諸教派の交わり」、第二部「パブリック・チャーチ内部の諸運動」、第三部「パブリック・チャーチが公共社会において遭遇する緊張関係」。プロテスタント主流派、福音派、カトリックの共同体を「パブリック・チャーチ」として捉えることで、現代社会の中での諸問題を乗り越える。

古屋安雄の著作に、『キリスト教国アメリカ』、『激動するアメリカ社会』。

生駒孝彰(いこま・こうしょう)『ブラウン管の神々』(ヨルダン社、1987、238頁、1500円)は、アメリカでのテレビ伝道の実態。参考文献表あり。同じ著者で、『インターネットの中の神々――21世紀の宗教空間』(平凡社新書019、平凡社、1999、211頁)は、テレビ伝道からインターネット伝道への移り変わりの実情を紹介。新宗教の様子もあり、出た当時、浅見定雄が「アメリカの宗教事情を知るベストの本」と話していた。

アメリカの比較的最近の教会事情

森孝一、『宗教からよむ「アメリカ」』、講談社選書メチエ70、1996、278頁、1,600円。
S.ハワーワス、W.H.ウィリモン(東方敬信、伊藤悟訳)、『旅する神の民――「キリスト教国アメリカ」への挑戦状』、教文館、1999、244頁、2700円。
古屋安雄、『キリスト教国アメリカ再訪』、新教出版社、2005、184頁、1995円。

アメリカにおける黒人の歴史

2015.11.23全面的に更新

アメリカの一般的な歴史について簡潔で読みやすそうなのは、猿谷要『物語アメリカの歴史』(中公新書1042、1991、292頁)。同じ著者で、猿谷要『歴史物語 アフリカ系アメリカ人』(朝日選書641)、朝日新聞社、2000、361+17頁。索引、略年表、参考文献一覧付き。この本は、最初は『アメリカ黒人史』(三和書房、1957)、『アメリカン・二グロの歴史』(あぽろん社、1962)、『アメリカの黒人』(弘文堂、1964)、そして『アメリカ黒人解放史』(サイマル出版、1968)。その後の歴史と研究を踏まえ、これを全面的に書き改めたもの。猿谷要(さるや・かなめ)は1923.7.19-2011.1.3。

アメリカの黒人の歴史についての一般的な書の定番は、本田創造『アメリカ黒人の歴史』(岩波新書赤163、1964初版1991新版)。その跡を継ぐ書として、上杉忍、『アメリカ黒人の歴史――奴隷貿易からオバマ大統領まで』(中公新書2209)、中央公論新社、2013。ジェームス・M.バーダマン(森本豊富訳)、『アメリカ黒人の歴史』(NHKブックス1185)、NHK出版、2011、285頁。これも、本田創造の跡を継ぐ書を意識して翻訳されたようだ。

他に、パップ・ンディアイ(明石紀雄監修、遠藤ゆかり訳)、『アメリカ黒人の歴史──自由と平和への長い道のり』(知の再発見双書149)、創元社、2010、166頁。これは、ほぼカラーの写真等が豊富でハンディなサイズ。資料篇として「法的権利の推移」(憲法修正13〜15条や「プレッシー対ファーグソン裁判」の判決などの紹介)や「指導者たちの思想」などあり。

ベンジャミン・クォールズ(明石紀雄、岩本裕子、落合明子訳)、『アメリカ黒人の歴史』、明石書店、1994、456頁、4800円+税。原著"The Negro in the Making of America," 1987第3版(初版は1964)からの翻訳。「解説」あり。邦訳は1994第1刷だが、1998第2刷で「解説」の後に訳者の一人明石紀雄による「追記」が付け加えられた。解説によると、大学レベルの概説書とのこと。

荒このみ訳『アメリカの黒人演説集――キング・マルコムX・モリスン他』(岩波文庫白26-1)、岩波書店、2008。1829年のデイヴィッド・ウォーカーから2005年のオバマまで、21の演説。

その他のアメリカ教会史関連

ジョナサン・エドワーズは、「おそらくはアメリカ神学史上、最大の神学的指導者」。近藤勝彦、『日本の伝道』教文館、2006、p.228。

J.P.バード(森本あんり訳)、『はじめてのジョナサン・エドワーズ』、教文館、2011、256頁、1890円。
James P. Byrd, "Jonathan Edwards for Armchair Theologians," 2008. ジョナサン・エドワーズの人と思想。
棚村恵子、『アメリカ 心の旅――自由と調和を求めて』、日本基督教団出版局、1998、198頁、2200円。
神学書ではないが、アメリカに旅行する前に読んでおきたかった。著者のアメリカでの生活を元にした随筆だが、観光のための知識が得られ、また、旅行ガイドにはない見どころが分かる。

5.4 キング牧師

マーティン・ルーサー・キング Jr.(Martin Luther King,Jr., 1929.1.15-1968.4.4)。

文献情報

1993年頃までの基本的な文献は、猿谷要『キング牧師とその時代』(日本放送出版協会、1994)の巻末に詳しい。

スタンフォード大のMartin Luther King, Jr., Research and Education Instituteの中のKing Papers Projectは重要。The Papers of Martin Luther King, Jr.のページからさまざまな一次資料を読むことができる。

伝 記

伝記関連は、伝記のページを参照。

著 作

キング牧師の著作五つはすべて邦訳されている。『汝の敵を愛せよ』と『良心のトランペット』は説教集。

『自由への大いなる歩み――非暴力で闘った黒人たち』
雪山慶正訳、岩波新書362、岩波書店、1959、304頁。原著:"Stride Toward Freedom," 1958.
『汝の敵を愛せよ』
蓮見博昭訳、新教出版社、1965初版、273頁。原著:"Strength to Love," 1963.
邦訳は1974の重版の際に、「M・L・キング略伝」と「訳者あとがき」が一本化して改訂された。16の説教と「非暴力への遍歴」。説教の内、「働く愛」、「汝の敵を愛せよ」、「破れた夢」の三つは刑務所に入っている間に書いたものという。
『黒人はなぜ待てないか』
中島和子、古川博巳訳、みすず書房、19651、1993新装版、2000新装版、224頁、2600円。原著:"Why We Can't Wait," 1964.
口絵4ページ。全8章。第5章「バーミングハムの獄中から答える」は、1963.4.16付のバーミングハムの獄中からの手紙。「訳者あとがき」(pp.199-205)の後、訳者の一人古川博巳による「復刊に際して」、1993(pp.206-216)、さらに古川博巳「再復刊に際して」、2000(pp.217-218)。索引あり。
『黒人の進む道――世界は一つの屋根のもとに――マーチン・ルーサー・キングの遺書』
猿谷要訳、サイマル出版会、1968初版、1981新装版、2段組214頁、1800円。原著:"Where Do We Go From Here : Chaos or Community?," 1967。
改装版には、訳者による「里程標を刻んだ遺書――改装版によせて」が最初に追加されている。その後、「白人のアメリカへの罪状告発――訳者まえがき」。あとがきの類はなし。
『良心のトランペット』
中島和子(なかじま・よりこ))訳、みすず叢書23、みすず書房、1968、105頁。原著:"The Trumpet of Conscience," 1968.
厳密には、原著は、没後の1968年5月に出版された。邦訳は、1993年新装復刊の際に「復刊に際して」という訳者の文章が追加されている。

原文で味わっておきたい重要な演説と文章

2015.11.23全面的に更新

もっとも重要な演説は、"I have a dream" speechと"I've been to the mountaintop"の二つ。また、「バーミングハム獄中からの手紙」も英語で見ておく。

「これ〔"I have a dream" speech〕はおそらくアメリカ史上最高の名演説として残るだろう。私はこのスピーチと、前に述べた『バーミングハム獄中からの手紙』の二つは、もし機会があったら、ぜひ原文で味わっていただきたいと思う。」猿谷要『キング牧師とその時代』p.114。

1963.8.28ワシントン大行進でのリンカーン記念堂前での"I have a dream" speech
原文と音声: スタンフォード大のKing Papers Projectの中のページ(pdfファイルによる全文と、各国語訳あり。音声も聞ける)
邦訳: 翻訳はたくさんあるが信頼できるものは、梶原寿訳でクレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』(日本基督教団出版局、2001)所収。あるいは、宮川雄法訳でクレイボーン・カーソン、クリス・シェパード編『私には夢がある――M・L・キング説教・講演集』(新教出版社、2003)所収。さらに、平野克己訳が『ミニストリー』vol.19(2013年秋号)に「説教鑑賞」18としてスピーチの聞きどころ(読みどころ)の解説付きで収録されている。
「私は演説を読むことから始めた。そしてある点まではそのまま読んでいった。その日聴衆の反応はすばらしかった。・・・私はコーボー・ホールで演説したことがあった。そしてその中で「私は夢を持っている」(I have a dream)という言葉を用いていた。そこで、ここでもその言葉を使いたいと思っただけである。なぜなのかは分からない。この演説前にはそんなことは考えていなかった。ともかく私はこの言葉を使った。そしてその時点で私は原稿から完全に離れてしまい、二度とそこには戻らなかった。」クレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』日本基督教団出版局、p.267。
1968.4.3メンフィスのメイソニック・テンプルでの講演"I've been to the mountaintop"
原文と音声: スタンフォード大のKing Papers Projectの中のページに全文あり。あるいはpdfファイルで。このスピーチの録音はここにはないようだが、たとえば、ここにあるYouTubeにも(I've been to the mountaintopで検索)
邦訳: 梶原寿訳でクレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』(日本基督教団出版局、2001)所収。あるいは、木村英憲訳でクレイボーン・カーソン、クリス・シェパード編『私には夢がある――M・L・キング説教・講演集』(新教出版社、2003)所収。
最後の言葉"Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord."は『リパブリック讃歌』の出だしの言葉である。1965.3.25のセルマからモンゴメリーへの行進の最後を締めくくる演説も、『リパブリック讃歌』の数節を引用して終えている。 →リパブリック讃歌の歌詞について その1 その2
1963.4.16付の"Letter from Birmingham Jail"「バーミングハム獄中からの手紙」
原文: スタンフォード大のKing Papers Projectの中のページに全文あり。あるいはpdfファイルで。
邦訳: 中島和子・古川博巳訳で『黒人はなぜ待てないか』(みすず書房)所収。あるいは、梶原寿訳でクレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』(日本基督教団出版局、2001)所収。
「バーミンガム獄中からの手紙」は、「彼の生涯を通じても最善最良の内容といってもよく、資料もない不便な刑務所のなかで書いたとは思えないほど充実したもので、公民権運動についての古典といってもいいだろう。」猿谷要、『歴史物語 アフリカ系アメリカ人』(朝日選書641)朝日新聞社、2000、p.209。
「バーミンガム獄中からの手紙」は、キングの公民権運動が教会改革運動でもあったことをよく示しているという。古屋安雄「宗教改革の意外な影響」in 土戸、近藤編『宗教改革とその世界史的影響』p.178。

没後に編まれたもの

コレッタ・スコット・キング編(梶原寿、石井美恵子訳)、『キング牧師の言葉』、日本基督教団出版局、1993、1994再版(1983)、139頁、1500円。
原著は、"The Words of Martin Luther King, Jr." Selected and introduced by Coretta Scott King, 1983. コレッタによる「序文」(pp.7-20)はキング牧師の歩みを簡潔に述べている。収録されている一つひとつの言葉の引用元は記されていない。巻末に、14ページにわたる年譜あり。
コレッタはマーティン・ルーサー・キングの妻。2006.1.31死去。78歳。
クレイボーン・カーソン編(梶原寿訳)、『マーティン・ルーサー・キング自伝』、日本基督教団出版局、2001(1998)、486頁、5500円。
"The Autobiography of Martin Luther King, Jr.," 1998. 「マーティン・ルーサー・キング著作集プロジェクト」(Martin Luther King, Jr. Papers Project)のために収集された膨大な資料から、著作はもちろん、記事や論文、演説、説教、録音、手紙などから、自伝的な文章を集めて、キングが晩年に自伝を書くとしたらこんな感じになるだろうと想定してまとめられたもの。しかしもちろん、有名な"I have a dream" speechや"I've been to the mountaintop" speech、「バーミングハムの獄中からの手紙」は全文収められている。キングの妻や両親、自分の子供についてはあまり記録がないため、これは、キングの「個人的生活の探求の書というよりは、主として宗教的および政治的自伝というべきもの」である(「編集者まえがき」p.10)。2段組。分量、値段からして本格派向け。詳細な索引あり。
クレイボーン・カーソン、クリス・シェパード編(梶原寿監訳)、『私には夢がある――M・L・キング説教・講演集』、新教出版社、2003(2001)、257頁、2400円。
11の講演、演説、説教集。それぞれに「解題」が付いている。コーボー・ホールの演説の解題はなんとアレサ・フランクリンとアーマ・フランクリン。ノーベル平和賞受賞講演のダライ・ラマの解題はネームバリューのみ。
第1回モンゴメリー改良協会大衆集会演説 (山本将信訳)
  1955.12.5 アラバマ州モンゴメリー、ホールトストリート・バプテスト教会
新生国家の誕生 (梶原寿訳)
  1957.4.7 アラバマ州モンゴメリー、デクスター・アベニュー・バプテスト教会
われらに投票権を与えよ (梶原寿訳)
  1957.5.17 ワシントンD.C.、リンカーン記念堂
コーボー・ホール解放大会演説 (梶原寿訳)
  1963.6.23 ミシガン州デトロイト
私には夢がある (宮川雄法訳)
  1963.8.28 ワシントンD.C.、リンカーン記念堂
第十六番通りバプテスト教会爆破による幼い犠牲者たちへの告別の辞 (宮尾明孝訳)
  1963.9.15 アラバマ州バーミングハム、第十六番地バプテスト教会
ノーベル平和賞受賞講演 (増沢真実訳)
  1964.12.10 ノルウェー、オスロ
セルマ行進の終結演説 (宮尾明孝訳)
  1965.3.25 アラバマ州モンゴメリー、州会議堂前
ベトナムを越えて (鈴木有郷訳)
  1967.4.4 ニューヨーク、リバーサイド教会
10ここからどこへ行くのか (梶原寿訳)
  1967.8.16 ジョージア州アトランタ、南部キリスト教指導者会議第11年次大会
11私は山頂に登ってきた (木村英憲訳)
  1968.4.3 テネシー州メンフィス、チャールズ・メイソン監督記念教会
原著は、Clayborne Carson and Kris Shepard, eds., "A Call to Conscience: The Landmark Speeches of Dr. Martin Luther King, Jr.," IPM/Warner Books, New York, 2001. である。Martin Luther King, Jr. Papers ProjectA Call to Conscience: The Landmark Speeches of Dr. Martin Luther King, Jr.の目次のページで全文読める。
チャールズ・ジョンソン、ボブ・エイデルマン編(山下慶親(やました・よしちか)訳)、『キング牧師フォト・ドキュメント 私には夢がある』、日本基督教団出版局、2005(2000)、288頁、8925円。
B4判変形(31×24cm)、上製、オールモノクロで300ページ近くもある決定版。原著は、"KING : The Photobiography of Martin Luther King, Jr.," Viking Studio, New York, 2000. 収録写真300点以上。青少年時代は文章主体で紹介されるが、その後、モンゴメリーでのバスボイコット関連だけで写真28枚、1957年5月17日のワシントンのリンカン記念堂での「自由のための祈りの巡礼」(ハリー・ベラフォンテ、マへリア・ジャクソン、ローザ・パークスの写真も)、ハーレムでの刺傷事件、アトランタでの生活、フリーダム・ライド、オルバニー、バーミンガム(関連写真47枚、つなぎ姿のキングの写真も)、ワシントン大行進、・・・。
この本が出たときの出版案内のちらしに「バスボイコット運動開始50周年記念出版」と書いてある。これは、原著ではなくこの邦訳の刊行が、ローザ・パークスの事件1955年からちょうど50年目であるということ。奇しくも、ローザ・パークスは、2005.10.24死去。彼女については、ダグラス・ブリンクリー(中村理香訳)『ローザ・パークス』(岩波書店、2007、278頁、2835円)。これはペンギン評伝双書の翻訳で、巻末エッセイは猿谷要。
C. カーソン、P. ホロラン編(梶原寿訳)、『真夜中に戸をたたく――キング牧師説教集』、日本基督教団出版局、2007(1998)、290頁、2730円。
説教11編。「そうだ」、「アーメン」などの会衆の反応も記されていて、臨場感がある。すべての説教に、語られた日時と場所が明記されている。また、『私には夢がある』と同様、すべての説教に「解題」が付けられている。「なぜイエスはある男を愚か者と呼んだか」の解題はビリー・グラハム。「大革命の時代に目をさましていること」の解題は1984年にノーベル平和賞を受けた南アフリカのツツ主教(この書の中での表記は「トゥトゥ」)。これも、Martin Luther King, Jr. Papers ProjectA Knock at Midnight: Inspiration from the Great Sermons of Reverend Martin Luther King, Jr.の目次から全文を原文で読むことができるし、一部分だが聞くこともできる。
讃美歌などからの引用は、日本の讃美歌に収録されているものは本文中に注が付けられているが、日本語の讃美歌に入っていない黒人霊歌からの引用などは、注が付けられていないので分からないのが難点(例えば、「真夜中に戸をたたく」の中のp.111の歌)。
収録説教:「失われた価値の再発見」「アメリカのキリスト者へのパウロの手紙」「あなたの敵を愛せよ」「真夜中に戸をたたく」「アメリカの夢」「建設的教会へのガイドライン」「完全なる人生の三つの次元」「なぜイエスはある男を愚か者と呼んだか」「めだちたがりや本能」「実現せざる夢」「大革命の時代に目をさましていること」
キングは、同様な説教を変化を加えながら多くの機会に語っている。蓮見訳『汝の敵を愛せよ』の中に類似の説教が多くある。「アメリカのキリスト者へのパウロの手紙」、「あなたの敵を愛せよ」(蓮見訳「汝の敵を愛せよ」)、「真夜中に戸をたたく」(蓮見訳「真夜中の来客」)、「完全なる人生の三つの次元」(蓮見訳「全き生命の三次元」、語り方は全く異なるが)、「なぜイエスはある男を愚か者と呼んだか」(蓮見訳「愚かだった男」)、「実現せざる夢」(これは列王記上8章からの説教。蓮見訳「破れた夢」はローマ15:23から)。
「あなたの敵を愛せよ」について、「私はこの聖句から説教するのを、少なくとも年に一度は行うのを慣例にしたいと思っている。そしてこのメッセージを語るごとに、新しい経験から生まれる新しい洞察を加えていきたいと願っている。その場合、基本的内容は全く同じであっても、新しい洞察と新しい経験が新しい例証を生み出していくのは、当然である。」(p.277)

関連文献

特にキング牧師の神学と公民権運動については、梶原寿『約束の地をめざして――M.L.キングと公民権運動』(新教出版社、1989、282頁、2200円)。比較的最近の簡潔にまとめられた新書で、ジェームス・M.バーダマン(水谷八也訳)『黒人差別とアメリカ公民権運動――名もなき人々の戦いの記録』(集英社新書B0392)、集英社、2007、253頁。

マルコムXとの関連は、上坂昇『キング牧師とマルコムX』(講談社現代新書1231、講談社、1994、243頁、650円)。J.H.コーン(梶原寿訳)『夢か悪夢か・キング牧師とマルコムX』(日本基督教団出版局、1996、508頁、4600円)はより本格的で値段も高い。マルコムXの伝記は、マルコムX(浜本武雄訳)、『完訳 マルコムX自伝(上、下)』(中公文庫―BIBLIO20世紀)、2002。他に、荒このみ、『マルコムX』(岩波新書新赤版)、岩波書店、2009。

J.ディオティス(島田由紀訳)、『ボンヘッファーとキング――抵抗に生きたキリスト者』、日本基督教団出版局、2008、290頁、4410円。本格的な研究書。

リチャード・リシャー(梶原壽訳)、『説教者キング――アメリカを動かした言葉』、日本基督教団出版局、2012、554頁、8400円。生い立ちから説教や演説の技法、神学を研究した本格的な書。