2015.11.23更新
印が主な更新個所です。)

■教会史B

6.日本の教会史

教会史は、キリスト教史とも神学思想史とも精神史とも違うはずである。鵜沼裕子『近代日本のキリスト教思想家たち』p.14でも指摘があるが、その記述ではまだ歯切れが悪すぎる。

各個教会の記念年史は、明治初期における海外からのミッショナリーによる日本伝道の教派ごとの状況や、著名な牧師の伝記的文章や著作目録などがあっておもしろい。しかしながら、ほとんどの各個教会史は、外面的な歴史の記述に過ぎず、教会の礼拝と信仰の歴史が記されていない。礼拝順序の変遷とその意味、使用された聖書の翻訳、賛美歌集、礼拝で読まれた聖書箇所、説教題などを整理してあるものは皆無である。少なくとも、世俗の歴史家に書かせていてはダメではないだろうか。

6.1 事典、年表、史料集

事 典

日本キリスト教歴史大事典編集委員会編、『日本キリスト教歴史大事典』、教文館、1988、1736頁、45000円。
驚くほど項目数が多く、とても有用で興味が尽きない。さまざまな教会の歴史、人物、事件が載っている。人物の項目数はすごいが、編集時に存命の方は載っていない。各都道府県別のキリスト教史も網羅しているらしい。

日本のキリスト教史に関する事項や人名について基本的なところを調べるには、『キリスト教大事典』(教文館)も役に立つ。人名については『キリスト教人名辞典』(日本基督教団出版局、1986)も参考。それにしても、日本のキリスト教史に関する中事典程度のものが望まれる。

年 表

日本キリスト教歴史大事典編集委員会編、『日本キリスト教史年表 改訂版』、教文館、2006、110頁、1260円。
『日本キリスト教歴史大事典』の巻末付録を別冊として1988年に出た(94頁、1000円)ものの改訂版。従来の部分の訂正と1984-2004年の事項を追加。

年表は、十分ではないが、『キリスト教大事典』の巻末、中村敏『日本における福音派の歴史――もう一つの日本キリスト教史』(いのちのことば社、2000)の巻末などにもある。

史料集

鵜沼裕子、『史料による日本キリスト教史』、聖学院大学出版会、1997第2版、200頁、1600円。
歴史篇80ページと史料篇の2部構成の薄い教科書。きわめて簡便ながら重要な史料を取り上げていて、興味深い。史料は、「伴天連追放令」(1587)から始まって、熊本バンドの「奉教趣意書」(1876)、日本基督公会の「公会規則」(1872)と「公会条例」(1874)、「日本組合教会規約」(1886)、「戦時布教指針」(1942)など。
佐波亘(さばわたる)編著、『植村正久と其の時代』全5巻+別巻3冊、1937-1943,1976、教文館、全巻揃いで5000頁、62000円(復刻版)。
植村正久とその周辺の人々に関する伝記的史料をはじめ、明治期のキリスト教の史料から、日本基督公会を中心とする当時のプロテスタント教会および宗教一般に関する史料など。教文館による『植村正久と其の時代』の目次紹介ページあり。
日本基督教団宣教研究所教団史料編纂室編、『日本基督教団史資料集』(全5巻)、日本基督教団出版局、1997-2001、各7350円(全部で36750円)。
1:第1篇 日本基督教団の成立過程 1930〜1941年、2:第2篇 戦時下の日本基督教団 1941〜1945年、3:第3篇 日本基督教団の再編 1945〜1954年 第4篇 沖縄キリスト教団の形成 1945〜1968年、4:第5篇 日本基督教団の形成 1954〜1968年、5:第6篇 日本基督教団の財政・統計・年表・索引 1941-1968年。

小澤三郎『日本プロテスタント史研究』(東海大学出版会、1964、386頁)は、「基礎史料集」的な論文集。日本に伝道した主要ミッション一覧表(pp.14-16)と日本に宣教師を派遣した伝道会社一覧表(pp.70-73)、キリスト教学校の年表(pp.25-27)、明治6年(1873)2.24までに来日した宣教師一覧表(pp.74-79)、日本基督公会創立以前の受洗者一覧(pp.84-85)など、興味深い。日本基督公会での洗礼式(第1〜6回)の受洗者一覧もある。第12章「明治時代における教会浄化関係史料」には、除名など戒規処分に関する史料を92点掲載。

その他

秋山憲兄、『本のはなし――明治期のキリスト教書』、新教出版社、2006、329頁、2940円。
2008年に増補改訂版が出たらしいが、見ていない。秋山憲兄(あきやま・のりえ)は、1917.2.17-2013.12.25。
索引によれば160冊を紹介している。明治初期の印刷事情やキリスト教書の出版事業について記した後、トラクト約100種(排耶書7種を含む)、キリスト教書約60冊を紹介、他に、天路歴程の翻訳、和訳聖書の歴史とギュツラフの略伝。「カール・ギュツラフ略伝と日本語聖書」は、ギュツラフ訳『約翰福音之伝 約翰上中下書 復刻版』(新教出版社、2000)の解説(ただしこの復刻版も2009年に増補版が出ている)。p.61には、ヘボン・奥野昌綱訳『三要文』の使徒信条と主祷文(主の祈り)の訳文が記されている。

6.2 日本のプロテスタント史全般

プロテスタント史全般

もっとも手っ取り早くは、鵜沼裕子『史料による日本キリスト教史』(聖学院大学出版会、19972)の前半の歴史篇80頁だけで日本キリスト教史が概観できる。まず一番最初に読むべき教科書。

日本基督教団日本伝道150年記念行事準備委員会編、『キリストこそ我が救い――日本伝道150年の歩み』、日本基督教団出版局、2009、293頁、2600円+税。このpp.23〜55に内藤留幸「日本プロテスタントキリスト教150年略史(1859〜1959)」というのがある。

海老沢有道、大内三郎、『日本キリスト教史』、日本基督教団出版局、19701、660頁。
1974に第5版、1983に第8版まで確認。しかし内容は変わっていない。現在はオンデマンドで9030円。前篇(pp.11-126):海老沢「日本カトリック史」はキリシタン時代のみ。後篇(pp.127-624):大内「日本プロテスタント史」は幕末から1954年日本基督教団信仰告白制定まで。
土肥昭夫、『日本プロテスタント・キリスト教史』、新教出版社、19801478頁、19943504頁。
現在はソフトカバーで新教セミナーブック2(1997、488頁、5000円)。年表なし。2004年の重版は文献表等を増補した第5版。著者の歴史観があまりにも浮き出た筆致は、独りよがりに思えてしかたがない。土肥昭夫(どひ・あきお)1927.1.6-2008.3.31。
小野静雄、『増補 日本プロテスタント教会史』(上:明治・大正篇、下:昭和篇)、聖恵授産所出版部、1986、296頁、1700円。

日本のキリスト教史についての読み物として、鈴木範久『日本キリスト教史物語』(教文館、2001、216頁、1575円)。

諸教派史

中村敏、『日本における福音派の歴史――もう一つの日本キリスト教史』、いのちのことば社、2000、283頁、2200円。
年表あり。
同志社大学人文科学研究所編、『日本プロテスタント諸教派史の研究』(研究叢書26)、教文館、1997、526頁、5200円。

明治期

高橋昌郎、『明治期のキリスト教』、吉川弘文館、2003、296+6頁、8500円。
年表、文献表あり。高橋昌郎の編による日本プロテスタント史研究会の論文集『日本プロテスタント史の諸相』(聖学院大学出版会、1995、330頁、6408円)もある。
守部喜雅、『日本宣教の夜明け』、いのちのことば社マナブックス、2009、222頁、1470円。
都道府県別のプロテスタント伝道のはじまり。巻末に「海外の新聞が報じた「日本宣教の夜明け」」。ところどころに九つのコラムあり。

O. ケーリ(江尻弘訳)、『日本プロテスタント宣教史――最初の50年(1859-1909年)』、教文館、2010、512頁、4410円。幕末から日露戦争終了までのプロテスタント宣教50年の歴史を来日宣教師が描いた。塩野和夫が『本のひろば』2010年7月号で誤訳を指摘している。

その他

中村敏、『日本プロテスタント海外宣教史――乗松雅休から現在まで』、新教出版社、2011、302頁、2625円。日本のプロテスタント教会は115年前から海外に少なからぬ宣教師を派遣してきた! 木村公一による書評が『本のひろば』2012.2にあり。村瀬義史による書評が『日本の神学』Vol.51、2012、pp.191-196にあり。pdfへのリンク

日本基督教団史

日本基督教団日本伝道150年記念行事準備委員会編、『キリストこそ我が救い――日本伝道150年の歩み』、日本基督教団出版局、2009、293頁、2600円+税。このpp.59〜109に上田光正「教団史50年T」がある。

日本基督教団史編纂委員会編、『日本基督教団史』、390頁。
オンデマンドで2005年復刻、4830円。
都田恒太郎、『日本キリスト教合同史稿』、教文館、1967、286頁。
石原謙、『石原謙著作集 第十巻 日本キリスト教史』、岩波書店、1979。
この中に「日本キリスト教史論」を収録。元は『日本キリスト教史論』(新教出版社、1967)。この第3部が「日本基督教団」で、「T 日本基督教団の成立とその進展」、「U 会派問題――日本の教会の教会性について」、「V 戦後二十年のキリスト教――日本のキリスト教における教派制教会の意義についての一考察」。

6.3 日本プロテスタント史論

石原謙、『日本キリスト教史論』、新教出版社、1967、360+15頁。
2003年からオンデマンド、5200円。なお『石原謙著作集 第十巻 日本キリスト教史』(岩波書店、1979)に、関連する6論文と共に収録されている(求めるなら古書でこれを探した方が安いだろう)。
12論文。「東洋におけるプロテスタント・キリスト教」、「中国プロテスタント宣教史概観」、「中国伝道の開拓者」、「ハドソン・テイラーと中国内地伝道会」、「明治初期のキリスト教」、「公会主義とその姿勢」、「植村正久の生涯と路線」、「キリスト者の自我追求」、「日本神学の課題」、「日本基督教団の成立とその進展」、「会派問題」、「戦後二十年のキリスト教」。
隅谷三喜男、『近代日本の形成とキリスト教』(新教新書47)、新教出版社、1961初版、1962第2版、142頁。
隅谷三喜男は1916.8.26-2003.2.22。もとは基督教論叢(1950初版、1955再版)。明治初期のプロテスタント教会の成立と展開を論じる。「キリスト教思想の変化に照応する日本社会の変遷過程」が「独自の経済学的分析を持って明解に描き出され、風雲急を告げる明治初期の幾春秋を越えて進むキリスト者先輩の開拓者的苦悩は、ここに一段と鮮やかに浮き彫りにされている。」『キリスト教名著案内 下』1965での島田啓一郎の評。
キリスト教と社会との関わりの観点からの論集に、『日本社会とキリスト教』(東大新書20、東京大学出版会、1954、179頁)もある。
「1955年に『近代日本の形成とキリスト教』(新教出版社)を刊行したのは、学問と信仰の関連をどう考えるかという学生たちの問いに、日本のキリスト教史を素材にして答えようとしたのである。その後『日本社会とキリスト教』(東京大学出版会)などを出したのも、同じような問題意識に立っていた。」『私のキリスト教入門――使徒信条による』のはしがき。
「戦後の日本には思想的な混乱があった。それまで「日本のために死ぬ」と教えられてきた者が、その戦争の誤りを指摘され、依って立つものを失ったからである。そのようなこともあって、当時、教会には多くの若者が集まった。そしてこの戦後の混乱期の日本において、キリスト教がどのような役割を果たすことができるかを論じ合った。私はその際に、考える基礎となるように、明治の初期に教会がどのような社会の問題にぶつかり、どのように取り組んだのかを研究し、『近代日本の形成とキリスト教』という専門でもない書物を著した。・・・その続きとして書いた、『日本社会とキリスト教』の中で、二十世紀初頭のキリスト教と社会の関係について考察した。」『東神大学報』No.208、2000年2月24日、p.4。
隅谷三喜男の著作に、『日本プロテスタント史論』(日本キリスト教史双書)、新教出版社、1983。論文集。この中でさしあたって興味ありそうな論文は「日本キリスト教史の再検討」のみ。
鵜沼裕子、『近代日本のキリスト教思想家たち』、日本基督教団出版局、1988初版、1989再版、227頁、1650円。
日本の有名な神学者を思想家としてその精神面から研究したものとしておもしろかった。この続編に、『近代日本キリスト者の信仰と論理』(聖学院大学出版会、2000、186頁、3600円)。植村正久、内村鑑三、新渡戸稲造、三谷隆正、賀川豊彦、逢坂元吉郎を取り上げた論文集。植村の章は「植村正久の世界――伝統と信仰をめぐって」とされ、「前時代から受け継がれた伝統的な「天」の観念と信仰との関わりについて問うとともに、武士の精神的遺産である「志」に支えられた倫理性の強い信仰と、神の背理的な愛への秘義的な信仰との、内的な構造連関を明らかにすることを試みた」(はしがき)。
棚村重行、『二つの福音は波濤を越えて――十九世紀英米文明世界と「日本基督公会」運動および対抗運動』、教文館、2009、782頁、7140円。

武田清子の土着論として「キリスト教受容の方法とその課題――新渡戸稲造の思想をめぐって」 in 武田清子編『思想史の方法と対象――日本と西洋』、創文社、1961年。この中で、土着の型を五つに類型化:埋没型、孤立型、対決型、接木型、そして背教型。

読み物的小論集だが、佐藤敏夫『日本のキリスト教と神学』(現代と教会新書、日本基督教団出版局、1968、210頁)に「エヴァンジェリカリズムと日本の神学」や「日本プロテスタンティズム論」、高倉徳太郎を論じたものなどがある。この本にはほかに「禁酒禁煙」とかも(笑)。

6.4 神学思想史

古屋安雄、土肥昭夫、佐藤敏夫、八木誠一、小田垣雅也、『日本神学史』、ヨルダン社、1992、213頁、2000円。
先に1991年にドイツで出版されたものの邦訳。しかし、こんな執筆陣でいいのか?という感じ。まあ、結局は、序論で古屋が熊野義孝に言及しているように、日本の教会はまだ「日本神学史」を持つほどには成長していないということか。
熊野義孝、『日本キリスト教神学思想史』、新教出版社、1968、568頁。
今は『熊野義孝全集第12巻 日本のキリスト教』(新教出版社、1982、788頁、6500円)の1-562頁。

佐藤敏夫『キリスト教神学概論』(新教出版社、19962)の付論3に、「日本のプロテスタント神学を振り返って(教義学を中心に)」という23ページの論がある。澤正彦(金纓訳)『日本キリスト教史――韓国神学大学講義ノート』(草風館、2004)の中に「日本の神学思想総論」あり。

石原謙は、日本の神学思想の時代区分を三つに分けている。第一期は1860年代〜1910年代までの神学がなかった時代、第二期は1920年代から45年までの言論が不自由な時代に、集中的に福音の理解、認識、解明が試みられた時代、第三期は1945年以降。(「日本の神学の課題」、『日本キリスト教史論』)

佐藤敏夫は、日本の神学思想史におけるドイツ語圏の影響を大きく4期に分けている。第1は明治時代の新神学の移入、第2は大正期以降の波多野精一、石原謙、佐藤繁彦、山谷省吾らによるドイツの学問の輸入、第3は昭和期における弁証法神学、第4は戦後におけるブルトマン学派などのドイツ新約学の移入。 (ジャーマニー『近代日本のプロテスタント神学』の巻末「解説」)

桑田秀延は、日本の神学思想史上の三問題として、次の三つを挙げる。1.新神学とキリスト論の問題、さらに植村・海老名論争、2.バルト神学に対する反応、3.教会の「状況」との関わりの問題。 (明治学院大学キリスト教研究所編『日本の神学思想史に現われた神学の問題と人物(桑田秀延)』キリスト新聞社、1976)

桑田秀延は、日本神学思想史上の三人物として、植村正久(福音信仰を日本で初めて神学思想として明確にした)、高倉徳太郎(ルターが広く喜ばれていてカルヴァンがあまり紹介されていなかった時代に、カルヴァンの信仰的な意味を教えた)、熊野義孝(福音信仰に立って、独創的で学問的に優れた神学的思索を残した)を挙げる。 (明治学院大学キリスト教研究所編『日本の神学思想史に現われた神学の問題と人物(桑田秀延)』キリスト新聞社、1976)

C.H.ジャーマニー(布施濤雄訳)『近代日本のプロテスタント神学』(日本基督教団出版局、1982(1965)、372頁)は、戦後17年間日本に宣教師として来ていた著者が英語圏の人々のために英語で書いたものの翻訳。1859年から1950年代までの神学思想史。内容はリベラルかノンリベラルかという観点が強く、社会に対する教会の責任に大きな関心が向けられている。人物としては特に海老名弾正、大塚節治、賀川豊彦、高倉徳太郎が取り上げられているが、内村鑑三、植村正久の名は目次にない。巻末の「解説」で佐藤敏夫が本書の問題点を多く指摘している。1.日本におけるリベラル、ノンリベラルという視点の妥当性、2.教会の社会的責任よりももっと重要なテーマがあるのではないか、3.取り上げるべき人物、4.日本の神学におけるドイツの影響が重視されていない。

6.5 来日宣教師

明治以前のプロテスタントの宣教師

1846.5.1ベッテルハイム
(Bernard Jean Bettelheim)
英国教会
1859リギンス
(John Liggins)
アメリカ聖公会
1859.6.29C.M.ウィリアムズ
(Channing Moore Williams)
アメリカ聖公会
1859.10.17ヘボン
(James Curtis Hepburn)
アメリカ長老教会
1859.11S.R.ブラウン
(Samuel Robbins Brown)
アメリカ・オランダ改革派教会
1859.11シモンズ
(Duane B. Simmons)
アメリカ・オランダ改革派教会
1859.11.7フルベッキ
(Guido Herman Fridolin Verveck)
アメリカ・オランダ改革派教会
1860J.ゴーブル
(Jonathan Goble)
アメリカン・バプテスト
1860.6ネビアス
(John Livingston Nevius)
アメリカ長老教会
1861.11.11J.H.バラ
(James Hamilton Ballagh)
アメリカ・オランダ改革派教会
1863.5.18タムソン
(David Thompson)
アメリカ長老教会
中島耕二、辻直人、大西春樹、『長老・改革教会来日宣教師事典』(日本キリスト教史双書16)、新教出版社、2003、324頁、3000円。
1877年前後までに来日した、米国長老教会、アメリカ・オランダ改革派教会、スコットランド一致長老教会からの宣教師のうち、宣教師夫人、独身女性宣教師を除いた26人。アメリカ長老教会からは、ヘボン、ネビアス、タムソン、コーンズ、カロザース、ルーミス、ミラー、O.M.グリーン、J.C.バラ、インブリー、ノックスの11人。アメリカ・オランダ改革派教会からは、S.R.ブラウン、シモンズ、フルベッキ、J.H.バラ、スタウト、ウォルフ、アメルマン、ブース、ワイコフ、ハリス、オルトマンスの11人。スコットランド一致長老教会から、ワデル、デイヴィッドソン、フォールズ、パームの4人。目次にフルネームの原語表記が添えてあるのがうれしい。巻末にこの26人の来日年、生没年月日、出身校、宣教期間のたいへん見やすい一覧があって便利。

組合教会中心のアメリカン・ボードの最初の宣教師は、D.C.グリーン(Greene)(1869来日)。メソジストの宣教師では、R.S.マックレイ(Maclay)、M.C.ハリス(Harris)、D.マクドナルド(MacDonald)ら(いずれも1873来日)。メソジストの来日宣教師については、クランメル編『来日メソジスト宣教師事典』(教文館、1996)に集大成されている。ジャン・クランメルは1932.6.5-2006.3.30。

土肥昭夫『日本プロテスタント・キリスト教史』のpp.11-14に、1896年の時点での日本に宣教師を送った海外ミッション団体と各団体の著名な宣教師名が一覧できる便利な表がある。

ジェームズ・ハミルトン・バラ(井上光訳)、『宣教師バラの初期伝道――しののめ 夜明け 日本における神の国のはじまり』、キリスト新聞社、2010、75頁、1000円。“Shinonome,Day-Dawn, or The Beginnings of the Kingdom of God in Japan”と題された小冊子の翻訳。バラが最初に洗礼を授けた日本人のこと、また祈祷会から始まった日本基督公会設立時の出来事など、日本伝道初期の記録。

ニコライ

2010.10.20全面的に更新

Arkhiepiskop otets Nikolaj, 1836.8.14-1912.2.16 (1861.7.14来日)

俗名(というか本名というか)は、『日本キリスト教歴史大事典』では、ローマ字表記:Ioan Demitrovich Kasatkin、カタカナ表記:「イオアン・デミトロヴィチ・カサートキン」。中村健之介は「イワン・ドミートリエヴィチ・カサートキン」と表記する(『宣教師ニコライの日記抄』の「訳者あとがき」)。

「他に教えんがためには自ら学ぶべし。他を導かんとするには自らを導くべし」(ニコライの日記帳の1冊目の表紙裏に書かれている言葉)(『宣教師ニコライの全日記』第1巻、p.79)

失われていたと思われていたニコライの日記を1979年に見つけ出した中村健之介のニコライ関連の著訳書:

ニコライ(中村健之介訳)、『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫393)、講談社、1979、155頁。
原題は「キリスト教宣教団の観点から見た日本」(1869)。1861年に函館に来日したニコライが1869年にロシアに一時帰国した際に、ロシアの人々に向けて宗教を中心に日本を紹介し、日本への正教の伝道の必要性を説いた論文。西欧とは異なる日本人の無神論、神道、仏教、禅宗、門徒宗、法華宗、孔子教、ザビエルに始まるキリスト教伝来とその後のキリスト教禁制、島原の乱、開国とキリスト教、明治政府と廃仏毀釈など。ニコライが見た日本の宗教そのものよりも、訳者による詳しい注で、ニコライの記述の事実関係が詳細に調べられているのが興味深い。30頁に渡る解説は、訳者のニコライ研究とドストエフスキー研究の関係がよく分かる(「ドストエフスキーの信仰」という小論付)。
ドミートリー・マトヴェーヴィチ・ポズニェーエフ(中村健之介編訳)、『明治日本とニコライ大主教』(もんじゅ選書25)、講談社、1986、259頁。
ニコライ(中村健之介編訳)、『明治の日本ハリストス正教会――ニコライの報告書』、教文館、1993、217頁。
原題は「正教宣教協会評議会への報告書」1879年。
中村健之介、『宣教師ニコライと明治日本』(岩波新書新赤版458)、岩波書店、1996、249頁、 819円。
この書は、「ニコライの日記の紹介をめざすもの」(まえがき、p.xii)。ニコライの日記を中心にその他の史料をもとにして、ニコライの日本行きの召命、函館での様々な日本人との関わり、ニコライの伝道活動の実態、日露戦争中の複雑な思い、明治時代の農村の素朴な宗教心への共観などを描き出す。そういうわけで、ニコライの伝えた正教やニコライの活動が明治期の日本に与えた影響についての本ではなく、明治の時代に生きる日本人たちの間でのニコライの活動の実際を初めて紹介した本。巻末に文献表あり。
士族たちがニコライの説くキリスト教に惹かれたのは、「日本は統一が成り新しく生まれ変わったのであるから、これまでの古い神々ではなく、新しい日本にふさわしい新しい一つの神が必要なのだ、それは『世界万国』に通じる神であるべきだという論理が受け入れられる心理的地盤が、あるいは潜在的渇望が、かれら士族にあったのではないか。」(p.66)・・・しかし、「かれら仙台の士族の根にあった動機は、・・・儀礼や神秘に惹かれる宗教的感性ではなく、あるいは苦しむ者が救われようとして綱にすがる依頼の願望でもなく、「国家の事」「人身の統一」を思う武士の志であり、「一事業を挙げ、名をなさざるべからず」という実践的な向上の精神であった。」(p.230f)
ニコライの伝えた東方正教は、宗教改革を経験したカトリックやプロテスタントとは異なり、「土俗的」で近代化されてなく、「半世俗化、反啓蒙」であったが、それが「むしろ明治の日本の庶民のいわば前近代的な宗教心、宗教的感情に接合しうる信仰だった、少なくともニコライ自身はそう感じた」(p.240)。ニコライらは、「文明と実利を求める人々にではなく、その宗教的感情から新しい宗教を求める人々に呼びかけた。それゆえにハリストス正教は、明治期の日本人の間に、一つの宗派としてはカトリックに次ぐ数の信徒を得て宗教として根づき、その結果として「ニコライ堂」は明治文化の一翼を担うことになった」(p.244)のだ。
元々ドストエフスキー研究者の著者がひょんなことからニコライを調べることになり、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の国立中央歴史古文書館にニコライの日記が保管されているのを突き止めるに至る経緯は、まえがきに簡単に記されている。詳しくは、『共同研究 日本とロシア 第一集』、ナウカ社、1990を見よとのこと。
ニコライ(中村健之介、中村喜和、安井亮平、長縄光男編訳)、『宣教師ニコライの日記抄』、北海道大学図書刊行会、2000、568+15頁、6825円。
ロシア語原文約700ページから約400ページ分を選んで翻訳。最初期(ロシア暦1870.3.1〜)、ロシア帰国時、上州・東北巡回(1881.5.19-)、駿河台、駿河台・日露戦争前夜、日露戦争時、日露戦争後の7編で構成し、各編の冒頭に簡単な導入的解説あり。
肩書き付で親切な人名索引あり。索引に出てくる主なプロテスタントは、イムブリー、鵜飼猛、小崎弘道、ビショップ。イムブリーと小崎弘道は、日露戦争時の1904.5.16の「大日本宗教家大会」でロシアに対し激しく中傷する演説をした。ビショップとその秘書鵜飼猛は1905.5.11に、日露戦争後の傷病兵のために、アメリカからの献金2000円を持ってきた。
中村健之介、中村悦子、『ニコライ堂の女性たち』、教文館、2003、576+22頁、3360円。
ニコライの日記と当時の様々な記録を極めて丹念に掘り起こし、「ニコライとともに生き活動し生涯をかけて正教会のためにつくしながら、その教会内においてさえほとんど忘れられてしまった女性たち」(p.14)の人間像と正教受容とを詳らかにする。エレナ酒井ゑい、イリナ山下りん、フェオドラ北川波津、テクサ酒井澄子、エレナ瀬沼郁子、ナデジダ高橋五子、ワルワラ中井終子の七名。巻末に詳しい人名索引、便利な陰暦・陽暦・露暦対照表、年譜あり。
瀬沼郁子(雅号:夏葉(かよう))の不貞の生涯と病的ともいえる素性は、初めて明かされる。神学校の校長の妻が、5人の子育てを投げ出し、ロシア人留学生と恋に落ち、子を産む。教会の中にもこのようなことはあるのである。しかし、病的なのは彼女だけではない。そのドロドロの恋愛関係は下手な不倫ドラマより面白いかも。
ニコライ(中村健之介監訳)、『宣教師ニコライの全日記』(全9巻)、教文館、2007。
全9巻分売不可で99750円。教文館の出版案内のページ。ロシア語原文は、日露英解説付で、中村健之介、中村喜和、安井亮平、長縄光男編『宣教師ニコライの日記(ロシア語原文)』北海道大学図書刊行会、1994、896頁、31500円。

ニコライの日本における聖体礼儀や聖書・典礼書等の翻訳などの宣教活動については、牛丸康夫『明治文化とニコライ』(教文館、1969)に詳しいとのこと。

6.6 長 崎

こんな範疇をつくっているのは私だけだろうな。26聖人、ド・ロ神父、コルベ神父について。そして、片岡弥吉の著作。そのほか、長崎のプロテスタント伝道については、G. D. レーマン(峠口新訳)『ヘンリー・スタウトの生涯――西日本伝道の隠れた源流』(新教出版社、1986(1983)、200頁、1600円)。これは、レーマン先生のウェスタン・セミナリー牧会学博士論文。長崎のオランダ坂にある「東山手十二番館」は、スタウト夫妻らが住んだ家であるが、現在、資料館として無料で見学可能。旅のガイドブックに小崎登明『長崎オラショの旅』(聖母の騎士社、300頁、500円)。さらに平戸、五島列島、島原、天草に足を伸ばすなら、小崎登明『西九州キリシタンの旅』(聖母の騎士社、368頁、600円)。

日本二十六聖人 1597.2.5(慶長元年12月19日)殉教、1862.6.8列聖

ルイス・フロイス(結城了悟訳)、『日本二十六聖人殉教記』(聖母文庫)、聖母の騎士社、1997(1597)、357頁、800円。
二十六聖人の殉教を目撃したイエズス会士フロイスによるローマのイエズス会総長宛の報告書。この翻訳は、純心女子短期大学長崎地方文化史研究所編『日本二十六聖人殉教記、聖ペトロ・バプチスタの書簡』(純心女子短期大学、1995)がもと。これには巻末に詳細な人名索引が付いていたが、文庫版にはない。ルイス・フロイスの年表やサン・フェリペ号事件の年表は文庫版にもある。
訳者、結城了悟は、1922.10.17 - 2008.11.17。スペイン名ディエゴ・パチェコ。日本名は、1978年に日本国籍を取得する際、ディエゴという洗礼名を持つ江戸時代の日本人司祭で殉教した結城了雪にちなんだ。カトリック司祭、日本二十六聖人記念館館長を務めた。
松崎実(入江浩訳)『現代語訳・切支丹鮮血遺書(きりしたんちしほのかきおき)』、燦葉出版社、1996、320頁、3000円。
原著は、フランスからの宣教師ビリオンがレオン・パジェスの『日本キリスト教史』をもとに語った説教を加古義一が編訳して1887年(明治20年)に出版したもの。その後1926年(大正15年)にこれを校訂し注をつけて松崎實が出版した。このうち、「日本二十六聖人の殉教」と「日本殉教者一覧」を現代語に訳したものが本書。ちなみに、これと同じく重要な史料として、レオン・パジェス『日本廿六聖人殉教記』(木村太郎訳、松崎實校註、岩波書店、1931、422頁)がある。

より一般向けに書かれたものには、永富映次郎『日本二十六聖人殉教記』(サンパウロ、1997、150頁、1200円)。最初は『鮮血の十字架』というタイトルで出ていた(中央出版社、1977)。これは、もともと映画化のために収集された史料、文献をもとに書かれたドキュメンタリー。細部にフィクションあり。キリスト者の殉教としての描写はやや平板。極めて簡潔に知るには、トマス・オイテンブルク、シーグフリド・シュナイダー(小沢謙一訳)『日本二十六聖殉教者――歴史的背景と略伝』(中央出版社、1961、82頁+図版4頁)が超短い。ゲルハルト・フーバー(アンジェロ・アショフ訳)『日本26聖人物語』(聖母文庫、聖母の騎士社、1993、190頁、500円)も伝記物語で、イエズス会、フランシスコ会それぞれの秀吉との関係の相違や確執が強調されてて興味深いが、年が頻繁に前後する記述の仕方に注意。そのほか、児童文学作家の谷真介による『二十六の十字架』(パウロ文庫、女子パウロ会、192頁、700円)は、小学校高学年から中学生くらい向け。巻末に文献表がある点はしっかりしている。

ちなみに、長崎市西坂町にある「日本二十六聖人殉教地」は、日本で最初の巡礼所として、列聖からちょうど150年の2012年6月8日、「日本カトリック長崎・西坂巡礼所」と命名された。

ド・ロ神父

森禮子(れいこ)、『神父ド・ロの冒険』、教文館、2000、228頁、1800円。
ド・ロ神父の生涯をつづる。長崎県外海(そとめ)町に行くと、「ド・ロさまそうめん」というのがある。文献は他に、片岡弥吉『ある明治の福祉像――ド・ロ神父の生涯』(NHKブックス)。

コルベ神父については、「おすすめの伝記」のページを参照。

片岡弥吉の著作

片岡弥吉、『浦上四番崩れ――明治政府のキリシタン弾圧』、ちくま文庫か−15-1、筑摩書房、245頁、1991(1963)、540円。
1867年の「浦上四番崩れ」と1968年の明治政府による一村総流罪の記録。片岡は日本キリシタン史を4分する(p.42)(伝道時代:1549ザビエル来日〜1614家康による禁教、禁教と殉教の時代:1614〜1643潜伏していた最後の神父の殉教、潜伏の時代:1643〜1865プチジャン司教による信徒発見と教会復活、教会再建の時代:1965〜)。
片岡弥吉、『長崎の殉教者』、角川選書33、角川書店、1970、232頁、760円。
長崎のキリシタンの弾圧と拷問、そして殉教の歴史。26聖人の殉教の歴史的経緯(p.37-)、殉教者が受けた処刑の種類の統計(p.61)、踏絵の歴史(p.71-)、潜伏キリシタンとかくれキリシタンの違い(p.129-)など興味深い。

片岡弥吉(1908-1980)の主要著作はその他に、『長崎のキリシタン』(聖母文庫、聖母の騎士社、203頁、500円)、『かくれキリシタン――歴史と民俗』(NHKブックス、1997、292頁、1070円)、『踏絵――禁教の歴史』(NHKブックス90)。そして、キリシタン研究の集大成が『日本キリシタン殉教史』(時事通信社、1979、717頁)。

7.植村正久

1858.1.15-1925.1.8。

7.1 資料、史料

佐波亘(さばわたる)編著、『植村正久と其の時代』全5巻+別巻3冊、1937-1943,1976、教文館、全巻揃いで5000頁、62000円(2000年の復刻版)。
植村とその周辺の人々に関する伝記的史料から、日本基督公会を中心とする当時のプロテスタント教会および宗教一般に関する史料など。佐波亘は植村の長女澄江の夫。最後の別巻「新補遺」は小沢三郎編1976年。教文館による『植村正久と其の時代』の目次紹介ページあり。
佐波亘がこれを編纂するために集めた資料は、現在、東京女子大学比較文化研究所に「植村記念 佐波文庫」として収められている。リストが入手可能。

『明治文學全集46』(筑摩書房、1977)の巻末に、評伝、研究論文から雑感までを載せた詳しい文献表あり(武田清子、岡田典夫編)。富士見町教会の月報の「路の光」に掲載された記事まで含められている。

詳しい年譜は古い順に、『植村全集』の第8巻(婦人之友社内植村全集刊行会、1934)の巻末、『明治文學全集46』(筑摩書房、1977)の巻末(武田清子、岡田典夫編)、藤田治芽『植村正久の福音理解』(新教出版社、1981)の巻末にある。『植村正久著作集』全7巻(新教出版社、1966-1967)には年譜はない。最近のものでは、雨宮栄一の新教出版社からの三部作の巻末。最近の大内三郎の論文集にあるだろうか?

明治学院創立120周年記念出版編、『井深梶之助宛書簡集』、新教出版社、1997、444頁、5000円+税。植村正久、新島襄ら150名の書簡を収録とのこと。

植村正久主幹『宗教及び文藝』(1〜8号、福音新報社)の復刻あり。武田清子と斉藤勇による解説が別冊で付いている。新教出版社、2001、750頁、8000円+税。

7.2 著 作

著作集

『植村全集』全8巻、1931-1934。
「全集と号するも、実は選集であって、全集とは称し難いくらいに、彼は多作した。」 (比屋根安定『教界三十五人像』、日本基督教団出版部、1959、p.21)
『植村正久著作集』全7巻、新教出版社、1966-1967。
解説は、第1巻が石原謙、第2,5,6巻が大内三郎、第3巻が斎藤勇、第4巻が熊野義孝、第7巻が山谷省吾。
第6巻のオンデマンド版(2005.12〜)には、土肥昭夫の「「教会の合同」について オンデマンド版への後記」が付されている。それによると、初版には収録されなかった「教会の合同」(三)(四)がオンデマンド版で追録されている(p.56のあとに11ページにわたって)。なお、土肥は、大内三郎の解説について誤りの指摘を超えて批判を付け加えているが、愚かな蛇足であろう。

説教集

説教集は、たとえば、『植村正久説教集』(加藤常昭編、日本人のための福音1、新教出版社、1972)は、明治期と大正期に分けて、著作集や全集などから抜き出した全37編。『日本の説教2 植村正久』(日本基督教団出版局、2003)は加藤常昭の解説つき。

「植村牧師から洗礼を受けた母から、その師について聞かされることがあったが、これほどの説教者であるとは知らなかった。〔植村全集のうち特に説教集三巻を〕しばしば声に出して読んだ。その文章の流麗さと力強さに圧倒された。そして何よりも、主イエスを愛し、これに仕えることを喜びとし、誇りとする姿勢に打たれた。」(加藤常昭『自伝的説教論』、p.148)

戦後に出版されたもの

植村正久、『霊性の危機』、警醒社、単行本として最後に出版されたのは1948か。

植村正久、『信仰の生活』(温故小文選1)、新教出版社、1946初版、1948再版。その前はアルパ社、1924?

「植村傳道叢書」が1947-8年に新教出版社から出された。これは、「植村先生の祖国に対して懐かれたさかんな福音宣教の志を伝えんがため」に「植村会」(「先生を記念し、その志をつがんがために組織せられている会」)により企画されたもの。全10巻で、それぞれ植村の様々な短文から3〜11篇が集められている。すべてに日付が記されているが、日付だけのものも多い。たとえば、『祈』には、「祈の研究」(家庭夏期学校講演、1914.8)、「主の祈」(1912.6)、「祈の生活」(1918.10)が収録されている。

番号タ イ ト ル発行年収録数
『神』19478篇
『降誕と復活』194811篇
『十字架』19476篇
『基督教生活』19488篇
『祈』19473篇
『教会』194810篇
『永生』19487篇
『求道者に寄す』19476篇
『彼らは如何に導かれたるか』19479篇
10『基督者と社会』19489篇

1958年から1961年に教文館から出た日本宣教選書の1が、植村正久、『宗教の衣装』(日本宣教選書1)、教文館、1960。島村亀鶴による評伝付き。

著作を収録した全集、大系など

2015.11.23全面的に更新
斎藤勇編、『植村正久文集』(岩波文庫33-116-1)、岩波書店、1939、236頁。
斎藤勇(さいとう・たけし、1887.2.3-1982.7.4)。1983年第2刷。1995年春にリクエスト復刊している。宗教思想家評論4点(ルター、カルヴィン、モーリス、「黒谷の上人」)、時評8点、西洋文学論5点、訳詩3点、その他(書簡3通、任職30年記念、自叙伝)。巻末の編者による「植村正久先生の文学的寄與」は、『神学と教会』第2巻第1号(長崎書店、1935)に収録されたものに加筆したもの。
三枝博音、清水幾太郎編、『日本哲學思想全書 第10巻(宗教 神道篇・キリスト教篇)』、平凡社、1956、4+355頁。
編集顧問が長谷川如是閑。第2版が1980。キリスト教篇は、ハビアン「破提宇子 附 妙貞問答(下巻)」、植村正久「iケ道志流部」、内村鑑三「基督信徒の慰」、芥川龍之介「西方の人(正・續)」の4本を収録。「福音道志流部」の解題がp.197〜200。これによると『植村全集』第六巻収録のものに句読点を補ったとのこと。解題・校訂は長尾廓亮。
内村鑑三、『日本現代文學全集・講談社版14 内村鑑三集 附 キリスト教文學』、講談社、1964。
編集は、伊藤整、亀井勝一郎、中村光夫、平野謙、山本健吉。奥付には著者として内村鑑三しか記されていないが、内村鑑三集、植村正久集、新島襄集の三部から成る。巻末に亀井勝一郎によるわずか6ページの「作品解説」と、大内三郎による「内村鑑三 キリスト教文學入門」と書いてありつつ、中身は内村鑑三と植村正久と新島襄の紹介(pp.410-419)、最後に、三者それぞれの年譜と参考文献。。1980年の増補改訂版があるのか?
植村のは「福音道志流部」、文学論8編、西洋の文学として7編、時論7編、人物評論4編(福沢諭吉、王陽明、新島襄、「黒谷の上人」)、主張として22編、キリスト教として3編(「基督と其の事業」、「伝道何の為ぞ」、「国民は基督教を要する乎」)、全部で52編を収録。植村の年譜は、鵜沼裕子作成、大内三郎閲。植村の参考文献も鵜沼裕子編集、大内三郎閲。
武田清子編、『現代日本思想大系6 キリスト教』、筑摩書房、1964、405頁。
植村の「黒谷の上人」、「われらの信仰」を収録。武田清子の「解説 地の塩――キリスト教と近代日本の形成」あり(pp.7-58)。
「黒谷の上人」について、「1911年3月『宗教及び文芸』に書いた法然上人についての論説であって、その信仰を仏教哲学の汎神論的態度よりも、人格的信仰態度として受け取っている。全集第七巻に収録。」と記されている。「われらの信仰」について、「福音同盟会における説教であり、1899年4、5月にわたり彼の主宰する『福音新報』に掲載された。『植村全集』第4巻教義篇に収録。福音主義堅持のために海老名弾正と歴史的な神学論争をするのは2年後の1901年である。」と記されている。
吉田精一、浅井清編、『近代文学評論大系1 明治期T』、角川書店、1971。
この中に植村正久「詩人論」、「馬琴小説の~髓」がある。
市村弘正編、『論集・福沢諭吉への視点』、りせい書房、1973。
この中に植村正久「福沢先生を弔す」があるようだ。
松本三之助編、『近代日本思想大系31 明治思想集U』、筑摩書房、1977。
植村の「政治主義に関する管見」、「帝国議会の開設」、「政治上の徳義」、「愛国、輿論、及び新聞紙」、「日清戦争を精神問題とせよ」、「福沢先生を弔す」の6本を収録。
武田清子、吉田久一編、『明治文學全集46 新島襄・植村正久・清澤満之・綱島梁川集』、筑摩書房、1977(2013復刊)、480頁、7500円+税。
「福音道志流部」、「眞理一斑」、「今日の宗教論及び徳育論」、海老名弾正との論争の諸文書、カルヴィン、ジョン・ノックス、黒谷の上人、ジェームス・バラについての文章など。石原謙「志の宗教」(後に『石原謙著作集 第10巻 日本キリスト教史』、岩波書店、1979に収録)、解題、年譜、参考文献あり。武田清子の解題は、武田清子『植村正久――その思想史的考察』(教文館、2001)に収録されている。
『近代日本キリスト教文学全集10』、教文館、1978、281頁。
「詩人論」、「馬琴小説の神髄」、「黒谷の上人」を収録。山形和美の解説あり。もうひとつの解説、佐古純一郎「「文学界」の評論家たちを中心に」には、植村正久への言及はあまりない様子。
山形和美編、『新しきミューズ――キリスト教文学の可能性』、新教出版社、1987。
この中に植村正久「宗教と文学」があるようだ。
吉田精一監修、中根駒十郎編、『近代日本作家研究叢書103 国木田独歩』、日本図書センター、1990。
『新潮』第9巻第一号、明治41年7月の独歩追悼号の影印。徳富蘇峰、田山花袋、夏目漱石、内田魯庵らの独歩論など。この中に、植村正久「信仰上の獨歩」あり(p.23-24)。解説は滝藤満義。
『近代日本作家研究叢書』は、日本の近代作家についての研究・評論、思想・伝記などの著作・資料を復刊(影印)叢刊したもの。
山住正己校注、『日本近代思想大系6 教育の体系』、岩波書店、1990。
大系全体の編集委員は、加藤周一、遠山茂樹、中村政則、前田愛、松本三之介、丸山真男、安丸良夫、由井正臣。この中に内村鑑三不敬事件の資料として、内村の「ベル宛内村鑑三書簡」の英語原文と翻訳(pp.385-393)、植村の「不敬罪と基督教」(pp.393-396)、柏木義円の「勅語と基督教」(pp.396-407)の三つがある。
鈴木範久監修、『近代日本キリスト教名著選集 第1期 キリスト教思想篇1』、日本図書センター、2002。
植村正久「真理一斑」と小崎弘道「政教新論」を収録しているようだ。
藪禎子、吉田正信、出原隆俊編、『新日本古典文学大系 明治編26 キリスト者評論集』、岩波書店、2002、597頁。
植村の他、巌本善治、徳富蘇峰、北村透谷、内村鑑三の社会評論、及び、山路愛山「現代日本教会史論」を収録。かなづかいなど底本を忠実に再現、注も、脚注と巻末の補注があって充実している。
「欧洲の文学 其二 トルストイ伯」、「欧州の文学 其三 トーマス、カアライル 上」、「欧州の文学 其四 トーマス、カアライル 下」、「日本の基督教文学」(上、中、下)、「自然界の予言者ウオルズウオルス」(其一、其二)」の(まとめると)4本を収録。これらはみな『植村正久著作集』(新教出版社)に入っているが、「現代表記に全面的に改変されていて、初出の形からは遠い。」とのこと。岩波文庫の『植村正久全集』も本文校訂としては中途半端とのこと。植村正久についての解説は、藪禎子「精神の地平を拓く――植村正久・巌本善治」(p.595-572)。
なお、『新日本古典文学大系 明治編12 新体詩 聖書 讃美歌集』(岩波書店、2001)に、植村正久、奥野昌綱、松山高吉編『新撰讃美歌』(明治23年12月)が収録されている(校注と解説は下山孃子)。ただし、楽譜は19曲のみ。

著作についてのいろいろ

「『真理一斑』を始〔ママ〕めて読んだ時、天来の霊感の如きものが襲うを感じて、終夜眠れなかった。」比屋根安定『教界三十五人像』(日本基督教団出版部、1959)のp.20の山路愛山のことば

「日本の基督教文学」は、日本語聖書をはじめ、キリスト教書出版の始まりを詳しく記している。讃美歌についても。三要文についての記述は、「他の基督教書にして最も早く印行せられたるは蓋し三要文にてあるならん。僅々三四葉なる木版摺の小冊子当時は如何に珍重せられけん。」と冒頭部にある。

植村が編纂に関わった『新撰讃美歌』は、「日本のプロテスタント教会においてそれまでの讃美歌集を質量共に凌駕した讃美歌集として、また以降多くの共通讃美歌編纂の土台ともなった記念碑的讃美歌集である。『新日本古典文学大系 明治編12 新体詩 聖書 讃美歌集』(岩波書店、2001)、p.352。

7.3 紹介、伝記、評伝

2015.11.23全面的に更新

(1)辞典項目

『キリスト教大事典』(改訂新版、教文館、1968)の植村正久の項:大内三郎。わずか38行。写真あり。

『日本キリスト教歴史大事典』(教文館、1988)の植村正久の項:鵜沼裕子。一段弱。写真、参考文献あり。植村の伝道者としての働きを、福音主義に基づく教会形成、神学思想の受容形成とそれに基づく伝道者養成、文筆による対社会的活動の3つに区分する。

『世界日本キリスト教文学事典』(教文館、1994)の植村正久の項:遠藤祐(しめす偏は示)。4段近く(2頁弱)にわたる分量で、文学に関することだけでなく、略伝もしっかり記述されている。

『岩波キリスト教辞典』(岩波書店、2002)の植村正久の項:田代和久。28行。

(2)簡便な紹介記事

比屋根安定、『教界三十五人像』(日本基督教団出版部、1959)のpp.18-26が植村正久。植村の人相、性格などの描写が大変おもしろい。

植村正久、『宗教の衣装』(日本宣教選書1)、教文館、1960。これに島村亀鶴による評伝が付いている。

砂川萬里、『海老名弾正、植村正久』(日本の代表的キリスト者2)、東海大学出版会、1965、230頁。略年譜と主要参考文献がある模様。

『植村正久著作集1 時代思潮』、新教出版社、1966。この巻末に石原謙「植村正久の生涯と路線」あり。32頁。これは、『福音と世界』1965.10(植村正久特集)に書いた「植村正久論」が「論旨未熟、表現不備に自ら飽き足らなかった(原文はりっしん偏に兼。変換で出ないなあ)ので、・・・この改作をもって、『福音と世界』における前稿に換えたい」とのこと(p.462)。後に『日本キリスト教史論』(新教出版社、1967)に収録。さらに、『日本キリスト教史論』は『石原謙著作集 第10巻 日本キリスト教史』(岩波書店、1979)に収録。

加藤常昭、鵜沼裕子、船本弘毅監修、『日本の説教2 植村正久』、日本基督教団出版局、2003。加藤常昭「解説・植村正久」(pp.247-269)の最初の8頁が生涯について。

青山学院宗教センター編、『地の塩、世の光――人物で語るキリスト教入門』、教文館、2006、229頁、1800円+税。この中に植村正久の項あり。7頁で簡潔に紹介。信徒向けにちょっとした学びで紹介するにはこれが一番便利か。

(3)一冊で読める伝記

生涯全体を記した、清水書院の人と思想シリーズのような一般向けの伝記・評伝は、次のもののほかは今のところない。

青芳勝久(渡辺省三訳)、『謙堂・植村正久・物語――日本人の心にキリストを命がけでつたえた伝道者』、キリスト教図書出版社、1997(1941)、309頁。
もとは英文。巻末に植村正久研究基礎資料リストあり。著者は『植村全集』(1934)の編集委員。

古くは、青芳勝久、『植村正久傳』、教文館、1935、515頁。「序」は井深梶之助、もう一つの「序」を小崎弘道、「序に代へて」を植村環。複製版が大空社の伝記叢書105として1992年に出た。

他に、日高善一編、『信仰の人植村正久先生』、福音新報社、1942。後に、日高善一『植村正久先生 信仰の巨人』(ともしびシリーズ14)、ともしび社、1953。というのがあるらしい。

(4)雨宮栄一の三部作

「全体として著者の方法は、植村の世界を内在的に読み解くというよりは、著者自身の描く当代キリスト教のリーダー、福音的使徒のモデル像に照らして植村の意義を浮かび上がらせるというもの」とのこと(鵜沼裕子の書評、『本のひろば』2008.2)。

雨宮栄一、『若き植村正久』、新教出版社、2007、366頁、3045円。
目次は、「序に代えて――何故、今日、植村正久の評伝か」、「第一章 その出自」、「第二章 横浜・石川塾と修文館」、「第三章 入信をめぐって」、「第四章 ブラウン塾」、「第五章 ブラウン塾と神学思想形成」、「第六章 一致神学校」、「第七章 下谷一致教会」、「第八章 『六合雑誌』」、「第九章 山内季野との結婚」、「第十章 『日本伝道論』」、「第十一章 『真理一斑』」、「第十二章 『福音道志流部』」。巻末に略年譜あり。
雨宮栄一、『戦う植村正久』、新教出版社、2008、400頁、3255円。
目次は、「序に代えて――天皇制支配確立期の植村正久」、「第一章 一番町教会設立の事情」、「第二章 第一回外遊」、「第三章 新島襄と教会合同問題」、「第四章 新神学」、「第五章 内村鑑三不敬事件」、「第六章 井上哲次郎批判」、「第七章 文学者たち(一)藤村と独歩」、「第八章 文学者たち(二)窪田空穂と正宗白鳥」、「第九章 『日本の花嫁』事件 正久のナショナリズム」、「第十章 武士道論」、「第十一章 日清戦争」。巻末に略年譜あり。
雨宮栄一、『牧師植村正久』、新教出版社、2009、398頁、3255円。

7.4 研究書

『日本キリスト教歴史大事典』(1988)の「植村正久」の項(鵜沼裕子)で挙げられている文献

武田清子、「植村正久における新しい「自我」の確立」 (『人間観の相剋』、1959)
隅谷三喜男、「植村正久と日本の基督教」 (『中央公論』1965) (これは『隅谷三喜男著作集第7巻』岩波書店、2003に収録された。)
大内三郎、「近代日本思想史上の植村正久」 (『福音と世界』1965)
京極純一、『植村正久、その人と思想』1966
石原謙、「植村正久の生涯と路線」 (『日本キリスト教史論』1967)
熊野義孝、「植村正久における戦いの神学」 (『日本キリスト教神学思想史』1968)
大内三郎、「植村正久の思想基礎論」 (『東北大学日本文化研究所研究報告』1975)
加藤常昭、「植村正久」 (『日本の説教家たち』1972)
田代和久、「植村正久における神学思想」 (『日本思想史研究』1975)。

比較的まとめられている主な文献

2015.11.23全面的に更新
京極純一、『植村正久、その人と思想』(新教新書121)、新教出版社、1966、172頁。
2007年復刊。もとは、福田歓一等編、『政治思想における西欧と日本――南原繁先生古稀記念 下』(東京大学出版会、1961)所収の論文「日本プロテスタンティズムにおける政治思想――植村正久の場合」。序章「問題の限定」、第1章「その生涯」(6頁)の後、第2章「独立と創開――志の神学」、第3章「自由と進歩――その実践神学」、第4章「伝道と牧会その教会神学」、終章は「残された問題」。
この著者の筆で、小川圭治編著『日本人とキリスト教』(三省堂、1973、322頁)に京極純一「植村正久――「主体の論理」をつらぬいたキリスト者」あり。朝日ジャーナル編集部編『日本の思想家 中』新版(朝日選書45)、朝日新聞社、1975。の植村正久の項を書いている。
藤田治芽、『植村正久の福音理解』(日本基督教会神学校植村正久記念講座1)、新教出版社、1981、171頁、1000円。
ふじた・おさめ。植村正久の宣教論、キリスト論、教会論。付録に略年譜と1976年9月までの植村正久研究資料目録。この目録は、昭和女子大発行の『近代文学研究叢書』第23巻所収の「植村正久」にある資料年表を補足することに留意して組まれている。
佐藤敏夫、『植村正久』(植村正久とその弟子たち1)、新教出版社、1999、160頁、1700円。
植村は長老主義者であったか、植村は信条主義者であったか、植村はカルヴィニストであったか、植村と弁証学(『真理一斑』)、植村とキリスト論論争、植村の聖書に対する態度――特に聖書批評学に対して、植村と救い、植村と教会、植村における国民教会と国民の救い、『福音週報』の発刊、明治学院から東京神学社へ、一致と組合の合同問題、内外協力の問題、植村の伝道局支配、植村の家庭と家族の全15章に、付論として植村と『キリスト教神学概論』(植村はなぜ自由主義神学者であるクラークの『キリスト教神学概論』を明治学院で教科書にしたのか)、植村と『系統神学』講義。
これが出版された後に、佐藤は『福音と現代』62号(福音と現代社、1999.6)に「植村は教会がわかっていたか」を書いている。また、『高倉徳太郎とその時代』(新教出版社、1983、252頁)に「植村正久と高倉」、「信濃町教会の成立」、「植村・高倉と教会論」などあり。
武田清子、『植村正久――その思想的考察』、教文館、2001、240頁、2500円+税。
「植村正久の人と思想」、「横浜バンドの女性観――「『日本の花嫁』事件」をめぐって」、「植村正久における新しい「自我」の確立」、「明治プロテスタントの罪意識――植村正久を軸に」、「進化論の受容方法とキリスト教」、「近代科学摂取の三つの道――福沢諭吉、加藤弘之、植村正久を中心に」、「弟子を送りつづけて地方教会を育てる――植村正久と札幌北一条教会」の7論文。
大内三郎、『植村正久――生涯と思想』、日本基督教団出版局、2002、228頁、2800円。
大内三郎(1913-1997)の原稿や資料などを愛弟子の鵜沼裕子がまとめたもの。「序章 植村正久をどうとらえるか」の後、「生い立ち・教育」、「教会の形成」、「思想世界」、「信仰と倫理」の4章。巻末に、鵜沼裕子「大内三郎先生と植村正久研究」。
この本が出版されるまで「これまで植村の全体像を紹介する書物はほとんど著されてこなかった」(『信徒の友』2002.12月号pp.90-91の倉橋康夫の評)。「現在までのところ、実証的な史料にもとづき、かつ植村の全生涯をカバーする評伝は大内三郎の『植村正久』のみ(鵜沼裕子による雨宮栄一『若き植村正久』の書評、『本のひろば』2008.2)。
大内三郎、『植村正久論考』新教出版社、2008、292頁、2940円。
『植村正久――生涯と思想』に収録されなかった論文集。『福音と世界』などに発表されたもの。出版案内によると、「植村正久の思想基礎論」、「近代日本思想史上の植村正久」、「植村正久に学ぶ」、「植村―海老名基督論論争」、「一番町教会の設立と植村正久」、「植村正久と柏井園」、「横浜バンド・ブラウン塾」、「日本人の罪意識――植村正久の理解と所論覚え書」、「植村正久の人間像」。
木下裕也、『植村正久の神学理解――『真理一斑』から「系統神学」へ』、一麦出版社、2013、272頁、4200円+税。
一麦出版社の目次のページ。木下裕也には、『旧日本基督教会試論――教会・文化・国家』(新教出版社、2007、288 頁、2100円)というものがあり、この第一章が「植村正久のキリスト論」、第五章が「近代天皇制と植村正久」。

論 文

高倉徳太郎 『高倉徳太郎著作集』第三巻(新教出版社、1964)の中に植村正久論あり。

石原謙 「思想史上の植村先生――先生の著作に基いて」(『神学と教会』第2巻1号、1935)、「植村正久の生涯と路線」(『日本キリスト教史論』、1967)。いずれも、『石原謙著作集 第10巻 日本キリスト教史』(岩波書店、1979)に収録。さらに「志の宗教」もあり。

山谷省吾 『神学』24号(1963)に「植村正久の説教について」あり。

熊野義孝 『日本キリスト教神学思想史』(1968)(著作集12に所収)の後篇Vが「植村正久における戦いの神学」、『著作集』別巻Uの中の、「植村正久の命令で書く」(『興文』1964.1)、「植村正久『真理一斑』について」(『興文』1960.1)、「植村全集「教義篇」」(『福音新報』1932.3)、「福音新報における先生」(『福音新報』1925.1)、「神学社における植村先生の晩年」(『神学と教会』1935.10)、「植村正久」(『福音と現代』1948.3)、「植村正久」(『開拓者』1949.11)、「神学を教える人としての植村正久」(『福音と世界』1965.10、『日本キリスト教神学思想史』の中の「植村正久における戦いの神学」の8〜10節)。東京女子大学比較文化研究所『比較文化』通巻14号(1968.3)に「植村正久とその時代」あり。日本基督教青年会同盟の『開拓者』1949.11に「植村正久 明治基督教人物評伝」あり。

斎藤勇(さいとう・たけし) 『思い出の人々』(新教新書117)、新教出版社、1965。第一部「思い出の人々」の中のpp.34-55が植村正久。また、第二部は「植村正久論」で、「植村正久の文学的寄与」、「説教家としての植村正久」、「聖書翻訳者としての植村正久」、「植村正久が私淑したイギリスの思想家たち」の4本。『齋藤勇著作集 第7巻 キリスト教思潮』(研究社、1977)に「植村正久論」とあるのはこれが収録されているのか?

桑田秀延 『桑田秀延全集 第三巻 神学論文集T』(キリスト新聞社、1975)に、「植村先生の神学の中核としての贖罪の教義」がある。『福音と世界』1955.10に「植村正久の神学」がある。

北森嘉蔵 『講座 現代世界と教会 第3巻』(日本基督教団出版局、1973)のpp.171-188に「植村正久における教会合同論」がある。

加藤常昭 『福音と世界』新教出版社、1965.10、12、1966.1に「植村正久の説教」があるようだ。加藤常昭、『日本の説教者たち――日本キリスト教史研究1』(新教出版社、1972、397頁)のpp.22-96が植村正久。他は、宮川経輝、海老名弾正、山室軍平、高倉徳太郎。『自伝的説教論』のp.60でも紹介されている。また、『日本の説教2 植村正久』(日本基督教団出版局、2003)の解説を加藤常昭が書いている。

大木英夫 「植村ルネサンス――現今の教会の社会倫理との関連において」(『歴史神学と社会倫理』、ヨルダン社、1979)、「典型的日本人キリスト者植村正久」(『偶然性と宗教――現代の運命とキリスト教』、ヨルダン社、1981)。

近藤勝彦 「植村正久における国家と宗教」(『神学』58号、1996)、これは後に『デモクラシーの神学思想――自由の伝統とプロテスタンティズム』(教文館、2000)の第三部「日本におけるデモクラシーの神学思想」の1章となっている(pp.393-425)。植村のキリスト教歴史観や教会観、植村の残した現代的課題も論じている。『神学』68号(2006)に「植村正久の贖罪理解とその今日的意義」。後に、たぶん『贖罪論とその周辺――組織神学の根本問題2』(教文館、2014)に収録。

棚村重行 『神学』73号(2011)に「二つの福音は山河を越えて――一致教会「第二の信条問題」と植村正久の神学的起点」あり。『伝道と神学』2号(2012)に「若き植村正久の神学思想と『ウェストミンスター信仰告白』の比較」あり。

五十嵐喜和 日本基督教会神学校編『植村正久の伝道と神学――その聖書論・キリスト論・教会論・伝道論』(日本基督教会神学校特別講義録)、1986。この中に、五十嵐喜和の「植村正久の聖書論」あり。さらに、日本基督教団改革長老教会協議会『季刊教会』に、「植村正久とカルヴィニズム」((1):No.31、1998夏、(2):No.32、1998秋)、「植村正久の聖書論」(その1:No.37、1999冬、その2:No.39、2000夏)があるらしい。

鵜沼裕子 佐藤正英、野崎守英編『日本倫理思想史研究』(ぺりかん社、1983)に「植村正久試論――「志」の問題を中心に」あり。『近代日本のキリスト教思想家たち』(日本基督教団出版局、1988)の中のpp.41-70が「植村正久」で「植村の『正統』性」、「『品性』『霊性』『志』」、「『志』と罪意識」、「イエス・キリストと贖罪」、「植村のキリスト教世界」の5節からなる。『近代日本キリスト者の信仰と論理』(聖学院大学出版会、2000)の中に「植村正久の世界――伝統と信仰をめぐって」がある。古屋安雄、倉松功、近藤勝彦、阿久戸光晴編、『歴史と神学――大木英夫教授喜寿記念献呈論文集 下巻』(聖学院大学出版会、2006)の中に、「文学と神学――植村正久における文学と信仰」がある。

田代和久 東北大学文学部日本思想史研究室が発刊している学術誌『日本思想史研究』に、田代和久による植村正久関係の論文がいくつかある。キリスト教文化学会編『プロテスタント人物史――近代日本の文化形成』(ヨルダン社、1990、652頁)に田代和久「植村正久――同時代を代表するキリスト教思想家」(pp.61-85)あり。

その他

日本神学校神学会編『神学と教会』(長崎書店)の第一巻T(1934.10)に小野村林蔵「植村先生の説教」あり。また、第二巻T(1935.10)は植村記念号。桑田秀延「植村先生の神学の中核としての贖罪の教義」、三好務「植村先生の説教を読みて」など。

日本基督教会神学校編『植村正久の伝道と神学――その聖書論・キリスト論・教会論・伝道論』(日本基督教会神学校特別講義録)、1986。内容は、五十嵐喜和「植村正久の聖書論」、池永倫明「植村正久のキリスト論」、多田滉「植村正久の教会論」、真田卯吉「植村正久の伝道論」の4本。

日本プロテスタント史研究会の論集として、『日本プロテスタント史の諸問題』(雄山閣、1983、374頁)に、横山春一「福音主義神学の系譜と賀川豊彦――高倉徳太郎著『福音的基督教』を中心として」で「植村正久」の項あり。また遠矢徹志「富士見町教会史抄」あり。これに続く日本プロテスタント史研究会の論文集は、高橋昌郎編著『日本プロテスタント史の諸相』(聖学院大学出版会、1995、330頁)。これに、大内三郎「一番町教会(富士見町教会の前身)の設立と植村正久」、高橋昌郎「植村正久の「我ら自らの教会」と明治政府――明治末期「日本基督教会」の課題」。

崔炳一、『近代日本の改革派キリスト教――植村正久と高倉徳太郎の思想史的研究』(比較社会文化叢書9)、花書院、2007、359頁、2380円+税。チェ・ピョンイル。学位論文。Googleブックスで目次を見ることができる

もっと、その他(たまたま目についたもの)

中央公論新社『中央公論』80巻4号(1965.4)に隅谷三喜男「植村正久と日本の基督教」あり。『隅谷三喜男著作集第7巻』(岩波書店、2003)に収録。

仁戸田六三郎編著、『日本人の宗教意識の本質――日本の諸宗教の共存と相互影響における諸条件を通して』、教文館、1973。この中に、堀越知巳「植村正久における神学――明治期プロテスタンティズムの受容とその限界」あり。

太田雄三「内村鑑三と植村正久」(『講座比較文学』5、東京大学出版会、1973)

戸田義雄編『隠れた信仰次元――日本キリスト者の底流』(國學院大學日本文化研究所プロジェクト)、大明堂、1986、270頁に、小田桐弘子「植村正久の女性観――季野夫人をめぐって」(pp.161-195)あり。

澤正彦『韓国と日本の間で――贖罪的求道者の史観から』(新教出版社、1993)の中に、「植村正久の朝鮮観」(pp.23-36)あり。

明治学院人物列伝研究会編『明治学院人物列伝――近代日本のもうひとつの道』(新教出版社、1998、468頁、3000円)に、吉馴明子「植村正久」という文あり(pp.151-161)。

高橋章編、『近代日本のキリスト者たち』、パピルスあい(社会評論社発売)、2006、336頁、2940円。この中に「植村正久――卒業のない生涯」あり。執筆者は誰? 2003〜4年に『福音宣教』(オリエンス研究所)に連載された記事をまとめたもの。この本には他に、高倉徳太郎、ウィリアムズ、内村鑑三、別所梅之助、山室軍平、矢内原忠雄、新島襄、賀川豊彦、逢坂元吉郎、ニコライ、新渡戸稲造、八木重吉、森有正、赤岩栄、遠藤周作など。

笠原芳光『日本人のイエス観』(教文館、2007)の中に、植村正久ありとのこと。

キリスト教礼拝音楽学会編、『礼拝音楽研究』第7号(2007)に、手代木俊一「植村正久と讃美歌」あり。

『ミニストリー』vol.1(2009年春号、キリスト新聞社)に、平野克己による「説教鑑賞」1として、植村の説教「復活節の向上心」に「鑑賞」のポイントを付した記事あり。

井波律子、井上章一編、『幸田露伴の世界』(思文閣出版、2009)の中に、平松隆円「露伴と植村正久」あり。

土肥昭夫、『天皇とキリスト――近現代天皇制とキリスト教の教会史的考察』、新教出版社、2012。この中の第7章が「植村正久の天皇制論」。

小畑進、『小畑進著作集 第7巻(仏教思想論)』、いのちのことば社、2013。この中に「植村正久の法然観」があるらしい。

参 考

関連リンクとして、インターネット・ミッション・クラブによる植村正久の墓(多磨霊園)の写真あり。「歴史が眠る多磨霊園」のページにもある。

8.アジアのキリスト教史

8.1 アジア全般

呉利明、鄭児玉、閔庚培、土肥昭夫、『アジア・キリスト教史(1)――中国・台湾・韓国・日本』、A.A.LA.シリーズ、教文館、1981、214頁、1553円。
呉利明(山本澄子訳)「中国のキリスト教」、鄭児玉(吉田寅訳)「台湾のキリスト教」、閔庚培(澤正彦訳)「韓国のキリスト教」、土肥昭夫「日本のキリスト教」。
T.V.シトイ、F.ウクール、S.チャイワン、R.モウ(寺田勇文、原誠、船戸良隆、荒井俊次訳)、『アジア・キリスト教史(2)――フィリピン・インドネシア・タイ・ビルマ』、A.A.LA.シリーズ、教文館、182頁、1456円。
渡辺信夫、『アジア伝道史』、いのちのことば社、1996、243頁。

もっと本格的には、日本基督教団出版局編『アジア・キリスト教の歴史』(日本基督教団出版局、1991、616頁、7573円)。澤正彦も執筆している。

8.2 韓 国

韓国キリスト教史全体を記述した主なもの

(日本での出版年順)

閔庚培(Min Kyung-bae)(澤正彦訳)、『韓国キリスト教史』、日本基督教団出版局、19741,19863(1968)、202頁。
より詳しくは、閔庚培(金忠一訳)、『韓国キリスト教会史――韓国民族教会形成の過程』、新教出版社、1981(1972)、495頁、6000円。閔庚培には『アジア・キリスト教史(1)――中国・台湾・韓国・日本』(教文館、1981)の中に、より簡単なものがある。閔庚培の著作の翻訳には他に、(尹宗銀、澤正彦訳)『神の栄光のみ 殉教者朱基徹牧師伝』(すぐ書房、1989)がある。
池明観、『韓国現代史と教会史』、新教出版社、1975、347頁。
韓国精神史の流れ、韓国教会史、韓国の社会とキリスト教、キリスト教とアジア的風土、韓国の教会と私の信仰・実践の5部と、資料・年譜として三・一独立宣言文(1919)、韓日協定反対声明(1965)、1973年韓国キリスト者宣言、韓国・日本キリスト教史年譜。
柳東植(Ryu Tongshik)、『韓国のキリスト教』(東洋叢書5)、東京大学出版会、1987、216頁。
巻末に武田清子「韓国キリスト者との対話のために」付き。
澤正彦、『未完 朝鮮キリスト教史』、日本基督教団出版局、1991、368頁、5913円。
「朝鮮キリスト教史序説」、「朝鮮カトリック史」、「朝鮮プロテスタント史」に、「付論 金昌俊(キムチャンジュン)牧師について」。遺稿を整理したもの。
徐正敏、『韓国キリスト教史概論――その出会いと葛藤』(アジアキリスト教史叢書1)、かんよう出版、2012、109頁、1575円。
わずか100頁たらずで韓国キリスト教史を概観できる。

特に戦前戦中の日本との関わりについて

小笠原亮一他、『三・一独立運動と堤岩里(チェアムリ)事件』、日本基督教団出版局、19891,19954、260頁、2310円。
執筆者は、季仁夏、飯島信、飯沼二郎、小笠原亮一、姜信範、澤正彦、池明観、土肥昭夫。1989.2.20初版後の3月27日に澤正彦が死去したことを第2版で追記。1993年の第3版で堤岩教会への行き方などを追記。姜信範(カンシンボム)の「堤岩教会三・一運動史」は涙なくしては読めない。
姜信範(金明淑、金性済訳)、「堤岩教会三・一運動史」
飯沼二郎、「堤岩里事件と近代日本」
李仁夏(イインハ)、「三・一独立運動と韓国キリスト教社会」
座談会「堤岩里事件の今日的意味」(池明観、土肥昭夫、澤正彦、司会飯島信)
資料
韓国基督教歴史研究所、『韓国キリスト教の受難と抵抗――韓国キリスト教史1919-45』、新教出版社、1995、382頁。
徐正敏、『日韓キリスト教関係史研究』、日本基督教団出版局、2009、362頁、5670円。
ソ・ジョンミン。
信州夏期宣教講座編、『韓国強制併合から100年』、いのちのことば社、2010、237頁、1890円。
岩崎孝志「近代日本が韓国でしたこと――武力干渉から『併合』まで」、野寺博文「韓国併合100年と韓国教会」、笹川紀勝「韓国強制併合と安重根(アンジュングン)のキリスト教理解」、岩崎孝志「戦後日本の朝鮮・韓国観――教会の対韓責任」、結城晋次「朱基徹牧師との出会い――日韓交流で学んだこと」。

韓国でのキリスト教の興隆について

尾形守、『日韓教会成長比較――文化とキリスト教史』、ホープ出版、1997、370頁。
崔炳一、『近代韓国における大復興運動の歴史的展開』(大森講座24)、新教出版社、2009、100頁、1155円。
チェ・ピョンイル。韓国ではなぜキリスト教が盛んになったのか。なぜ韓国教会では一斉に声を出して祈るのか?
浅見雅一、安廷苑、『韓国とキリスト教――いかにして“国家的宗教”になりえたか』(中公新書)、中央公論新社、2012、203頁、819円。

澤正彦(1939.4.20 - 1989.3.27)

2010.10.20全面的に更新

澤正彦の著作は次の六つ。

『南北朝鮮キリスト教史論』、日本基督教団出版局、1982、328頁、4200円。後にオンデマンドで4725円。
論文集。第一部が「日本キリスト教会の朝鮮伝道」、「韓国教会と民族主義」、「韓国教会における共産主義に対する態度の歴史的研究」、第二部に「『金日成選集』にあらわれたキリスト教及び宣教の可能性」、「北朝鮮の宗教政策とキリスト教」、「北朝鮮キリスト教史エピソード」。
『ソウルからの手紙――韓国教会のなかで』、草風館、1984。
金纓と共著、『弱き時にこそ――癌を告知された夫婦の日記』、日本基督教団出版局、1989。
『未完 朝鮮キリスト教史』、日本基督教団出版局、1991、368頁、5913円。
遺稿を整理して編まれたもの
『韓国と日本の間で――贖罪的求道者の史観から』、新教出版社、1993、288頁、3200円。
中国キリスト教史研究も含まれている。「日曜日訴訟」は礼拝が公的であることや安息日・主日の意味、信教の自由との関わり、明治初めの改暦の経緯を知る点でも興味深い。
金纓訳、『日本キリスト教史――韓国神学大学講義ノート』、草風館、2004、160頁、1050円。
草風館のサイトに目次等あり。韓国の読者を対象に、日本のキリスト教史を日本の文化、思想、政治との関連から綴ったもの。この中の「日本の教会の朝鮮伝道」は著者の独自の研究による。あとがきによると、原著(韓国語)の改訂版で、著者が漢字で記した日本の人名・地名のハングル表記が「見事なほどに、ほとんど間違ってい」いるので、著者の名誉のためにもこの本を出版したとのこと。

澤正彦の訳書は、閔庚培『韓国キリスト教史』、柳東植(澤正彦、金纓訳)『韓国キリスト教神学思想史』(教文館、1986、420頁、3990円)、閔庚培(尹宗銀、澤正彦訳)『神の栄光のみ 殉教者朱基徹牧師伝』(すぐ書房、1989、340頁、2000円)の三つ。

閔庚培(尹宗銀、澤正彦訳)『神の栄光のみ 殉教者朱基徹牧師伝』(すぐ書房、1989、340頁、2000円)は、尹宗銀の「訳者あとがき」によると、「韓国にとってのみならず、日本の教会にとっても、特に牧会の内容と教会政治に対する姿勢という点において、異色の朝鮮をしている」閔庚培の「力作」で、「韓国の教会史を学ぶうえで本書は、貴重な資料として役立つに違いない」。

澤正彦を知るために、金纓(Kim Young)の次の著作も重要。

『チマ・チョゴリの日本人』、草風館、1985、194頁、1300円。
澤正彦との出会い・結婚からその後の生活について、詳しく、おもしろい。新版が1993年に出ている。
『チマ・チョゴリの日本人、その後』、草風館、1993、230頁、1785円。
韓国の教会と日本の教会の比較から見た日本の教会の欠点もストレートに語られていて、とても興味深い。

金纓には他に、『チマ・チョゴリのクリスチャン――ひいおばあさんから私まで』(草風館、1987、235頁、1500円)は、著者の曾祖母、祖母、母、妹と娘たちの、韓国の歴史、韓国教会の歴史の中での歩み。『メキシコわが出会い』(日本基督教団出版局、1988、264頁、1545円)これは、メキシコでの生活や「キリスト教基礎共同体」の体験を語るもの。『それでも私は旅に出る――チマ・チョゴリの日本人、世界へ』(岩波書店、2001、266頁、2415円)。